第三百五十一話 甘やかせアイナちゃん!
というわけで兄さん達が帰る日の昼。兄さんとノーラ、サージュが今夜帰るために荷物をまとめているところだ。
「お土産は分かるようにしてねー」
「うん。ラース、買った歯ブラシとかはどうしようか?」
「また来るだろうから置いてていいよ。買った下着なんかを持って帰るだけじゃない?」
「うう……入らない……マキナちゃん、カバンもう一つ貸してー」
「いいわよ、買って置いて良かったわ」
<我の爪磨きを知らんか?>
「昨日アイナがアッシュに使ってたよ」
<そうか>
と、そんな感じで帰還準備が着々と進んでいた。
まあ持ってきたものは着替えと武器だけだし、後は一か月という期間で増えた私物くらいなのでそれ自体はすぐ終わりそうだ。そこで俺はリビングで遊んでいたアイナに声をかける。
「アイナ、お前の荷物はこれだけでいいのか?」
「うん! 虫取り網とお着替えだけだよ」
「オッケー、それじゃお出かけカバンに入れておくからな」
「はーい! あはは、アッシュおいで!」
「くおーん♪」
おや、懸念していたアイナの帰宅だけど、どうも泣きそうな雰囲気が無いな? 帰らないといけないのが分かっているからだろうか。大泣きされると思っていただけにこれは助かる。
夕方になる前には片付けが終わり、後でやると言ったものの、ベッドやお風呂、トイレなどもきれいにしてくれた。その間に俺は夕食のメニューはを奮発するかと商店街に出かけた。
◆ ◇ ◆
「あ、凄いね」
「うんー! エビフライだ、美味しかったんだよねー」
「エビ以外に白身の魚もフライにしているから、食べてみてよ。多分美味しいと思う」
「ラースは本当に色々考えつくのう。お、酒も飲むのか?」
陽も沈み、家の中がピカピカになった頃、食卓にずらりと料理を並べてみんなを待つ。先にお風呂に入ってもらい、後はマキナが出てくるのと、バスレー先生の帰宅を待つばかりだ。
「不詳バスレー、たっだいま戻りましたー!」
「おかえり。というか、どういう意味で言ったのか分からないけど、どう捉えてもマイナス要素しかないよ? お風呂は今、マキナが入ってるからもう少し待ってよ」
「あー、いいですよ。デダイト君達、帰るんでしょう? 先にご飯を食べますよ」
バスレー先生が気を利かせてそう言うと、手を洗ってからテーブルについた。同時に、マキナもお風呂から出てきたところだった。
「ふう、気持ちよかった! あ、おかえりなさいバスレー先生」
「よーし、それじゃご飯にしようか」
「「はーい!」」
俺達はこの一か月と少しのことを振り返りながら料理を食べて行く。ウルカとミルフィのこと、魔物の園のこと、マキナのアンデッド克服についてやヘレナのライブと、今日来れなかったことが残念だというような内容を笑いながら話す。
やがて、食べ終わり少しだけ食休みをした後、俺達は庭へを出た。
<ふむ、いい月夜だ。散歩には丁度いいな>
大きくなったサージュが空を見上げながらそう口にすると、足元でサージュを見上げていたアイナが俺の袖を引っ張りながら尋ねてくる。
「ラース兄ちゃん、サージュ大きくなったけど、どうして? どこかへいくの?」
「ん? 何を言ってるんだアイナ、今から家に帰るんじゃないか。ほら、お気に入りのカバンだ。ほらアッシュ、俺のところに来い」
「くおーん♪」
「え……?」
アイナからアッシュを受け取ろうとした時、アイナの顔から笑顔が消え、直後アッシュを抱いたままその場にしゃがみ込んだ。
「いやあああ! アイナ帰らないよー!! アッシュと一緒に居るんだもん! ラース兄ちゃんも居るし、アイナここに住むもん!」
「いや、それはダメだよ。ほらアッシュを渡してくれ」
「あああああああああああん! いやだあああああああ!」
「くおーん……」
俺がアッシュを取ろうとすると、火がついたように泣き出し、俺が旅立つ時以上に号泣し始める。俺はアッシュを抱いたままうずくまる片膝をつき、アイナに話し始める。
「アッシュは俺がテイムしている魔物だし、ラディナの子供だ。で、お前には家があるだろ? 父さんと母さんが心配する。父さんと母さんは嫌いか?」
「アッシュも一緒じゃなきゃいやあああああだあああああ!!」
「アイナ、ティリアちゃんとトリム君と遊べなくなってもいいのか?」
俺がそう言うと、アイナは声を上げるのを止めて、鼻をすすりながら答えた。
「やだ……ティリアちゃんにアッシュを紹介するんだもん……」
「ほら、ここに居たらそれは出来ないだろ? 今度はみんなと遊びに来ればいいじゃないか。魔物の園ができたら来れるしな。さ、アッシュを返してくれ」
「……アッシュもアイナと一緒がいいよね?」
「く、くおーん……」
鼻をすすりながらアッシュに尋ねると、困った顔で俺とアイナの顔を見比べ、アッシュはオロオロしていた。
「……よし、アッシュ回収」
「あ!? やあああああ! アッシュと一緒がいいよ!」
「ダメだ! あまり我儘を言うと拳骨を――」
「こりゃ」
「あいた!? え? ファスさん?」
「師匠?」
いよいよアイナの頭に俺の雷が落ちるかと思われたその時、俺のお尻に激痛が走り飛び上がる。振り向くとそこにはファスさんが立っていた。
「まったく黙って聞いておればアイナちゃんが可哀想でしょうがないわい。ここへ来る時も泣いておったのじゃろう? それほどお主とアッシュが好きなんじゃ。それにアイナちゃんはまだ五歳で甘えたい時期、無下に怒るのは関心せんのう」
珍しく目を吊り上げて怒るファスさんに驚いていると、バスレー先生が口を挟んできた。
「でもファスさん、ラース君のご両親も心配しますし、もしここで暮らしたとしてもグラスコ領の時みたいに長期間の旅になった時、デダイト君達が帰ったら面倒を見てくれる人が居ませんよ?」
「まあ、それはそうじゃ。だが、やりようはあるじゃろ? サージュに定期的に飛んでもらってもええし」
「でも、サージュに負担がかかるし、来た時に居ないのも困らないかな?」
「うむ、少しは冷静になってきたか? 無論そういうこともあるから、サージュは一例じゃ。そこでひとつ、ワシは思い出したことがあってな」
「思い出したこと?」
ファスさんが咳ばらいをしながらそんなことを言い、俺が聞き返すとファスさんは頷きアイナの頭を撫でながら続けた。
「ラースは古代魔法が使える魔法使いのスペシャリストじゃろ。古代魔法にはひとつ、便利な魔法があってな‟転移„ができるものがある」
「あ、ベルナ先生の家にあった本で見たことあるよ。ドラゴニックブレイズの記述と一緒に書いてた。だけど、使い方は無かったんだよね」
「ま、そうじゃろうな。転移魔法は他の古代魔法と同じく使い方を誤れば即、死につながることもある危険な魔法。おいそれと使えるようにはしておらん」
曰く、転移に失敗して石に埋まって死ぬ人などが居るそうだ。特にダンジョンで重宝するけど、失敗してパーティが全滅、なんてこともあるとか。
だけど、その転移魔法を応用して転移の魔法陣みたいなものを作れば特定の場所しか移動できないけど、確実な移動は可能とのこと。それで実家とこの家をつなげてみたらいいとファスさんは言う。
「でも、それならどうやって覚えるんだ?」
「使用できる者に聞くしかない。書物でもモノによっては記載があるが、実践してもらった方が早いじゃろうな」
「師匠に心当たりが?」
「一応な。それにバスレーに頼んで城の書物を調べてもらうこともできよう」
「くっくっく……それくらいお安い御用ですね……」
「なんで不穏な感じで言ったんだろう……」
兄さんが呆れる中、泣き止んだアイナが俺達の顔をきょろきょろと見渡しながら呆然としていると、ファスさんがしゃがんで声をかける。
「アイナちゃんや。ワシもアイナちゃんとお別れするのは寂しいわい。しかし、安心せい、アイナちゃんのお家とこの家を自由に行き来できるようにラースが頑張るそうじゃ」
「ほんと……?」
アイナがほわぁっとした顔で俺に向きなおり、目を輝かせている。俺は頭を掻きながら、この場はそれが一番いいかと口を開く。
「ああ、方法があるみたいだから探してみるよ。でも、我儘を言うならそれはやらない。今ここで我儘を言って何も無いのと、大人しく帰っていつでもアッシュと会えるのはどっちがいい?」
「……! アイナいつでもアッシュと会える方がいい!」
「だよな。じゃ、今日のところは帰るな?」
「うん! ……さみしいけど、アッシュまた会おうね」
「くおーん♪」
アイナが最後にギュッと抱きしめると、アッシュは嬉しそうに鳴きながらアイナの頬を舐めて慰めていた。
<まあ、我もいるからいいだろうアイナ>
「うん! 帰ったらサージュとティリアちゃん達と遊ぶね! でも早くしてねラース兄ちゃん!」
「あ、ああ、分かったよ。とりあえず魔物の園が出来たら呼ぶから」
「はーい!」
「それじゃ、そろそろ……」
「帰るねー! 大丈夫、アイナちゃんはオラ達も面倒みてるからねー!」
そして兄さん達はサージュに乗って夜空を飛んで行った。
「行ったか。賑やかだったから寂しくなるのう」
「私達がいるじゃないですか師匠。これから寂しいとか言ってられないくらいトレーニングを増やしますからね!」
「ほっほっほ、言いよるわ! 覚悟せいよ!」
ファスさんの背中を撫でながらマキナがファスさんを焚き付け、笑いあう。それにしても転移魔法、ね。またしても家が改造されるのか……まあ、覚えて損はなさそうな魔法だし、心当たりがあるならぜひ覚えてみたいところだ。
「それじゃ、明日はかの国の王様が来ますから、それを終わらせてから転移魔法を考えましょうか」
「そうだね」
バスレー先生の言葉に頷く俺達。
そして翌日、サンディオラの国王と対面を果たすこととなる。
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