第三百五十二話 若き王
「まさかファスさんに叱られるとは思わなかったよ」
「ワシはアイナちゃんの味方じゃからのう。お主が五歳の時に苦労していたのは分かるし、甘やかさないという躾の部分も理解できるが、それは一緒に住んでいた場合じゃと思うぞ。同じ家にいて我儘をいうようであれば厳しくせねばならんが、ラースもアッシュも離れておる。好きな人間が傍からいなくなるのは寂しいもんじゃ」
「師匠それって……ま、いいか」
そう言って遠い目でフッと笑うファスさん。もしかしたら旦那さんのことを言っているのかもしれないと思い俺とマキナは顔を見合わせて肩を竦める。
確かにここに居たい、というのはアイナの我儘だけどそもそも一緒に暮らしていないので俺やアッシュといった好きな人や動物一緒に暮らしたい欲求を我慢するにはアイナは幼いのだ。
だから我慢ばかりさせるのではなく、我慢したらその分嬉しいことも体験させてやれとファスさんが俺を窘めるように言った。
甘やかさないことがアイナのためになると思っていたけど、将来それが原因で暴走するかもしれないと言われた感じだな……俺の前世みたいにしてしまうところだったと反省した次第だ。
「さて、それじゃニビルに預かってもらいましょうか。ありがとうございます、ラディナ。楽ができました!」
「くおーん」
「がるる」
「わおん!」
俺達がアイナのことを話していると、いつの間にか城に到着していた。サンディオラの国王との会談のため、今日はバスレー先生の出勤と一緒に登城してきたのだ。
アッシュ達も一緒で、留守番をしていてもらっても良かったけど、兄さん達も居ないしテイマー施設に預けるには時間が足りないと判断し連れてきた。万が一ってこともあるしね。
「おう、ラース! 魔物の園、いい感じじゃねえか。俺も楽しみだぜ」
「おはようニビルさん。まだ園内はかかりそうだけど、魔物の調整はばっちりだ。手伝ってくれて助かっているよ」
「気にするな、テイマーとしての仕事は楽しいからな。あの兄ちゃん夫妻は帰ったのか?」
「昨日ね。お礼を言ってくれって頼まれたよ」
「嫁さんのスキルは凄かったからな……もうちょっと見ていたかったが、残念だぜ」
ニビルさんはそう言って苦笑すると、ラディナとシュナイダーを連れて庭の広場へと向かう。
「アッシュとセフィロは良かったんですか?」
「まあ、まだ敵か味方か分かりませんし、見せられる手は出しておこうというのが陛下の考えです。ここは相手の国王に牽制の意味もありますが、ラース君はテイマーでもありますし連れていても問題ないでしょう。本来ならシュナイダーあたりでもいいと思いますけどね」
「なるほど、それでフル装備なんだ……」
マキナがガントレットと胸当てを触りながら呟く。
他国との会談の場では武器は持ち込まないけど、防具はつけておくらしい。俺もサージュブレイドと防具は持ってきていたりする。
「とりあえず会談は三階にある大会議室で行います。わたしについてきてください」
「うむ」
「き、緊張してきた……」
「俺達は多分立ち合いだけだ、黙って様子を見ていればいいと思うよ」
肩にセフィロ、アッシュを片手で抱っこし城の中を歩いていく。やがて到着した大会議室の扉をバスレー先生が開けると、まず円卓が目に入り、壁際にずらりと騎士や大臣が並んでいた。
「やあ、ラース君にマキナちゃん。バスレーちゃんと一緒に来たんだね」
「それが一番早いからね。おはようヒンメルさん」
そのほか、ルツィアール国で一緒に戦ったホークさんやイーグルさんと言った顔見知りとあいさつを交わしていると、国王様とオルデン王子も大会議室に入って来て円卓に座る。
そして――
「遠いところようこそおいでになられた、レフレクシオン王国はあなたを歓迎するよ、アフマンド殿」
「いえ、急な訪問にご対応いただき、大変嬉しく思います。アルバート殿」
――そう言って円卓に座ったのは少し長めの銀髪で、ヘレナと同じ薄い褐色肌をした男……サンディオラの国王アフマンドだ。切れ長の目と微笑む口元が挑戦的に見えるのは俺だけだろうか。
「さて、ここまで来たのは他でもない。我が国の名を汚す者の処分についてだ」
「書状でも確認はしているが……しかし、どうしてまた国王自ら来られたのだ? 使いの者を出せば良いと思うのだが」
「ははは、まあその通りなんですが、僕は国を継いで間もないでしょう? こういう機会に挨拶をしておくのもいいかと思ったのですよ。あ、歳は二十八歳で見た目は若いって言われるんですけどね? 意外と歳を食ってるんですよ。しかしアルバート殿からしたら若造だと思われますので、こう中途半端な年齢で継ぐのはあまりいいことは無いかもしれない。子が出来たら僕は頑張って生きようと決めましたね、はい」
「お、おお……」
「めちゃくちゃ喋るね……」
きらりと目を光らせた後、ぺラペラと口を動かすアフマンド王。オルデン王子が若干引き気味でぽつりと呟いていた。見た目は相当な男前だが口を開けば三枚目……そう印象がついてしまうくらい、軽い。
「ごほん!」
「おっと、いけない。うちの大臣がご立腹だ。ああ、こいつは大臣で僕の側近で『アボル』と言います、以後お見知りおきを。見事なハゲでしょう? でもこれ綺麗に剃髪しているんですよ、まあ我が国は――」
「す、すまぬ、アフマンド殿。本題に入ってくれるか?」
「おっと、申し訳ない。今レフレクシオンで預かってもらっている強盗ふたりの処遇ですが、賠償金を支払わせていただきます。そのうえでこちらが引き取り、ふたりを奴隷として働かせることにしたいと考えていますね」
賠償金と奴隷、か。
サンディオラはまだ奴隷制度を廃止していないから妥当な線だなと俺は思う。最悪の場合、引き渡しだけを要求して賠償金の話など出てこないこともあるし、ややもすれば犯罪をするような環境が悪いなど意味不明なことを言うこともあるとか。……まあ、宣戦布告前の嫌がらせってことが大半らしいけどね。
とりあえず今回はふたりを奴隷にして賠償金分を働かせるつもりなんだろう。
「では、アボル」
「かしこまりました」
アフマンド王の言葉に側近のアボルが相当な数の宝石をテーブルに出し、前に差し出す。凄いな、黒ダイヤにエメラルド、それにサファイヤか? 価値があるものだと一目でわかるものだ。
「これは……少々多いような気がするが……」
「いえ、お目にかかれた親愛の証という意味も含めてお納めください。これからもレフレクシオン王国とは平和に付き合っていきたいですから」
「ふむ、そういうことなら頂いておこう。では引き渡しは帰還の時でよいか? 二日ほど滞在すると聞いている。そちらと同じとはいかぬが、ゆっくりして行ってくれ」
「それで結構です」
国王様が話を締め、俺達は何事もなく終わるかとホッとしていたが、国王様は少し考えた後に口を開く。
「それにしても奴隷か……我が国ではかなり昔に廃止したものだが、サンディオラは廃止するつもりはないのか?」
「そうですね、今はそのつもりはありません。お金が無い人々は奴隷になってお金を稼ぐ、まあ保障みたいなものですよ。働き口を見つけられず餓死するよりはいいと思いませんか?」
この男、奴隷に対してそういう考えなのか。でもそれなら、と俺が考えた瞬間、オルデン王子が挙手をして発言をする。
「レフレクシオン王国、アルバートの子、オルデンです。アフマンド様、それなら国が奴隷という強制労働ではなく、働き口を作ることはできないのでしょうか? こういった宝石があるなら開拓もできそうですが……」
「ま、そういう見方もあるけどね。そんなことをしたら……あ、いや、なんでもないよ。サンディオラの方針は変わるかもしれないけど、先ほど言ったように今は考えていない」
「そうですか……」
オルデン王子は軽口を叩くけど根は真面目なので奴隷制度を良く思っていないようだ。しかし意見はにべもなく返されため息を吐きながら押し黙ってしまう。
……それにしても、見た目と口調とは裏腹に、何を考えているか分からない節があるな。さっきのオルデン王子の質問に、にやりと笑っていたが、何を言いかけたのか。
さらに会談は続く……
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