第三百四十七話 人生の潤いとは
事件解決、王都散策、そしてヘレナのライブを見たウルカは今日の夜、俺と一緒にサージュに乗ってガストの町へと戻ると告げた。もちろん家は向こうにあるのでそれは当然なんだけど、色々と残念な気はする。
朝食の用意をしながらそんなことを考えていると、マキナとファスさんが家に入って来た。
「ふう、今日もいい汗かいたわ。師匠に報いるためにもアンデッド克服も頑張らないとね」
「おかえり、マキナ。冷えたお茶、用意しているよ」
「ありがとうラース!」
「ほっほっほ、すまんのうラース」
「ああ、いいよ全然。バスレー先生は?」
一緒にトレーニングをしていたバスレー先生は入ってこなかったので、どうしたのか尋ねてみると、予想外の答えが返って来た。
「さっきまで庭で倒れていたけど、ジョニーに乗ってお仕事へ行ったわよ。食べると吐きそうだから朝食はいいって」
「まあ、昨日もはしゃいでいたからなあ……」
「はしゃぐといえば、他の皆はまだ寝ておるのか?」
「ああ、ウルカとミルフィ以外はね」
俺はコップを出しながらファスさんに答える。
まだみんな寝ているのは昨晩、ヘレナのライブが終わった後、ウチに呼んでパーティをしたからだ。
劇場のライブは19時からスタートし、遅くても22時には終了するため、明日休みを取ったというヘレナとミルフィ、そして久しぶりにアンシアも交えて楽しく騒いだ。一軒家は騒いでも迷惑にならないためこういう時便利である。
アイナも眠い目をこすりながら遅くまではしゃいでいたのでまったく起きる気配は無く、アッシュや子雪虎と一緒に夢の中。兄さんやノーラもお酒を飲んだので珍しく起きてこなかった。
「ふあ……おはよう♪ あ、アタシにもちょうだい」
「おはようヘレナ。良く寝れた?」
「まあね! お布団はふかふかだったわよ♪ 部屋も多いし、ここで暮らそうかしら?」
「流石にアイドルを居候させたら色々なところに妬まれそうだし、マキナに悪いから駄目だよ」
そういうと、ヘレナは肩を竦めて『はいはい、ごちそうさま』と笑う。そのままお茶を飲み干し、話を続ける。
「ウルカとミルフィはもう出かけたの? 起きたら隣のベッドにミルフィが居なかったから」
「だね。軽くパンを食べて少し前に出たよ」
「追いかけたらだめよ?」
「んっふふ、どうしよっかなあ? ……なんてね。ま、今日でウルカは帰っちゃうし、二人きりにしときましょうか♪ さて、ミルフィにとっていい方向に動くといいけどねえ?」
「どういうこと?」
「ま、こっちはこっちの事情ってやつね。あは♪」
ヘレナは俺達にウインクをし、意味ありげな笑顔でそんなことを言った。ミルフィにとって、か。ウルカもミルフィのことは意識している。だけど、あいつは帰る。遠距離恋愛という手はあるけど、それがミルフィにとっていいことにつながるのだろうか?
◆ ◇ ◆
「あー! 気持ちがいい朝ですね!」
「うん。早朝の散歩は気持ちいいね。僕はオーグレさんと散歩するからだいたい夜なんだよね」
ヘレナが起き出してきたころ、ウルカとミルフィは広場を散歩していた。前を歩いていたミルフィが伸びをしたあと振り返り、ウルカに言う。ウルカは微笑みながら返すと、ミルフィが目をぱちぱちした後に、くすっと笑い、並んで歩く。
「あのスケルトンさんですか? ふふ、優しいですよねウルカさんは……幽霊のウルちゃんたちも力で追い出そうとしませんでしたし」
「まあ、話して説得できるならそっちの方がいいしね。好きで幽霊としてこの世にいるわけじゃないんだからさ」
ウルカがそう言うと、ミルフィは幽霊を【葬送】していたことを思い出し深く頷く。そしてウルカの手を取ってベンチへと誘う。
「……凄いですよねウルカさんは。私なんて、アイドルを目指しているけど全然芽が出なくて……」
「いつからやっているんだっけ?」
「うぐ……聞きにくいことをあっさり……私は皆さんのひとつ下なので十五歳なんですけど、ヘレナさんがアイドルを本格的に始めた十二歳の時に見た初ライブでアイドルになることを決めました。それから四年経ちましたけど、いまだに見習いのまま……あは、全然ダメダメなんですよ」
「……」
そう言って俯くミルフィになんと声をかけていいか分からず、ウルカは押し黙る。ミルフィはその沈黙を、ウルカが自分のことを呆れたかと感じ口を開く。
「だからもう――」
『辞めようかと思う』そう言いかけた時――
「――知っているかもしれないけど、ラースはね【器用貧乏】ってスキルを授かったんだ」
「……? は、はい」
急にラースの話になり、戸惑うミルフィ。一瞬、ミルフィを見た後に天気のいい空を見上げながらウルカは口元に笑みを浮かべて笑う。
「【器用貧乏】は昔の文献でハズレだって言われていたスキルなんだ。何でも出来る。けど何をやっても平凡でつまらないし、ややもすれば本当に役立たずだと言われかねない」
「そ、そんな……ラースさんは物凄い魔法使いだし、料理だって……」
「それはね、彼が必死で努力をしたからなんだ。人の過去だから伏せるけど、学院に入学してから……いや、その前からラースは色々なものを背負っていた。聞いた話だから僕は関わっていないけど、そりゃもう壮絶だったんだ」
「……」
ウルカが何かを言いたいのだと感じ、真剣な顔で話を黙って聞くミルフィ。ウルカはさらに続ける。
「そんなラースはそれを覆すため努力をした。十歳で古代魔法を習得できるほどに」
「え……!? じゅ、十歳で……!?」
「うん。そして、果たしたいことを成し遂げたんだ。すごいだろう?」
「は、はい……!」
「ちなみにそのころの僕はと言えば、【霊術】なんていう地味なスキルを授かって、気味が悪いとさえ思っていた。恥ずかしかったし、嫌悪していたことも、ある」
ウルカは目を閉じて自身に語り掛けるように呟く。一瞬の間を置いてから、再び語るように喋り出す。
「ラースを取り巻く騒動の後、僕は嫉妬と尊敬をラースに抱いていた。ハズレスキルなのに、なんて考えていたこともあるんだよ? 優しくなんか全然ない。……だけど、サージュと初めて会った時、アンデッドの軍団を相手にすることになったラースがね、僕の家の戸を叩いたんだ。お前の【霊術】で助けてくれってさ」
ウルカはミルフィに向きなおる。
「あの古代魔法すら使えるラースが僕に救援を求めたんだ。多分、やろうと思えばサージュと二人で何とかしたかもしれないのに。……嬉しかったよ。同時にあんな凄いやつが僕を認識していたのかとも思った。結果、僕のスキルは活躍し事件は収束することができた」
「すごい……」
「はは、上手く使ってくれたラースとお兄さんのおかげでもあるよ。そこから僕は自信を持てるようになったんだ。いつか必ず、必要としてくれる人や事態は起こる。その時まで自分を磨こうってね」
「……」
そこまで聞いてミルフィは何を言いたいのか悟り不意に目に涙が浮かぶ。ウルカは困った顔をして、ハンカチを取り出すとそれを拭きとる。
「だから、さ。まだ辞めるには早いと思うんだよ僕は。確かにまだ芽は出ていないかもしれない。だけど、出ないとも限らない。後はミルフィさん次第……僕はあのステージに立てると思っている。それこそヘレナに負けないくらいに」
「そ、そんなことは……」
「あると僕は思う」
「!」
はっきりと言い放つウルカに目を見開くミルフィ。ウルカはそんな彼女の手を取り、そっとあの時買ったイヤリングを手に乗せる。
「ミルフィさんと出会ってまだそれほど経っていないけど……僕は君を好ましいと思っている。お互いをもっと良く知る必要はあるかもだけど、いつか隣に居て欲しいって笑顔を見て感じた。僕はまだ未熟だから……今はこれだけを渡すよ。これをつけてステージに立つ姿を見せて欲しい」
「ウルカさん……」
「まだ辞めるのも、僕についてくるのも……早いよ」
見透かされていたことに驚き、ミルフィは俯く。そこで気づく――
「ああ……成功しないことをウルカさんに逃げて誤魔化そうとしていたんですね、私……」
「そこまでは言わないけどね。どうかな? もう少し頑張ってみない?」
「あは……ずるいです、ウルカさん……好きな人にそんなことを言われたら、やるしかないじゃないですか……! でも、いつか必ず迎えに来てくださいよ……?」
「はは、しょっちゅう遊びに来るかもしれないけどね?」
「もう!」
ウルカがそう言うと、頬を膨らませて口を尖らせるミルフィ。だけど、すぐにふたりともプッと吹き出し大声で笑うのだった。
◆ ◇ ◆
ヘレナが起き出して、しばらくすると玄関がノックされ開けるとウルカ達が帰ってきたところだった。
「ただいま、朝は広場が静かでいいね」
「戻りました! ヘレナさん、起きたんですね」
「あらあ、早かったわね?」
「はい! 今日でウルカさんは帰っちゃいますけど、ずっと離れているわけじゃないですし。ウルカさんが帰ったら、レッスン頑張りますよー。ヘレナさんに追いつかなきゃ」
「あら?」
ミルフィが元気いっぱいでそんなことを言い、ヘレナが何かに気づく。
事情は当人たちしか分からないが、どうやらヘレナの思う『いい方向』に進んだようだ。
そしてその夜――
「それじゃ、マキナとヘレナ……それとミルフィさん、またね!」
「うん! また遊びに来て!」
「ふっふっふ、次来た時はウルカの知っているミルフィじゃないかもしれないわねえ……」
「なんで不穏なこと言うのー?」
「ラース、悪いけど父さんと母さんによろしく頼むよ。ウルカ君、またね」
「また会おう、ウルカよ。【霊術】見事じゃったぞ」
それぞれ別れの挨拶をする中、最後にミルフィが口を開く。
「次に会う時はちゃんと成長してますからね!」
「楽しみにしてるよ! 必ずまた来るから」
<では、行くぞ>
「うん。お願い、サージュ」
ウルカが返すと、サージュは夜空へ浮かび上がる。眼下で小さくなるマキナ達の中でミルフィだけは最後まで手を振っていた。
「良かったのかい?」
「うん。ちゃんと渡してきたから」
「……そっか」
それが何を意味するのか、マキナにプレゼントを渡して付き合い始めた俺には分かった気がした。
「よし、サージュ行こう」
<承知した>
こうして、長いようで短かった幽霊騒動に尽力してくれたウルカはガストの町へ戻るのだった。幸せな人生になるであろう約束をして――
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