第三百六十一話 事情と実情


 「こんちはー! ちょっと聞きたいことがあってやってきました!」

 「なんだあ……?」


 ギルドの扉をくぐると、バスレー先生が開口一番元気よく挨拶をしながらカウンターへ向かう。ふうん、レフレクシオンと違って、完全に酒場みたいになってるんだな。

 ずかずかと入っていくバスレー先生の後を追いながら中を吟味していると、数人の冒険者たちが俺達の方へ振り向く。酒を飲んでいる人や装備を磨いている人などが訝しんだ目を向けてくるが、バスレー先生は構わずにギルドの受付らしき男に声をかける。


 「受付はあなたですかね?」

 「……ああ、そうだ。その肌の色……お前達、この国の人間じゃないな。ギルドに何の用だ?」

 「はっはっは、聞きたいことがあるのはこっちですよ! 天然さんですかね? なあに、怪しいもんじゃありませんよ。ちょっと人を探していましてね、ディビットという年配の方なんですが――」


 と、ディビットさんの名前を出したところで冒険者たちがバタバタと立ち上がり、俺達を囲んできた。俺とマキナは振り返り、バスレー先生を背にしていつでも反撃に出られる態勢を取った。


 「おや、ディビットさんに何かあるんですかね?」

 「白々しい……誰に頼まれた? アフマンドの奴か?」

 「ちょ、どういうことなの? 私達はただ、ディビットさんに魔法を教えて貰うために来たのよ? 昔、仲間だったファスさんも一緒なんだけど」

 「ファス……雷撃のファスか? ふん、確か仲間だった時期もあったが、あの婆さんは山に籠っていると聞く。こんなところに居るわけがないだろう?」


 なるほど、ディビットさんの居場所を知られるとマズイ事情があるようだな? どうするかと思っていると、マキナがさらに続ける。


 「そんなに疑うなら行って確かめて来ればいいわ。少し先の角に馬車を止めていて、そこで待っていてもらっているから、弟子である私の名前を言えば答えてくれるはずよ。私はマキナ、一番弟子よ」

 「……構えは素人じゃないが……おい」

 

 受付の男が顎で指示を出すと、冒険者の内ふたりが無言で頷き素早い身のこなしでサッとギルドを出て行く。


 「さて、お前達はここであいつらが帰ってくるまで残ってもらおう」

 「くっくっく……その余裕ぶった顔が崩れるのが楽しみですよ」

 「……!」

 「変に煽るのは止めてくれバスレー先生。多分すぐ戻ってくると思うけど、適当に待たせてもらうよ。マキナ、座ってまとう」

 「そうね」

 「こ、こいつら……俺達が怖くないのか!?」

 「あいにく、危ない目には割と合っているからな。自慢にならないけど」


 近くにあった椅子を引っ張り、俺とマキナは腰かけて出て行ったふたりを待つ。そして時間にして十分ほど経過したところでギルドの扉が開く。


 「遅かった……な!?」

 「げほ……そ、そいつらの言っていることは間違いない……マジで雷撃のファスだ……」

 「つ、強すぎるだろアレは……げほっ。ギルドカードも見たから間違いねえ」

 

 爆発コントのオチみたいな格好になったふたりが首を振りながらげほげほとせき込みながら受付の男に言う。多分喧嘩を吹っ掛けたんだろうな。

 

 「さて、異存はありますか?」

 「疑ってすまなかった。みんな、もういいぞ」

 「ふう……緊張したぜ……」

 「前王の手合いかと思ったしな。もしそうだったら死人が出てたぜ」

 「悪かったな! こっちも死活問題なんで許してくれや!」


 などと、先ほどまでの緊張が嘘のようにフッとギルド内がにぎやかになり、俺の肩を軽く叩きながら散っていく冒険者たち。

 

 「ま、いきなり襲い掛かってこなかったし、誤解が解けたなら俺は別に構わないけど、随分警戒しているな? 前の国王の話もあったし、ディビットさんに何かあるのかい?」

 「ああ――」

 「おおかたアレですよ。現アフマンド王に雇われたディビットさんが前王を倒す手助けをして、恨みを持った前王の手下がアフマンド王やディビットさんを探していて復讐をしようとしているような気がするから、陰で手助けしたギルドの冒険者がディビットさんのことを尋ねてきたらどういう人間かを確かめるってところでしょう。で、ディビットさんはアフマンド王の依頼はもう受けるつもりがないというところかと」

 「あはは、流石にそこまで細かくは――」

 「う、むう……そ、その通りだ……ぜ、全部言われた……」

 「当たってるの!?」


 笑いながらバスレー先生の言葉を流そうとしたが、受付の男は腕を組んだまま冷や汗を流す。この様子だと本当に全部バスレー先生が言った通りのようだ。

 

 「でも、アフマンド王が国王になってから少しはマシだと聞いたから、手伝ったディビットさんは英雄じゃないのか? それに二年経って前王の部下もまだいるのか?」

 

 俺の言葉に受付の男は少し目を閉じて考えた後、口を開いた。


 「他国の人間には……いや、他国の人間だからこそ話せるのかもしれん。ディビットさんがアフマンドに手を貸すのにひとつ条件をつけたのだ」

 「条件?」

 「ああ。アフマンドが王になった暁には奴隷制度を廃止する、ということをだ。しかし、現状、待遇が多少改善されたくらいで未だ廃止には至っていない」


 そういうことか、それでアフマンド王がまたディビットさんを頼ろうとしているのをギルドの人間は良く思わないってところかな? だけど、それは……


 「それはちょっと結論を急ぎすぎなんじゃないかな? 授業で習ったけど、もう何百年も奴隷制度が続いているよな。それを二年やそこらですぐに廃止するのは難しいと思う」

 「わたしもラース君の意見に賛成ですねえ。まあ、確かに奴隷が多くて通常の仕事が奴隷じゃない人に回っていないのは問題ですが、急に奴隷を止めさせられて『あなたは自由です。どこにでも行ってください』と言われて、行く当てがある人が何人いると思いますか? 仕事や家、そういったことが整備されないと即廃止はできないってことです。二年程度じゃ、内政状況の把握くらいがいいところでしょう」

 「う、っむう……」

 「もう少し長い目で見ないといけませんよ? アフマンド王のやり方に異があるなら、書状でもなんでも出せば良いでしょう」


 スラスラと俺の言いたいことを口から出すバスレー先生に、相変わらず受付の男が気圧される。その通りなので俺は隣で頷き、話を続ける。


 「ま、この国のことは新しい王様に任せるしかない。とりあえず俺はディビットさんに魔法を教えて貰いに来たんだ、居場所を教えてくれるか?」

 「……ふう、雷撃のファスの連れなら仕方あるまい。しかし、先ほども言ったが前王の刺客もディビットさんを狙っているから危険がある。それでも行くか?」

 「もちろんだ」


 俺が笑って答えると、受付の男は一瞬目を丸くした後、初めてフッと笑い、握手をもって応えてくれた。


 「ここから北東に‟ガリアーダ渓谷〟という場所がある。そこにディビットさんが居る。雷撃のファスなら会ってくれるだろう」

 「ありがとう。行こうか」

 「うん!」

 「ちゃっちゃと行ってサクッと習得しましょうや」


 バスレー先生の言う通り、早いところ会って話を聞かないとね。古代魔法を使うディビットさん……どんな人か楽しみだ。

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