第三百五十三話 食えぬ男と美味しい料理


 「――とまあ、我が国は乾燥と風に対抗するため日々試行錯誤をしているというわけです」

 「興味深い話だ。では――」

 「陛下、そろそろお時間が……」

 「む……おお、もうこんな時間だったか。アフマンド殿、そろそろ昼食の時間のようだ。ご一緒に如何だろうか? 捕らえたふたりは帰国する際に引き渡すが顔を見ておかなくていいだろうか?」


 会談、と言っても強盗の件はそれほど重要ではなかったようで、アフマンド王の話がメインとなり、国の体系や環境などを語っていた。会談がスタートしたのはだいたい十時前後だったが、そろそろお昼。

 立ちっぱなしの俺達にも気を遣い、フリューゲルさんが国王様へ声をかけた。アフマンド王は国王様の質問に笑顔で答えた。


 「僕が帰る際に連れて来てもらえれば問題ありませんよ。強盗の顔を見ても仕方ありませんし」

 「そうか、では食事の用意が出来る間、寝泊りしていただくお部屋をご案内しましょう」

 「ありがとうございます」


 国王さ様が合図をするとメイドが現れ、ホークさん達騎士と数人の大臣、そして国王様を先頭にサンディオラの人達が後に続いていくのを見送る。途中、アフマンド王や側近達と目が合ったりもしたが、特に何事もなく過ぎていく。そして大会議室に誰も居なくなったところで、俺はため息を吐いた。


 「……ふう、終わったか。強盗の件はあまり話が無かったな」

 「そうね。どちらかと言えば興味は無さそうだったし、観光の方が目的だったのかしら? 私達、居なくても大丈夫だったかも」

 

 俺の言葉に、唇に指を当てたマキナが不思議そうに言うと、残っていたバスレー先生がひょこっと顔を出して口を開く。


 「ま、そこは結果が良かったということでいいでしょう。難癖ではなく好意的に接してきたので厄介ごとにならずに済みましたし。ファスさんもお疲れさまでした」

 「うむ。マキナの訓練をやるくらいじゃからワシは構わんぞい。しかし、あの国王、若いのう。奴隷制度の排除無しは他国のことじゃから口は出せんが、ワシがかの国へ行った時はまあまあ悲惨じゃった。今はどうなっておるかわからんが、国民は少々不憫じゃな」

 「まあ、旅行者相手には手厚く歓迎しているみたいだから、友好国ではありますけどね」


 あちこちを旅しているファスさんはサンディオラにも行ったことがあるらしくそんなことを言い、ヒンメルさんが暗に他国のことはどうしようもないと口にする。

 アフマンド王が語っていたけどサンディオラの雨量は少なく、大地は砂で、強風がしばしば起こるというサバンナか砂漠のような国らしい。ここから馬車で二週間。レフレクシオン王国から南西にあるサンディオラは奴隷制度といい、厳しい環境のようだ。

 ま、何事も無かったのはバスレー先生じゃないけど良かったと思い大会議室を出ようとしたところで抱っこしていたアッシュが大人しいことに気づく。


 「アッシュ? ……寝てるのか」

 「くお……くお……」

 「!」


 ずっと寝てたよと言わんばかりに俺の肩でセフィロが腕を振る。そこへマキナがアッシュの頬を突きながら笑う。


 「ふふ、ずっとアイナちゃんと一緒だったし、急に遊ばなくったから気が緩んでるのかもね。可愛い」

 「こいつずっとアイナに振り回されてたからなあ。相当気に入ったみたいだから最後まで離さなかったみたいだし。にしてもこの空気で寝るとは……意外と大物だぞ」

 「ま、転移魔法を覚えてまた遊べるようにしてあげましょうよ。それじゃ、家に帰ってお昼にしましょうか! ハンバーグ? エビフライ? それとも両方……!?」

 「お前は仕事があるだろうが……」

 「まあまあ、すぐ帰りますから♪」


 前農林水産大臣のケディさんに窘められるが、お構いなしに家へ帰ろうとする。大臣は会食に出なくていいのだろうか……?

 俺がそう思った瞬間、オルデン王子が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。俺達に気づくと、片手を上げて近づいてくる。


 「やあ、ラース。良かった、まだ帰ってなくて」

 「どうしたんです、オルデン王子?」

 「ちょっと言いにくいんだけど――」

 「?」



 ◆ ◇ ◆



 「これは美味しい! ステーキとは違い、柔らかく、噛むと口の中で肉汁が溢れて旨味が広がる! これはなんという料理ですか?」

 「これは“ハンバーグ„という料理で、最近開発された料理なのだ。こっちの‟唐揚げ„と共にな」

 「むう……鶏肉か……? 外はサクッとして、中は柔らかい……これをそちらのシェフが?」


 サンディオラの側近、アボルさんが俺を見てそんなことを言う。無理もない、今の俺の格好は完全にコックだからだ……


 「おや、さっき会談で子グマを連れていた彼じゃないか。装備が見事だったけど、シェフだったのか」

 「いえ、俺の……私は普段この町で冒険者をやっている者でして……私が開発したこの料理を是非アフマンド王に食べてもらいたいと……」

 「その心遣いは嬉しいね、うん! これだけでもこの国に来たかいがあったよ」


 はあ、と俺は胸中でため息を吐く。

 廊下でオルデン王子に言われたのはサンディオラの人達に料理を振舞って欲しいとのことだった。コック長のでもいいんじゃないかと断ったんだけど、折角だから一番美味しいやつをと押し切られた。

 ちなみにマキナ達は食堂で昼食を取りながら待ってくれている。


 「このラースは我が領地であるガスト領主の二番目の息子でな。貴族なのに冒険者をやっている面白い男なのだ。料理だけではなく、戦いも相当腕が立つ」


 何故かべた褒めの国王様にオルデン王子が苦笑し、俺を見る。やめてくれ国王様……いや、目立つのはいいんだけど……


 「貴族が料理を……? ふうん、面白いね。次男でも家で適当に過ごしても良かったんじゃないかな」

 「ええ、まあ。家は兄が継いでくれれば私は必要ありませんからね。それと、じっとしているのは苦手なんですよ」

 

 一瞬、俺を見る目が鋭かった気がするが、気のせいか? 考える間もなく、アフマンド王はすぐに笑顔になり続ける。


 「なるほど、確かにアルバート殿が言うように面白い男だ。しかし、この国は豊かでいいですね、料理も美味しいし自然環境も素晴らしい」

 「そう褒めていただけると光栄だな」

 「それと、この王都には『アイドル』という歌劇者が居るそうじゃないですか。風の噂……まあ商人などからですけど、聞き及んでいて一度鑑賞してみたいと思っていたのですよ。実は強盗についての交渉ごとにかこつけて見に来たんですけどね! 見ることってできるんですかね? アルバート殿は見たことがおありで? 帰るまでに是非!」

 「む、うむ……劇場のアイドルとやらか……私は見たことが無いが――」


 と、捲し立てるように言い、国王様が困った顔で返事をしていた。

 さっきの鋭い目つきをした気配はなんだったのかというくらい、ハンバーグを口にしながら陽気に喋るアフマンド王。まさかアイドルを見に来たとは……俺はくっくと笑うオルデン王子と目が合い苦笑する。


 そして今夜、劇場へ向かうことが決定し、やはりというか、オルデン王子の計らい……もとい計略により、俺達も護衛として同行することになった。

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