第三百五十五話 出発の前に不穏な空気
「ジョニー達は?」
「元気よ、急ぐ必要は無いからラディナと交代で行けばいいかしらね?」
「そうだね、向こうに行くまで三週間くらいかかるし、馬だけよりもラディナが居た方が助かると思う。どっちにしても置いていくつもりはないし」
「がる!」
「わん!」
庭で馬達をブラッシングしていたマキナに声をかけると、ラディナとシュナイダーが俺に寄って来て気合を入れていた。こいつらと遠出するのは初めてだし、ちょっと楽しくなりそうだと俺は二頭の頭を撫でてやる
国王を含む、サンディオラからの使者が帰ったのがちょうど昨日の昼だったんだけど、何事もなく会談と引き渡しが終わったので、俺達が向こうへ着いても好意的に対応してもらえそうな気がする。
「食料は積み込んだぞ。……バスレーは本当に行く気かのう? 領内なら気にしないのじゃが、大臣が他国をウロウロするのは危険、という意味では好ましくないんじゃ」
「まあ、言って聞くなら俺達も苦労しないし、大人だから何があっても自己責任って言ってたからなあ……」
俺の言葉にファスさんが溜息を吐き、渋い顔をする。
駄々をこねたバスレー先生を一晩簀巻きにしていたけど、意思は変わらないと今朝半泣きで城へ仕事に行った。俺としてはファスさんの言うことよりも、城の仕事をすべきだと思うので、違う意味で良くないと思っている。
国王様に話してオッケーなら、ということを伝えたけど多分国王様のことだから――
「いやっほうぅ! 戻りましたよ皆さん! 陛下にオッケーを貰いました! こちらからのお土産を持っていくことを条件に!」
――こうなるだろうと思っていたよ……
「はあ……それなら行くことに異論はないけど仕事は大丈夫なの?」
「ええ、部下である『フェリオール三姉妹』に任せてきました。その内、仕事を任せようと思っていたのでわたしが帰ってくるまでにやっておいて欲しいことを指示していますよ」
「三姉妹って?」
聞きなれない言葉にマキナが首を傾げると、バスレー先生は指を立てて言う。
「ああ、農林水産のメンバーに三姉妹が居るんですよ。三人一緒だと仕事効率がとてもいいので、手元に置いている感じですね。次に大臣を選ぶとしたら三人の内誰かになると思います」
「それって優秀なんですよね! でも、バスレー先生はそれ以上に優秀だから大臣なんですよね!」
「マキナちゃんの視線が痛い……シュナイダー、慰めてください……」
「ひゅーんひゅーん……」
抱き着こうとしたバスレー先生を避けてシュナイダーは庭の奥へと去っていき、俺達は苦笑する。
分かっていたけど、いつものメンツでサンディオラへ向かうことが決まり、明日の出発に間に合わせるため荷台に荷物を積んでいく。
食料、着替え、念のために用意したテント、毛布などなど……特に水は多めに積んだ。それとちょっと試したいことがあったので魔力回復薬もいくつか木箱に突っ込んでいる。
サンディオラへのお土産は腐りにくい果実を氷魔法で冷やして詰めているようだ。途中、何回か冷やしなおす必要があるかな? 馬二頭には重すぎないよう調整しつつ、夕方には何とか詰め終わることができた。
「ふう、こんなところかしらね。セフィロとアッシュは荷台からでいいから周囲の警戒を頼むわよ」
「くおーん!」
「!」
マキナが腰を折ってセフィロとアッシュにそう言うと、手を上げて応えていた。うーん、俺以外の言うことを聞くあたり、テイムした魔物じゃなくてやっぱりペットだよな……
「それじゃ俺、テイマー施設に行ってくる。タンジさんとニビルさんに家を空けることを伝えないと」
「分かったわ、ご飯は私が用意しておくからゆっくりでいいわよ」
「久しぶりにわたしも手伝いましょうか、食べてばかりですし」
「お主はもう少し痩せるべきじゃ」
「ふぐ……!?」
そんな会話を聞きながら、俺はレビテーションでテイマー施設を目指す。ちょうどチェルが家に入っていくのが見えたけど、そういやアイナが帰ったのを伝え忘れてたなあ。まあまた来るから大丈夫かな?
「よっと……」
「うわ、びっくりした!? ってラースじゃないか、お前そんな魔法も持ってるのか……」
「あ、タンジさんこんにちは。ちょっと急いでいたからレビテーションで来たよ」
「よう、ラース。お前、なんで冒険者やってんだ? ま、いいけどよ。こっちはボチボチの進捗状況だぜ」
「にゃーん♪」
俺が施設の広場に降り立つと、タンジさん達が近くに居て寄って来た。子雪虎たちも集まり、俺はみんなに話し始める。
「実は明日からサンディオラに向かう予定なんだ。往復で一か月くらいかかるから声をかけておこうと思ってさ」
「サンディオラだと? 昨日まで国王ご一行が居たがなんかあったのか?」
「いや、そういうことは無いよ。ただ、この前までアイナや兄さん達が居たと思うけど、いつでもこっちに来れるように転移魔法を覚えに行くんだ」
「……」
「……」
「あ、あれ? どうしたの二人して難しい顔をして」
俺が転移魔法の習得を伝えると、二人が顔を見合わせた後、俺に見ながら目を細める。
「難易度がめちゃくちゃ高い魔法なんだがなあ……」
「それを覚えに行くってあっさり言うあたりラースだよな。ま、俺としても嬢ちゃん達がまた来れるようになるのは嬉しい。こっちは任せておけ、帰ってくるころには結構出来上がっているはずだ」
「ああ、悪いけど頼むよ!」
用件を伝えたので俺が飛び立とうとすると、雪虎が俺の袖を咥えて鳴く。
「ガウ」
「にゃーん」
「ああ、行きたいと思うけど、今回お前達はダメだ」
「ガル!?」
随分痩せて自信がついたらしい父雪虎が遺憾だとばかりに鳴くが、流石に連れて行くわけにはいかない。
「サンディオラは暑い地域なんだ、お前達みたいに寒い地域の魔物が行ったら茹で上がるんじゃないかな? だからお留守番だよ」
「ガルウウ……」
どうやら伝わったようで、三頭は同時にがっくりと項垂れその場に伏せてしまう。タンジさんによると、下手をすれば暑いところで死んでしまう可能性もあるらしい。逆にあのライオンに似た魔物は行けるんだけどね。
そのまま俺はレビテーションで飛び上がり、今度はヘレナの家へ向かう。休みの日に遊びに来ていなかったらまた文句を言われそうなので一応、伝えておこうと玄関をノックする。最悪、母親に伝えておけばいいだろう。
――しかし
「……あれ?」
誰も出てこなかった。ヘレナの母親は仕事をしていないので家には居るはずなんだけど……買い物も昼間に済ませると言っていたし。
まあ、劇場に行けば会えるかと思って踵を返すと、息を切らせて走ってくるミルフィと、マネージャーのレイラさんが見えた。
「やあ、ミルフィにレイラさん。慌てているみたいだけどどうしたの? ヘレナは居ないみたいだけど、劇場じゃないのかい?」
「はあ……はあ……ラ、ラースさん……! ヘレナさん、やっぱり居ないんですか!?」
「お、お母様も?」
「え? やっぱりって? うん、お母さんも居ないよ」
俺がそう言うと、レイラさんが一枚の手紙をポケットから取り出して俺に渡してきたので、受けとって内容を確認すると、手紙にはこう書かれていた。
‟お母さんと少し旅行へ行ってきます。クライノートさんには口頭で伝えているけど、時間がないからレイラさんにはお手紙で伝えるわね。一か月ほどで帰れると思いますので、ファンの人達にはうまく言っておいてねえ♪ アタシの穴埋めはミルフィが出来ると思うから、デビューさせてあげてねえ? よろしく♪„
「旅行に行ったのか? でも、なんで慌ててるんだ?」
「そ、それが、前もって計画されていたことじゃないからなんです……。ヘレナさんは仕事に穴を開けるのを良しとしません。なので、こんな急にどこかへ行くことは無いんですよ」
「クライノートさんは?」
「ヘレナさんに直接聞いていて、しばらく休むことを了承していました。何でかを聞きたかったんですが、間に合わなかったみたいです……」
ミルフィが息を整えて残念そうに言う。しかし、すでに家には誰も居ないのでもう手の打ちようが無いのも事実だ。
「実は俺達も明日からサンディオラへ向かうことになっていて、家をしばらく空けるんだ。ヘレナのことだからひょっこり帰ってくるよ。お母さんも一緒なんだし、変なことは無いと思うけど」
「そうですね……」
「門で姿を見た人も居るかもしれないし、一応聞いておくよ。ギルドにも言っておこう」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺に深々と頭を下げて、ミルフィとレイラさんはこの場を去っていく。
ヘレナが旅行、か……そこでふと、俺は劇場のアフマンド王とアボルが何かを話していたのを思い出す。
「まさか、な」
何となく胸がざわつくのを感じながら、俺は自宅へと帰っていった。
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