第三百四十六話 平和なひとときを
「ふあ……。おはよう兄さん、早いね」
「はは、いつも通りだよ。ノーラはまだ寝ているけどね。ラースは相変わらずだなあ」
おっと、やびへびだったか。
そう思いながら肩を竦めて窓に目を向けると、マキナが朝のトレーニングをしてるのが見えた。いつも通りの光景だが、今日はひとつ違うところがある。
「……」
歴戦の戦士のような表情をしたバスレー先生が居るからだ。やはり先生も女性。太っているのは嫌なのだろうと思うと微笑ましい。
「バスレー先生、仕事は大丈夫かな? それにしてもあんなに真剣な顔は初めて見たかもしれない」
「……と、思うでしょ? 庭まで見に行ってみなよ」
「?」
兄さんが意味深に笑い、そんなことを言うので俺は首を傾げながら庭に続く扉を開けてみると――
「こりゃ、バスレー! ずるをするのではない!」
「うう……体が重い……」
「ほら、シュナイダーあっちに行ってなさい」
「ひゅーん……」
見れば空気椅子で足腰を鍛えるトレーニングだったが、見えないところでシュナイダーが支えていたのだ。あっという間にファスさんにバレて頭を小突かれ、シュナイダーはマキナに叱られて文字通り尻尾を巻いて庭の隅へと移動する。
「ダメだこりゃ……」
「あはは! さっきはラディナだったんだよ。見つかるに決まってるのにね」
珍しく兄さんが声を出して笑うところを見たが、あれは確かに笑う。俺はある意味慣れているので呆れるほかないのだが……
「あふ……デダイトお兄ちゃんが笑ってるー……」
「ああ、ごめん起こしちゃったかな。すっかりアッシュと仲良しだね」
「うん! アッシュ大好きー!」
「くおーん♪」
<色々なものに触れるのはとてもいいことだからな>
「そんなこと言って、寂しいんだろサージュ?」
<……全然そんなことはないぞ?>
間があったな……
とまあ、そんな感じで始まった朝。特に急ぎの仕事もなく、今日も散歩がてらテイマー施設に行き雪虎親子の様子を見る。
「お父さん雪虎、今日は息切れしてないね」
「そうだねー。この調子なら魔物の園が完成するころには立派なお父さんに戻るかな? ほら、ご飯だよー。まだお母さんも子供も見捨ててないんだから頑張らないとね」
「ぐおおん!」
「まだ鳴き声は迫力にかけるなあ。ノーラちゃん、鍛えてやってくれ」
「がう」
「にゃーん♪」
昨日のだらしない姿よりはマシになった父雪虎は鈍い声を上げて気合を入れ、ご飯を食べ始める。母と子も並んで食べる姿は微笑ましい。ウルカがガストの町へ戻った後くらいに手をつけることになるので、それからまた魔物達のトレーニングをする予定だ。
「にゃーん」
「お、いいのか? 両親と一緒に居なくて」
「がう」
「お母さんが鍛えなおすまで預かって欲しいって」
「ぐおおおん……」
更生するまで娘には会えないらしく、母は厳しいと俺達は苦笑する。子雪虎をマキナに預け、今度はギルドへと向かう。
「おや、いらっしゃい! お金の持ってるのは知ってるけど、もう少し顔を出しなよ? それと、初めての顔もいるね」
「こんにちはソネアさん。ガストの町からうちの兄さん夫妻と、妹。それとこの前の劇場幽霊事件で活躍したクラスメイトのウルカが来ているんだよ」
「へえ、あんたが……クライノートさんが褒めていたよ。王都は広いから幽霊や悪霊……ゴーストなんかも居るからここで仕事をして欲しいくらいさ」
「ありがとうございます。でも、向こうで依頼を待っている人も居ますから! また、遊びに来るのでその時はお願いします」
「こっちが妹ちゃんね? 凄く可愛いわね」
「えへー、ありがとうお姉ちゃん!」
「おねえ……!? うう、いい子ね……」
ウルカが礼儀正しく頭を下げると、ソネアさんは残念だと肩を竦めて言い、抱っこしたアイナに感動し涙するソネアさん。そこへロイ達がやってきた。
「うお!? ラースじゃねぇか……ど、どうしたんだ今日は?」
「ああ、こっちのウルカはそろそろ帰るから町をもう一回りしているんだ。ロイ達は?」
「俺達は朝早くの依頼だったから今日はしまいだ」
「そうそう、今日は劇場に行くってはりきっちゃってさ」
「ふうん」
「な!? ラースとマキナ! にやにやするんじゃねえ!」
俺とマキナが肩を並べて目を細めてるとロイは後ずさりしながら慌てて叫ぶ。俺はふっと笑うと、踵を返して口を開く。
「それじゃ、ギルドも案内したし家へ帰ろうか。今夜はヘレナのライブに行くし、後は家でゆっくりしよう」
「さんせーい!」
「楽しみだなあ。ミルフィちゃんはまだアイドルじゃないんだっけ?」
「そうそう。でもすぐよ、きっと」
<ふむ、ヘレナの仕事か楽しみだな>
「サージュは行って大丈夫かな……?」
俺達は話をしながらギルドを出て行く。そんな中、俺はチラリとギルドを振り返ると、滝のような汗を流しながら立ち尽くすロイの姿があった。パーティメンバーは笑いをこらえているようなので、俺の言った意図はきちんと伝わっているようだ。
「楽しみだな」
「女の子が好きだもんね、ロイ。私に声をかけたくらいだし」
「命知らずだねー。ラース君に喧嘩を売るなんてー」
ノーラが笑顔でそんなことを言い、俺は口をへの字にする。俺はそんなに危険人物じゃないぞ……と、そういう感じで昼間が終わり、夕食はヘルシーにシュリンプサラダにトマトチキンステーキにオニオンスープで決める。
「あ、僕このトマトチキンってやつ好きかも。父さんのトマトで作ったらもっと美味しいんじゃないか?」
「かもね。今度分けてもらおうか……って、バスレー先生そんなに食べたら今朝のトレーニング意味ないだろ!?」
「これも……これも……美味しいのがいけないんです……! わたしは悪くありません……!」
「明日は倍のメニューじゃな」
「ひぃっ!?」
そして――
「時をあなたと進めていくの~♪」
「わ、すごく可愛い! ヘレナちゃーん!」
「おおおー! ラース兄ちゃん、アイナも踊りたい!」
「ヘレナ、凄いね! 周りの人、みんな楽しそうだ。凄いなあ」
「ウルカも十分凄いと思うけどな。なあ?」
【うふふ……そ、うね】
【お前さんのおかげで仲間も逝けたし楽しめたんだからな】
「うん……ありがとう、みんな」
ちなみにサージュはぬいぐるみのふりをしてアイナに抱っこされていたりすることを追記しておく。
<ぐぬ……み、見えん……>
「くおーん」
「喋っちゃだめだよ! わー、きれいー!」
<我も見たい……>
ライブはもちろん大成功。クライノートさんの計らいで楽屋で話すこともでき、俺達は楽しいひと時を過ごした。
だが、楽しい時間がずっと続くというわけにはいかず――
「ヘレナの活躍が見れて良かった。僕の役目も終わったし、明日の夜ガストの町へ戻るよ」
ウルカの帰還が迫っていた。
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