~幕間 11 一方そのころの話
「あれ? 父さんは?」
「お客さんが来ていて、応接間に居るわよ。ちょっとびっくりしたわ」
「びっくりしたのー?」
「そうね、この前話したけどノーラの元父親が来たのと同じくらいにね。降りてきたらデダイトを呼ぶように言ってたから行ってもらえる?」
「分かった。ノーラ、また後で」
「うん!」
デダイトは母、マリアンヌに言われるまま応接間へと向かい扉をノックする。すると、中から父、ローエンの声が聞こえてきた。
「デダイトか、入ってくれ」
「はい。……!?」
応接間を開けて中へ入り、応対している人物を見てデダイトは目を見開いて驚いていた。そしてデダイトを見るその人物も困惑の表情で口を開く。
「お、おい、ローエン、長男を呼んでよかったのか……」
「お互い気まずいかもしれないが、お前の持ってきた話はデダイトにも聞いてもらう必要はあるだろう、ブラオ」
「う、むう……」
「僕は大丈夫ですよ。久しぶりですね、ブラオさん。リューゼ君とは仲良くさせてもらっています」
デダイトがそう言って笑うと、一家を嵌めた男、ブラオがバツが悪いといった感じで頭を掻いて呻く。釈放されて一年が経っていたが、ブラオが訪ねてきたのは初めてだった。
五年間、王都で拘留されていたため出ていた腹は無くなり、労働による罰だったためすっかり別人のように痩せていた。
「デダイト君は大人だなあ。ウチのルシエラにも見習ってもらいたいよ……」
そしてブラオの横にはルシエールとルシエラの父、ソリオが溜息を吐きながらソファに座るデダイトへ目を向けていた。
「はは、ルシエラも元気でお店の手伝いと、クーデリカさんと依頼を受けているみたいじゃないですか。それとブラオさん、昔のことは許しがたいことですが、今は反省しているのでしょう? なら僕はそれを信じますよ」
「……すまんな」
「それでお話というのは?」
「ああ、少しだけ聞いたところだがせっかくだ、もう一度話をしてもらえるか?」
「うむ、ここ最近だが――」
と、ブラオが神妙な顔をして話し始める。内容はここ最近見慣れぬ人物が町で人助けや何かの勧誘をしていると言う。その人物の風貌はフード付きのローブで神官のような振る舞いをしているらしい。
特に怪しいということもなく、むしろボランティアで困った人を助けているのはありがたくもあった。
しかし、話が進むに連れてローエンの眉間に皺が寄っていく。
「――というわけでな」
「……そのローブの男、ノーラの父親と一緒に居た男か?」
「どういうこと、父さん?」
「先日も行ったが、お前達がラースの家へ行っている時にノーラの父親が来たと言ったろう? もう一か月音沙汰がないので忘れかけていたが、父親を抑えに来た男がそんな風貌だったはずだ」
「そうか、もう知っていたか。ノーラの父親とやらは分からんが、ローブの男はずっと宿に泊まって活動をしているようだぞ。無害だからお前のところには報告が無かったのだろうな」
ローエンとデダイトは顔を見合わせていると、ブラオが嘆息して続ける。
「まあ、ボランティアだけなら気にすることでもないし、私がわざわざここまでくる理由にはならん」
「ならどうしてここに来たんだい?」
「……あの男、どうにもレッツェルと同じ匂いがするのだ。お前達にとって忌まわしい記憶で申し訳ないが、私がレッツェルに唆された時、他に人が居た……気がする。確かにレッツェルの話に乗ったのは私の意思だが、洗脳とでもいうのだろうか……もう一人の男に憎しみを植え付けられていた、そういう感覚に陥っていたと思う……確かにローエンを妬んでいたが、今思えばレッツェルと出会ってから私はおかしくなっていたとも感じている」
ソリオの質問にスラスラと言葉を放ち、ローエンは使用人だったころのブラオが帰って来たなと少しだけ口元に笑みを浮かべる。しかし、今はそれを喜んでいる暇はなく、ブラオの言葉が本当であれば無視できないかと考えを巡らせる。
「なら、その男から一度話を聞いてみるか」
「気をつけろよ? あいつらの組織……なんだったか……? レッツェルが口にしていた……」
「まあ、それも聞いてみるさ。しかしまさかお前から気をつけろなんて言われるとは思わなかったよ」
「本当だよね。僕を脅していたのも嘘みたいだ」
ローエンとソリオが苦笑しながら意外な言葉を口にするブラオに言うと、ブラオは口をへの字にしてそっぽを向く。
「や、やかましいわ! ……他のことなら言いだしたりせんが、あの時と同じようなことになると私も寝ざめが悪い。こんなことで罪滅ぼしができると思ってはおらんが……ふん、喋りすぎたな。私は帰るぞ」
慌てて立ち上がるブラオに、考え事をしていたデダイトが声をかけた。
「あの、ブラオさん。その組織ってもしかして‟福音の降臨„って名前じゃないですか?」
「ん? ……! おお、そうだ! 確か福音がどうのと言っておった気がする! なんだ、長男は知っているのか?」
「いえ、ラースが何度かその組織の計画を潰したという話を聞いたんです。レフレクシオン王国の領地を狙っているとのことでした。……もしかして、このガスト領もそのつもりだったんじゃないかって……」
デダイトが神妙な顔で三人に言うと、ローエンは顎に手を当てて口を開く。
「……なるほど、そんなことが……なら、急ぐ必要があるな。ありがとうブラオ。それとソリオ、ルシエールちゃん達のこと、気を付けるように気にかけておけ。誘拐事件のこともある。ブラオは俺と一緒にギルドへ行くぞ、ハウゼンにも知らせておきたい」
「分かった」
「う、うん。ルシエラは出かけてたっけ、大丈夫かな……」
慌ただしく父親たちが立ち上がり行動を開始。
そんな中、デダイトも応接間を出るとサージュとノーラを探す。すると、厨房から出てきたノーラと遭遇し目が合うとデダイトの下へやってくる。
「終わったのー?」
「ああ、ちょっとまずいことになりそうなんだけど……サージュは?」
「アイナちゃんとオブリヴィオン学院かな? 今日はベルナ先生達もお仕事だよー」
「そっか、学院なら安心だ」
「何があったのー?」
ノーラが尋ねてきたので経緯を話すデダイト。事件は『まだ』起きていない――
◆ ◇ ◆
「あ、わたくしめがお手伝いいたしますよ」
「すまないね、最近よく見かけるけど助かるよ。少ないけど……」
「ありがとうございます! ありがとうございます! エレキムをよろしくお願いいたします!」
ローブの男がお婆さんの買い物を手伝い、お駄賃を貰うと何度も頭を下げる。家の中へ入ったのを確認した後、肩を竦めて踵を返すと、そのまま町の外に向かって歩き出す。空には不自然な鳥が案内をするように一定の距離をもってエレキムを前を飛んでいた。
町の外に出て、森の中へ入っていくと木陰に人が居るのが見えてエレキムは口を開く。
「……おや、レッツェル様ではありませんか」
「やあエレキム。どうだい調子は?」
「まあまあ、ですかね。次期領主の嫁の父親という男に接触しましたね。それと領主にまだ小さい娘を確認しました。レッツェル様は失敗しましたが、わたくしめは必ずや成功させてみますよ」
フード下の口がにやりと歪むのを見たレッツェルは気にした風もなく言い放つ。
「まあ、それは成功するのを願っているよ。この町の人間はなかなか厄介だから、油断をしないようにとだけ忠告しておくよ」
「くく……イルミだけしか仲間を連れていなかったのだからそうもなるでしょう。わたくしは違います。すでにベリアース王国から人員の応援を要請しています。内部からゆっくりなどとつまらないことは嫌いでね、わたくしは武力で占拠するつもりです」
「……」
レッツェルは無言で笑みを絶やさず無言で話を聞く。それが気に障ったのか、エレキムは声を低くして言う。
「……まあ、見ていなさい。アポス様に褒美を受けるのはこのわたくし……ガスト領は必ずこの手に入れて見せますよ……」
武力で占領したところで、王都に話が行けば潰されるだろうに、とレッツェルは浅はかな考えを口にするエレキムを愚かだと考えていた。
「(しかし、アレが来たらドラゴンでも危ういかもしれませんねえ。ラース君を壊すのは僕の目的のためを考えると得策ではない。……恩を売っておくのも悪くはない、か……)」
レッツェルはエレキムが去っていった方向を見ながらそんなことを考えるのだった。
サンディオラへ向かうラース達はガストの町が再び危機に陥ろうとしていることを知る由も無かった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます