第三百五十六話 サンディオラへの道


 家に帰るとチェルはアイナ達が居ないことを残念がっていたらしいが、また来ることを告げたら満面の笑みを浮かべていたらしい。俺の転移魔法習得がまた重要度を増した。

 そして夕食時、先ほど聞いたヘレナの旅行についてみんなに話す。


 「ヘレナが旅行に? お母さんも一緒なんだ? 随分急ね」


 マキナがシチューを口に運びながら尋ねてきたので、俺は頷いて返す。


 「らしい。クライノートさんに話をして、レイラさんに手紙を残していたよ。ヘレナの穴埋めにミルフィを指定までしていた。急なんだけど、用意はきちんとできていたみたいだ」

 「ふうむ、気になるのう。用意がいいとはいえ、ラース達は知らなかったんじゃろ?」

 「まあ……そうだな」


 ファスさんが顎に手を当てて訝しむ。言い分としては、劇場に伝えるのはもちろんだけど、友達である俺達に声をかけなかったのは珍しいを通り越して不思議だとのこと。


 「でも、師匠。私達も黙って出て行くこともあるし、あり得ないことはないんじゃないですか?」

 「ま、そう言われればその通りじゃが、急に居なくなったのが、のう」


 そう呟くファスさんに、俺とマキナが顔を見合わせて不安になっていると、バスレー先生が魚のバター焼きをフォークでつつきながら言う。


 「怪しいと言えば、同郷のサンディオラの人達ですが、劇場でしかヘレナちゃんを見ていないですし、護衛の戦士達が少し町に出ていたくらいなので接触したとも思えないんですよね」

 「出発の時に、荷台と荷物は確認したけど居なかったのも確認していたよな」

 「ええ」


 一応、俺達も見送りには立ち合い、荷台に乗せる荷物はひとつ残らず開けて中身を確認していた。申し訳ないと思うが、盗品がないかを調べたのだ。……まあ、奴隷を扱う国なので知らず誘拐して連れて帰ろうとしていたなどの可能性も考えられるためだ。

 しかし荷台も荷物にも何もなく出発している。なのでヘレナとの関りは思い返しても、無い。


 「正直なところ俺も気になる。けど、付近の人に聞いても何も知らなかった。それもおかしいと思うんだけど……」

 「出発は止めて探すか?」

 

 ファスさんがそういうが、俺は首を振って答える。


 「ヘレナも大人だし、母親も一緒なら何かあるんだと思う。手がかりがない以上、時間を使うのは得策じゃない。まあ俺達も急ぎじゃないけどさ。ギルドにはヘレナを見かけたらミルフィ達に知らせてもらうよう伝えてあるし、気にかけてくれるって」

 「そうですか。ではわたしも門に差し掛かった時、クルイズに聞いてみましょうか。旅行というなら流石に姿を見ていないてことは無いと思います」


 バスレー先生の意見にもっともだと思い、次の日の出発に備えて眠ることにした。



 ◆ ◇ ◆


 そして翌朝――


 「よし、それじゃ頼むぞお前達!」

 「ひひーん♪」

 「ぶるるん♪」

 「がるう!」

 「うぉふ!」


 俺は御者台、バスレー先生は相変わらずラディナの背中にまたがり門へと向かう。ラディナ達の移動を考え、人通りの少ない早朝にした。

 程なくして門へたどり着くと、あくびをしているクルイズさんが目にはいり、バスレー先生がダッシュをかける。


 「へい、ラディナ! あの眠そうな男の目を覚まさせてあげましょう!」

 「ぐるう」

 「やめなよバスレー先生。ラディナ、言うことを聞かなくていいからな」

 「ぐるう!」


 俺がそう言うとラディナは急停止し、バスレー先生は前方に投げ出され宙を舞う。あわやヘッドスライディングを決めるかと思ったその瞬間、ヘッドスライディングを見事に決め、クルイズさんの目の前で止まった。


 「うおおお、何だいったい!?」

 「おはようございますクルイズさん!」

 「……なんだバスレーか……早朝からからかいにきたのか?」

 「ああ、違うんだ――」


 追いついた俺が事情を説明すると、クルイズさんはポンと手を打って口を開く。


 「おお、アイドルの子だな。確かに昨日、出て行ったぞ。今よりちょっと後くらいの時間だ」

 「どこへ行くか聞いていませんか?」

 「いや、それは聞いてないな……。あ、でも、あの乗り合い馬車は確かギオル領行きだっけな?」

 「それほんと!? ありがとう、いい情報だ!」

 「なんだ、追いかけているのか?」

 「そういう訳じゃないけど、ちゃんと行き先があってみている人が居たからホッとしただけだよ」

 「ふうん? お前達もどっかへ行くのか?」

 「はい! サンディオラまで行ってきます!」


 クルイズさんが興味がない感じで話を俺達の様子に変えると、マキナが返していた。それを聞いたクルイズさんは目を丸くした後、苦笑いで嘆息し、気をつけてなと見送ってくれた。


 「ギオル領、か」

 「うん。俺達も通る領だ。もしかしたらどこかで追いつけるかも?」

 「ま、わたし達より早く出発していますし、ギオル領と言っても町は多いですからねえ」

 「その時はその時さ。少なくとも連れ去れたって訳じゃないし、良かったよ」

 「そうね! それじゃ、転移魔法を探しにしゅっぱーつ!」

 「くおーん!」

 「!」


 マキナが俺の隣で拳を上げると、アッシュが鳴き、セフィロが頭に花を咲かせて呼応する。そういえば着いたあと、魔法を使える人を探さないといけなかった……すぐ帰れるといいけど……俺はそう思いながら手綱を握るのだった。



 ◆ ◇ ◆


 「……」

 「やあ、ヘレナさん! 待っていてくれたんだね」


 イルミネートの町から半日ほどの場所にある町の近くで、アフマンドとヘレナ親子が対峙していた。母親は肩を小さくし、ヘレナは腰に手を当てて目を細めてアフマンドに返事をする。


 「あなたが今のサンディオラの国王様でいいのかしらあ? 夜中に使いが来たけど、あれ、ヤバイ連中じゃない?」

 「……ふふ、国王だと知っても恐れる素振りもないのか、いいね。そう、僕が今のサンディオラの国王でアフマンドという。よろしく頼むよ」

 

 アフマンドが握手を求めると、ヘレナは渋々応じぐっと握る。そこでヘレナの母親が恐る恐る口を開いた。


 「あの……私の夫は本当に生きているのですか……? 前の国王から逃げ出す時、捕まったのに……極刑になったものだとばかり……」

 「まあ、それは向こうで。乗合馬車は窮屈だったろう。これからは僕の馬車に乗って移動をするといい。ああ、前王の刺客とかじゃないから安心していい。彼は僕が倒したので、どちらかと言えばあなた達の味方になるかな?」


 軽く言い放つアフマンドに、ヘレナは感情無く腰にあるサージュの装備に手を置いてから低い声を放つ。


 「……もし、アタシ達を騙しているなら、覚悟してらもうからねえ? 奴隷になるくらいなら、刺し違えてでもあなたを殺すわ」

 「……いいね、君」


 アフマンドは口元に笑みを浮かべて一言呟き、 馬車の扉を開けた――

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