第三百五十九話 交錯する人達


 町中とはいえ物騒だと聞いたので夜の警備を俺が受け持ち、昼間の聞き込みはマキナ達に任せることに決めた。野営と同じく、夜が一番無防備と考えるなら臨機応変に立ち回れる俺が適任だろう。

 ちなみに宿泊場所は町の中央にある開けた場所に馬車を止め、荷台で眠っているが――


 「すぴー……すぴー……」

 「わざわざ俺の膝で寝なくてもいいのに。なあ、セフィロ」

 「!」


 アッシュが俺の膝で寝息を立てているのを見て、苦笑しながらセフィロに言うと、セフィロは気にするなと言わんばかりに枝で俺の腰をぽんぽんと叩く。

 起きているのは俺とセフィロ、それとシュナイダーだけで、マキナとバスレー先生、ファスさんは荷台で就寝。俺はラディナをクッションにして、馬が盗まれないよう外で寝転がっている。


 「ノーラのブラッシングのおかげでふかふかだから眠くなってくるな……」

 「……ぐるる……」


 ラディナの毛を撫でながらあくびをしていると、シュナイダーが首を持ち上げて唸りを上げる。さて、物騒なお客さんのお出ましかな? 下は砂利でこう静かだと、気配よりも足音の方がからすると数は四人ってところか。


 「……シュナイダー、十分引き付けてから襲い掛かっていい。首は狙うな、足か手首を抑えろ。セフィロは馬車に向かうやつがいたら枝を引っかけてくれ」

 「……」

 「……!」


 頷き、スッと飛び掛かれる態勢を取ったシュナイダーと、荷台の下に潜り込むセフィロ。

 俺もそっとアッシュをラディナの背中に横たえて襲撃に備えようと寝転がったままレビテーションで浮いておく。夜まで休んだので魔力は問題ないと思ったところで、

 

 「くちゅん! ……くおーん?」

 

 アッシュがラディナの毛で鼻がむずがゆかったのか盛大にくしゃみをした! 自分のくしゃみで目を覚まし、何が起こったのかわからず周囲をキョロキョロしている。くそ……めちゃくちゃ可愛い……


 「くおーん♪」

 

 俺を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきたところで、足音が忍び足から駆け足に変わった。こっちが起きていることに気づいたか!

 そのままアッシュを掴まえてフワリと浮き、襲撃者を見下ろしながら声をあげる。四人とも荷台に真っ直ぐ向かっている……のかと思ったけど、俺が寝ていた場所に来ようとしていたようだ。


 「<ライト>! それ以上近づくなら魔法を撃つ!」

 「グルルル……!」

 「ひっ……!? や、夜分、申し訳ございません……! 旅のお方、少しで構いません、食べものと水を分けてくださらぬか……」

 「え?」


 魔法を撃つ構えを解かずに、ライトに照らされた人影が俺の言葉に即反応して土下座をし、残り三人もそれに倣って土下座をする。


 「お、おねがいします……な、なんでもしますから……」

 「わしらはいい……せめてこの子だけでも……」

 「お願いします……」

 「シュナイダー、待てだ」

 「わふ」


 最初に声を発したのは頬がこけた男性で、次は小さな女の子。アイナくらいだろうか? そして、ファスさんより老けて見える老婆に、母親らしき女性。いずれも衣服は薄汚れていて腕や足は痩せ細っていた。

 武器も持っていないし、話だけでも聞いてみるかとシュナイダーを伏せさせ口を開く。


 「ふう、仲間が寝ているから声を落としてくれるか?」

 「あ、は、はい」

 

 男が連れに「静かに」と言い、三人が頷いたところで俺はカバンからおにぎりを取り出して手渡し、コップに水を入れる。


 「今はこれしかないけど、食べてくれ。水は俺が魔法で出すから飲んだらコップを回してくれるか?」

 「……! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 「わぁ……!」

 

 四人は一斉におにぎりを食べ始め、無言で咀嚼。水は何度<ウォータ>を使ったか分からないくらい飲みまくっていた。よほどお腹を空かしていたようなので追加で干し肉をあぶってあげると、それもあっという間に食べきっていた。


 「う、お、お腹が……」

 「空腹の時に一気に食べたからだ。もう水はいいか?」

 「うん、おにいちゃんありがとう!」

 

 小さな女の子がにこっと笑っておじぎをし、母親らしき人と老婆も手を合わせながら俺に頭を下げてくる。居心地が悪いと思い、男に事情を聞くことにした。


 「それで、どうしてまたそんなにお腹を空かせていたんだ? しかもこんな夜中に」

 「ええ……あ、私はオルノブと申します。この国は貧富の差が凄いのはご存じでしょうか? 特に奴隷に身をやつした者は特に厳しいのです。働き口も中々見つからないくらいでして……」

 「ああ、それは聞いたことがあるし、授業でも習ったな。にしても、そこまで貧困になるもの……あ、いや、まさか……」


 俺が口ごもると、男……オルノブはゆっくりと頷き目を伏せる。


 「その通り、私は奴隷でして――」


 そう言って語り始めたのは良くも悪くも、国王が変わったことによる弊害だった。



 ◆ ◇ ◆


 <サンディオラ城>


 ラース達と違い、一直線に城を目指していたヘレナやアフマンド達はすでに城へ到着していた。

 

 「まったく、本当にお父さんに会えるのかしら……? ねえお母さんお父さん、生きていると思う?」

 「……生きていて欲しいと思う気持ちはあるわ。お腹の中にいたヘレナを見せたいくらいには、ね?」


 と、ヘレナと母親は宛がわれた部屋でそんな話をしながらくつろぐ。聞いた話は父親は生きている、というものだったが、その実、半信半疑で、今はどういう感じなのかを尋ねてものらりくらりと躱され、ヘレナはご立腹だった。


 「一週間。それ以上は滞在しないってことでいいわねえ、お母さん?」

 「もちろんよ。あの人には会いたいけど、ヘレナのアイドルも大事だからね! せめてラース君達について来てもらうべきだったかしら?」

 「それはダメよう。アタシたちのことなんだし。そう言えばお父さんの名前って初めて聞いたわあ」

 「そういえばそうだっけ? あんたを学院に入れるまでがむしゃらに働いていたからお父さんの話をする余裕も無かったといえばそうかもしれないわね。……生きていて欲しいわね……オルノブ……」

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