~幕間 10~ アフマンド王とサンディオラの事情


 <レフレクシオン城:ゲストルーム>


 ――劇場から戻ったサンディオラ国の一団はレフレクシオンの城でくつろいでいた。

 戦士達は交代でアフマンドの護衛についていたが、安全だということで長旅の疲れを癒すようアフマンドに言われて下がっており、アフマンドはあてがわれた部屋で酒を飲みながらアボルと会話をする。


 「ふう……この酒も美味いな」

 「ええ、レフレクシオン王国は良い国ですな」

 「違いない。会談の時に居た戦力も十分だし、戦争をするには分が悪いね。ウチの国じゃ逆立ちしても勝てやしない」


 ははは、と笑いグラスを傾けて酒を飲むアフマンド。その様子を困った顔で見ながらアボルは口を開く。


 「そんなことをすれば我が国はあっという間に消え去ります。それにどこで聞かれているか分かりません、ご注意ください」

 「ま、こっちから仕掛けることはないさ。それより、あのアイドルのライブってやつは面白かったね」

 「はい。しかし、これも国が豊か故にできる娯楽……羨ましい限り」

 

 どこか悲観的に物事を口にするアボルにアフマンドは口を尖らせて頬杖をつく。


 「まったく、アボルはいつも暗い話題しか口にしないね。それはそうと、あの僕たちと同郷の女の子に見覚えがあるって? 物凄く可愛い子だったけど」

 「ええ、二十年くらい前でしょうか。まだ前国王がご存命のころ、とある夫婦の妻に目をつけたことがあったのです。大変美しい娘でしたがその娘に似ています」

 「……それで?」


 その後の出来事に予想はついたが、あえてアボルに話させるアフマンド。アボルは一度目を向けてから口を開いた。


 「国王はその娘を手に入れようと行動を起こしました。妻を手に入れるべく夫を奴隷に落とそうと画策したのです。しかし、夫は賢い男でした。不穏な空気を嗅ぎつけ、夫婦は国を出るべく都から姿を消していました」

 「なるほどね、なら手に入れられなかったってことか」

 「左様です。ただ、追手は差し向けていたので夫は捕らえられ、奴隷に落とされたと聞いています。生きているかは分かりません」

 「で、妻は身ごもっていてその娘が……って話か? 面白いな……」

 「は?」


 アフマンドが目を細めてそう呟くと、アボルが不思議そうな声を上げた。そして次の瞬間、アフマンドは驚くべきことを口にする。


 「よし、あのヘレナとか言う娘を僕の妻にしよう!」

 「な!? 何を言っているのですかアフマンド様!? あのアイドルとか言う演目は特殊で、彼女はその中でも上の地位。来てくれるわけがありませんよ」

 「ふふ、でもやりようはあるよ? 父親が奴隷かもしれないんだろ? 帰りに町の外にある森に待機させている別動隊に連絡をしてヘレナの家を突き止めよう。父親に会いたくないか? とでも言えばいいんじゃないかい?」

 「むう……」


 確かにそう言えば付いてくるかもしれないが、もう二十年も前の話なので母子共に父親のことを忘れて暮らしているところでその話をして心が動くだろうかとアボルは首を捻る。そもそも、生きているかどうかすら分からないのだ。


 「父親が居ない場合、どうされるおつもりですか? それに父親のことなど気にしていないかもしれないですぞ」

 「ま、ゲームみたいなもんだ。前王が手に入れられなかった娘を手に入れる、みたいな感じかな。まだあのクズは生きているんだろう?」

 「ええ。牢に入れてあります。……みな、あの男に辟易していたから打倒を立てたアフマンド様に協力したのです。あまり前王のような振る舞いは感心しません」

 「あはは、確かにね。でも、実際あの子は可愛いし、妻も必要だ。前政権打倒のご褒美に一回だけ協力してよ」


 アフマンドが笑ってそう言い放ち、アボルは難色を示すが確かにサンディオラはアフマンドのおかげで良い方向に向かっているため、一回だけならいいかとため息を吐く。


 「分かりました。では、手配しましょう。しかし、我々は観光を断りましましたが……」

 「そこは僕が頼み込むよ。やっぱり連れてきた護衛の慰労やお土産を買わせたいとか言ってさ」


 アフマンドはグラスに酒を注ぎながらにやりと笑い、どうするかを考え始める――


 ◆ ◇ ◆

 

 「今日はゆっくりねえー」

 「ふふ、テーブルに突っ伏さないの。踊っている時はかっこいいのに」

 「それは言わないでえ……お母さん……」

 「そういえば今日はあの男の子の所に行かなったわね? 休みの時はいつも行くじゃない」

 

 ヘレナは自宅のリビングで伸びをしながら母親と話していた。今日は劇場が休みなので、必然的にヘレナも休みになり、いつもはライブをしている時間だがのんびりと過ごしていた。

 ジュースを持って来た母親がラースのことを言い、ヘレナは伸びきったまま答える。


 「ラースの家? うーん、今は何か魔物の園とかいうのを作っているし、忙しそうなのよねえ。それに最近お兄さん達やウルカも来てたし、マキナとふたりの時間も無さそうだからちょっとねえ……」

 「あら、気を遣うわね? あんたあの子のおかげでアイドルになれたし、好――」

 「お母さんやめてぇぇぇ!? ……アタシは王都に来たから諦めたの! 貴族のくせに一人しか選ばないって言うし。だからいいのよう」


 頬を膨らませて母親の口を塞ぐヘレナを苦笑しながら振りほどき、ジュースを口にする。


 「ま、今はアイドルが楽しそうだし、あたしも楽をさせてもらっているから何にも言えないけどね」

 「任せてよ! アタシがお婆さんになってもお金に困らなくらい稼いで見せるわ!」

 「無理はダメよ?」

 「もちろんよぅ♪」


 そう言ってウインクし、ふたりで笑いあうヘレナ親子。そこで家の玄関がノックされる音がした。


 「……? 誰か来たのかしらあ? ファンじゃないと思うけど……」

 「珍しいわね。ま、あんたの家だって知っている人は少ないでしょうけど」


 ヘレナの家は劇場裏にある宿舎は借りず、気軽に暮らせる家を住宅地に住んでいた。ラースの住む高級地ではないが、それなりに良い土地である。ただ、ファンが詰め寄ることがあるため、ご近所を含め警戒をしてくれていたりする。

 夜はライブに出ていることが多いので尋ねてくる人はほとんどいないのだが、珍しく戸を叩く音が聞こえ母親が応対に出た。


 「はい、どちら様ですか? ……!?」

 「……」

 「お母さん、どうしたの?」


 戻って来ない母親を心配したヘレナが玄関へ行くと――

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