第三百五十四話 旅の前に


 「ふむ、サンディオラの王と劇場とな」

 「オルデン王子の護衛、ってことでね。人選は俺に任せてくれると言っていたけど、マキナとファスさんを連れて行くことにしたよ。事後承諾みたいで悪いけどいいよな?」

 「もちろん私はオッケーよ! ま、何事もないと思うけどね」

 「ワシも大丈夫じゃ。しかし、忙しいのう、ほっほっほ」


 ――という訳で昼食会から二時間ほど経ち、俺達は自宅で今夜のことを話し合っていた。アフマンド王がアイドルのライブを見たいというので、国王様とオルデン王子と共に劇場へ行くことが決定した。

 国王様達にはもちろん護衛がいるけど、オルデン王子の護衛として俺を連れて行きたいと言い出したからだ。王子の頼みを断るわけにもいかず、承諾した次第。


 「まあ、サンディオラの王に顔を覚えてもらうのは都合がいいかもしれんがな」

 「どうして?」

 「うむ、転移魔法の件を話しておったじゃろう? ワシの知る転移魔法の使い手は二人おってな、その内ひとりはサンディオラにおるのじゃ。今、どこに居るか分からんから、王と知り合いなら探してくれる可能性は十分にある」

 「へえ、奇遇だね。もうひとりは?」

 「もうひとりは……言葉を交わすのが難しいから、できればサンディオラで覚えて欲しいところじゃ」

 「喋れない、とか……?


 マキナが恐る恐る尋ねると、ファスさんはそうではないと口を開く。


 「ここから国をふたつ越えた西方に巨大な湖に囲まれた国、トリアネイド聖王国の姫じゃからな。もう女王になっておると思うが」


 トリアネイド聖王国とは代々女性が王を務めるという国で、中々きれいなところだと授業で聞いたことがある。また、このレフレクシオンからだと本当に遠く、多分馬車をほとんど休ませず移動して三週間くらいかかる距離だ。


 「いくつぐらいなんだろう? 古代魔法を習得しているのは凄いね」

 「ワシが会ったのは十五年くらい前で、当時八歳じゃったから二十三歳ってところかのう。スキルが【魔法の極意】というものじゃったから多分今だとドラゴニックブレイズも使えるかもしれんぞ」

 「ラース以外で古代魔法を使えるのはベルナ先生くらいしか知らないけど、先生でもちょっと浮くレビテーションとインビジブルしか使えないもんね」

 「ベルナ先生も若いけど使えるよね。まあ、流石に女王様に教えて貰う訳にはいかないから、サンディオラの人になりそうだね」

 「ほっほっほ、そういうことじゃ。そやつの名は『ラルゴー』と言って、ダンジョンでは世話になったわい。今は五十歳くらいかの?」

 「オッケー、ファスさんなら顔見知りだしすぐ覚えられそうだな。魔物の園はニビルさんに任せて、今日の仕事を片付けてから出発かな?」

 「サージュに連れて行ってもらう?」

 「いや、アイナが気づくかもしれないし馬車で行こう。ジョニー達も運動をさせないとね」


 準備期間を含めて二、三日中には出られるだろうと計画し、サンディオラを旅するために必要なものをファスさんから聞いてメモなどしているとあっという間に夜になる。

 万全な装備をし、セフィロとアッシュを連れて一旦城へと向かうため玄関を出る。


 「ごめんな、シュナイダーにラディナ。もう夜だし、大人しく待っててくれ」

 「うぉふ!」

 「ぐるぅ」

 「帰ってきたらブラッシングをしてあげるからね」

 「くおーん!」


 柵越しに手を振ると、二頭は短く鳴いて見送ってくれた。ラディナはアッシュに頑張れと言っているような気がした。赤ちゃんのアッシュを俺達にゆだねているけど、いいのだろうか。

 それはともかく城に到着するとバスレー先生に案内され、オルデン王子と共に劇場へと向かった。


 「サンディオラ側は随分護衛が少ないな……いや、こっちもか」

 「ああ、僕たちに敵意がないってことで、側近のアボルと手練れの戦士ふたりだけでいいってさ。こっちは多くても良かったけど、あの数で奇襲をかけてもどうにかなるとは思えないし、残してきた人達もそれなりに多いからそっちの監視にも回したって感じかな」

 「ああ、城を乗っ取られないようにですね」

 「そういうことだよマキナちゃん」


 オルデン王子が得意げに鼻を鳴らし、前を歩くアフマンド王が乗った馬車に視線を向ける。悪い人物ではないが手放しで信用するほどお人好しではないってことだな。

 そのまま適当な話題を口にしながら、すっかり陽も落ちた町中を進み、劇場へ。

 

 「お待ちしておりました、アルバート様。急遽でしたが、皆さまが劇場へ入るまでは一般の人を近づけさせないようにしておりますのでご安心ください」

 「うむ、すまぬな。アフマンド殿、特別席があるそうなのでそちらから鑑賞しよう」

 「ご無理を言って申し訳ありません。ありがとうございます」


 国王様とアフマンド王が軽い足取りで劇場へ入り、護衛が続き、その後を俺達が追う。そこでオルデン王子がアッシュを撫でながら口を開いた。


 「いやあ、正直言うと僕も興味があったんだよね。父上は母上の手前行くのは無理だし、僕も監視が厳しいから中々外に出られないからさ。バスレーが居候しているし、そろそろラースの家くらいは気軽に遊びに行きたいんだけど」

 「いや、それは俺が恐れ多いよ」

 「いいじゃないかー。しれっとギルドで依頼を受けて魔物討伐とかさせてよ。なあアッシュ」

 「くおーん?」


 俺に抱っこされているアッシュは良く分からない顔をしてオルデン王子の手をふんふんと嗅いでいた。あまり馴染みがない人なので少々警戒しているみたいだ。


 「私達、結構いないことも多いですし、来ていただいても申し訳ないかもしれません」

 「はは、ありがとうマキナちゃん。ま、そこはおいおい考えるとして……とりあえずライブとやらを楽しもうか」

 「まったく、軽い王子ですねえ」

 「うん、バスレーには言われたくないね」


 バスレー先生とオルデン王子がそんな調子でにらみ合いながら歩いていると、前を歩いていたアフマンド王が俺達に声をかけてきた。


 「やあ、ラース君だったかな? さっきはありがとう、満足できた。君はオルデン王子と仲がいいのかい?」

 「え、ええ、まあ、子供の頃に知り合ってから良く話しかけてくれますね。オルデン王子には感謝していますよ」

 「なら僕も家に招待して欲しいんだけどね? ラースは料理、魔法、剣術も強いし、今日観覧するアイドルの衣装も手掛けているんですよ。それにアイドルともクラスメイト。で、こっちの可愛い子と恋人同士と、隙が無い羨ましい男なんです」

 「それは言い過ぎじゃないか?」

 「事実だし」

 「あっはははは! なるほど、オルデン王子にとってラース君は友達でもあり、羨望の対象でもあるってことかな? 分かるよ。王族なんて退屈なことこの上ないから僕も能力さえあればそういう生き方もしてみたかったね」

 「ですよねー」


 気さくな態度で俺達と会話をし、俺達も観客としては初めて入る特別席へと招かれた。


 「それじゃ、僕はアルバート殿と話すのでこれで。また機会があれば話したいね」

 「ええ、その時は是非お願いします」


 アフマンド王にそれとなくアピールして別れ、とりあえず特別席から下を見るため覗き込むマキナのとなりに立つ。


 「うわ、明るいところでみると結構高いと感じるわね」

 「あの時は暗かったからね。お、始まるみたいだ」

 

 一応、周囲に目を気を配り、視線はライブではなく観客やアフマンド王や側近に向けておく。マキナとファスさんも同じく気を張っていた。


 (みんなあ、今日もありがとうねえ♪)


 ステージではヘレナの声が聞こえ、歓声があがり、その歓声に満足したヘレナがさらに続ける。


 (今日は国王様や重役の人達が来ているからいつも以上に頑張ってうたいまーす♪)


 「ふふ、ヘレナってば国王様が居てもいなくても変わらないくせに」

 「お金持ちの嫁になるとか言ってたのに、今じゃアイドルが一番だ」


 マキナがヘレナの口上にくすりと笑いそんなことを言う。十歳のころが懐かしいな、と思いながら周囲を見渡していると、アフマンド王が目を見開いてステージを見ていた。

 同郷のヘレナが他国で大活躍していることに驚いている感じに見える。そんなことを考えていると、側近のアボルさんを指で呼んで耳打ちをしていた。


 「……なんだ?」


 ステージを指さしたり、国王様に何かを尋ねているようだが距離もあるし、歓声もすごいので声は聞こえなかった。

 気にはなったものの特に問題などは起こらず、城まで国王様達を送り届けて終了となった。


 「いやあ、お疲れさまでした皆さん! 明後日には彼らも帰るようですが、町の散策みたいなことはしないらしいので多分わたし達の出番はありません。それじゃ、サンディオラ行きの話を詰めましょうか!」

 「え!? いやいや、バスレー先生ついてくる気!?」

 「え? もちろんですけど?」


 そう言って指を唇に当てて少し首を傾げ、可愛い仕草をする。


 「そんな可愛い仕草しても困るけど……仕事があるだろ? 今度は人がどこに居るか分からないから時間がかかると思うよ」

 「いやああああ!? わたしだけのけ者はいやぁぁぁぁ!」

 「はいはい、もう寝ましょうね先生」

 「あ、ちょ!? アイナちゃんの時より冷たくありません!? あ、マキナちゃ――」


 とりあえず俺の家の平和がマキナによって守られた。

 さて、報酬ももらったし、明日は旅道具を買いに行こうかな? 距離があるしテントとかも必要になるだろうし。

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