第三百五十七話 足跡


 王都イルミートを出発した俺達は順調に進んでいた。

 サンディオラまでの道は、以前立ち寄ったオリオラ領に向かう道とはまた別の方角にあり、三日目で分岐路を越えて本日宿泊する町に立ち寄っていた。


 「……なるほど、テイマーだな。暴れさせないよう気を付けろよ? 犯罪者になりたくないだろう」

 「ありがとう。ほら、ラディナ、マウスカバーと手袋をつけて」

 「ぐるう」

 「厩舎付きの宿はそこの角を曲がった先にある。ごゆっくり!」


 気のいい門番の男に見送られ、馬車を進ませる。とりあえず危険はないというアピールのため、ラディナには口と、さらに新しく作った手袋を用意した。おとなしく従ってくれているので苦労はないけど、見た目が犬とさほど変わりないシュナイダーには何もしていないので少々不憫でもある。


 「さて、ではわたしはちょっと別行動をしますね。宿の場所は知っていますから、ゆっくりしていてください

 「どこに行くんですか?」

 「ちょっと乗合馬車の発着場まで行ってきます。あ、晩御飯までには帰るのでよろしく!」

 「あ、バスレー先生、俺も――」


 多分ヘレナのことを調べに行くのだろうと思い、止めるがバスレー先生はラディナから降りてさっさと町中へ消えていった。


 「ありがたいけど、大臣なんだから護衛のひとつでもつけないとまずくないかなあ」

 「まあ、領地内の町じゃからここはええじゃろ。サンディオラについてからなら問題ありじゃが」

 「この町のことは知っているみたいだったし、信用しましょう。アッシュ、ついたわよ」

 「くおーん……?」


 マキナの膝の上でぐっすりだったアッシュを起こし、俺たちは宿にチェックインする。宿の主人はラディナとシュナイダーを見て目を丸くしていたけど、大人しいと分かると厩舎に藁のベッドを用意してくれた。


 「テイマーもめっきり数が減っちまったから魔物なんて久しぶりだな。馬も上等だし、貴族様かい?」

 「まあ、そんなところです。サンディオラまで行こうと思ってまして」

 「あそこにかい? 最近国王が変わったらしいけど、物好きだねえ。ま、これだけ強力な魔物を連れていたら野盗は襲ってこないだろうし、いいかもしれないな」

 

 そういって部屋の鍵を俺に渡し、片手を上げて見送ってくれる。俺は別室で、マキナ達女性が同じ部屋なので鍵はふたつである。同じ部屋でいいとみんなは言うけど、俺が気恥ずかしいのでお断りした。


 「くおーん♪」

 「!」

 「お、こっちに来てくれるのか? よしよし、たまには遊ぶか。それじゃ、何かあったら呼んで」

 「はーい! 師匠、庭があったし、トレーニングをしましょうか」


 と、マキナが握りこぶしを作って張り切っていると、ファスさんが少し考えた後アッシュとセフィロを抱えて部屋に向かう。


 「くおーん?」

 「え? どうしたのファスさん?」

 「お主ら恋人同士じゃろう、ワシとバスレーが同室で、ラースとマキナでよかろう。アッシュ達も引き取ってやるからゆっくり過ごせ」

 「ええ!?」


 あー、でも確かに言われてみると、最近ふたりきりでゆっくりした記憶がない。特に兄さんたちが居たからなおのことだ。驚くマキナだけど、俺はファスさんの気遣いを受け入れることにした。


 「言われてみればそうだね。本当は俺が気づくべきだろうからマキナに申し訳ないな。それじゃ、悪いけどアッシュたちを頼むよ」

 「うむ。任せておけ。その変わり晩御飯は豪勢に頼むぞ? ほっほっほ! たまにはこの婆と遊ぼうではないか」

 「くおーん!」

 「♪」


 ファスさんの言葉にアッシュたちが嬉しそうに鳴くと隣の部屋へと消えていった。俺はマキナの手を繋いで部屋へと入る。


 「あ、結構広いな」

 「本当ね! お布団も柔らかいわ。昨日は野営だったからゆっくり眠れそう」

 「ああ。というか本当にごめんよ、マキナとの時間を全然取ってないこと、言われるまで気づかなかった」

 

 俺がベッドに腰かけながらそういうと、マキナがきょとんとした顔で言う。


 「え? 毎日一緒にいるし、朝はたまにトレーニングに付き合ってくれるでしょ? ごはんも一緒だから、そんなことを思ったことないかな? ほら、普通のカップルって仕事が忙しくて朝と夜しか顔を合わせなかったり、浮気する男もいるって言うじゃない? そういうのがないから私は安心して一緒にいられるのよね」

 「え? あ、ああ、いや例えばデートとか……」

 「んー、お買い物とかは結構行っているしなあ……お散歩はたまにしたいかも?」


 意外と不満はないようで、考えるしぐさをして口を開くが問題はないらしい。しかし、そこでポンと手を打って口を開いた。


 「あ、でもふたりきりになることが少ないから――」

 「うわ!?」


 マキナは笑顔でベッドに座る俺にダイブし、とっさに抱きかかえたけど布団の上に転がる。マキナと目が合うと、顔を赤くして呟くように言う。


 「……こうやって甘えるのが難しいのと、キ、キスとかたまにしたい、かな……」

 「……なるほど」


 これは確かにふたりきりじゃないと難しいか。ファスさんは小屋にいるけど、バスレー先生は家の方で暮らしているから、そんなことをしようものならバスレー先生が血の涙を流すこと請け合い。


 ……しかし、今はふたりきりでバスレー先生は乗合馬車の調査に出かけている。ここは好機と見るべきだろう。そう思った俺はマキナに顔を近づける。


 「……!」


 キスをすると悟ったマキナが目をつぶり、唇が重なりあう。しばらく、余韻を味わいゆっくり離れてから俺は扉に目を向ける。


 「まだキスはドキドキするわね……って、どうしたの……?」

 「いや、こういう時はたいていバスレー先生が覗いていたり、タイミング良く入ってきたりするから……」


 マキナが『あー』と呆れた顔で声を上げる。だが今回は流石に居なかったようだ。


 「ふう……」

 「あはは、バスレー先生ってタイミング悪いから気になるわよね。……ん? ちょっと待って」

 「どうしたんだ?」


 笑っていたマキナがふと真顔になって壁に耳を当ててシッと指を唇に当てる。俺も耳を当てると――


 (ファスさんファスさん! ラース君達、キスをしてましたよ! もうぶちゅーって感じで!)


 「先生……!」

 「あ! マキナ!」


 顔を真っ赤にしたマキナがものすごい勢いで飛び出し、めでたくバスレー先生は吊るされた。


 「くう……ばれていたとは……このバスレー、一生の不覚……」

 「いや、割といつもばれているから一生の不覚ばかりだよね……?」

 「違いないわい。それで、何か情報をつかんできたのか?」

 

 顔を赤くしたマキナにぽかぽかと叩かれながら、つるされたバスレー先生が神妙な顔つきで口を開く。


 「……少し前に到着した乗合馬車にヘレナちゃんと母親らしき人がこの町に到着していました。美人な親子だってことで乗合馬車の切符売りが声をかけたところ、観光目的だと言っていたそうです」

 「あ、そうなんだ。なら本当に――」

 

 と、俺が安堵したところで、バスレー先生が挟む。


 「それだけならよかったんですが、どうやらその後に宿に泊まった形跡はなし。そして乗合馬車も使っていません。しかし、この町からは姿を消しているようで、ヘレナちゃんたちはこの町のどこにもいないそうです」

 「なんだって……?」


 いいことと悪いことが混ざった情報……まさかここからの足取りが消えているとは……一体、どこへ?

 

 俺たちは一日だけ滞在し、ヘレナを探したが結局見つけることはできず、サンディオラに向けて出発した。門番も見ていないらしく、何らかの手段で町を出たことになるがそうする意味はなんなのか。

 ……この先はもう少し進めばサンディオラになる。俺の中でヘレナが向った先がそうではないかに代わっていた。

 そして野営と宿泊を繰り返し、二週間とちょっと。俺たちはサンディオラ国へと足を踏み入れた。

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