第三百四十五話 協力者と敵対者


 「――ってわけで、畜産区域にあるテイマー施設をこう改造するのさ」

 「おお……すげぇ計画だな……確かにあそこはそれなりに魔物も多いし、見るのも中々楽しいだろうな」


 俺の計画を聞いたニビルさんが椅子に背を預けながら感嘆の声を上げる。コンセプトは動物園だからチェルやアイリのような子供達でも楽しめるようにしたい。

 すぐに飽きは来るだろうと予想しているけど王都の人口は多し、口コミで他の国や町から人が来れば長期的な収入は見込めるはず。


 しかし――


 「まあ、テイマー施設としては微妙な感じになりそうだから俺はなんともいえねぇがなあ」

 「微妙?」


 途中、ニビルさんが腕を組んで渋い顔をし、そんなことを言う。俺が聞き返すと、アイナのところにいたサージュが俺の下へ飛んでくる。


 <お主も気づいたか。悪いことではないのだが我も気になることがあってな>

 「そういえば後から話そうみたいなことを言ってたよな? どういうことだ?」

 <うむ。あそこはテイマー施設だろう? 見世物とすることに異議はないが、脅威となる魔物が見世物になれば恐怖を抱くことがなくなるやもしれん。特に子供達が、だな。それにテイマーになりたいと言うものが現れた場合、野生とのギャップに絶望するかもしれん>

 「あー……」


 サージュの言葉に頷くニビルさん。なるほど、サージュの言うことも尤もだと俺は腕を組んで考える。確かにあそこはテイマー施設だから魔物との厳しい切磋琢磨をする必要がある。

 俺は元々セフィロを連れていて、自分からついてきたラディナ達とはそういう『分かり合う』ことはすっとばして懐いてくれたから苦労をしていない。本来はもっといろいろ段階を踏むものなのだ。


 「げぷ……まあ、いいんじゃないですかね?」

 「あ、まだ動いたらダメですよ!?」

 「どういうことだバスレー?」


 でっぷりとしたお腹をさすりながらバスレー先生がソファから起き上がりこちらへくる。マキナが横で支え、なんとか椅子に座ると話を続ける。


 「いえね、どっちにしてもあの施設は閑古鳥。そんな状況でテイマーがなんだってのはもう遅いんですよ。もし魔物を恐れなくなる、みたいな話が思い当たるなら、そこをどうするか考えた方がいいでしょう」

 「そうだね。猛獣エリアみたいなのを作って吠えたり、餌を激しく食べてもらったりするのもアリだ。魔物同士で戦ってもらうとか?」

 <ふむ>


 サージュが鼻を鳴らし目を瞑ったので、俺は今、思いついたことを話す。


 「最初だけ大きくなったサージュが的に向かって火を吐くとかどうだかな? かなりインパクトがあると思う」

 <我は構わん。まあ、ラースの考えたことだ、そうそう悪い方向に行くこともないだろう。我としては魔物は恐ろしいものであることを分かってもらえれば良い。下手に耐性をつけて自滅するものは見たくないからな>

 「はっは! ドラゴンのくせに人間みたいな考え方をするなあ! ま、考えがあるなら俺もちと噛ませてもらうとしようじゃねぇか! 確かにあの施設があのままなのはテイマーとして忍びねえ。数は多い方がいいだろ」

 「いいんですか?」


 ニビルさんがにやりと笑い俺に指を向けてきたので尋ねると、うんうんと頷きお茶を口にした。テイマーが協力してくれるならこれほど心強いことはない。


 「ニビルは暇でしょうしちょうどいいですねえ。うぷ……」

 「ほら、横になってください。ラースのお母様からもらった胃薬、あげますから」

 「うう、苦労をかけるねえマキナちゃん……」

 「だったら明日の訓練、頑張りましょうね!」

 「う、ぐふう……」


 嫌味でもなんでもないマキナの言葉がバスレー先生に明日という苦行を植え付けてとどめを刺した。ニビルさんは話が終わると家に帰り、いつものメンツが残された。


 「何とか計画は進みそうね」

 「ああ。三日後に通達が出たら忙しくなるな。色々片付いたし、それまでは兄さん達と一緒に過ごそうかな。ヘレナのライブも見ていないし、ウルカもミルフィにプレゼントを渡してから帰るだろ?」

 「あ、うん。そうだね。ヘレナのライブ、明日見に行かない? 僕はそれを見たらガスト領まで送ってもらおうかな」

 「そういえば依頼があるって言ってたな。ノーラには少し手伝ってもらいたかったけど、一緒に帰る?」


 セフィロと遊んでいた兄さん達に声をかけると、笑顔のままこっちを向いて口を開く。


 「僕はまだ大丈夫。だけど、後一週間くらいかな? 父さんの仕事を手伝わないといけないからさ」

 「オラだけ残ってもいいけどー?」

 「いや、それはいいよ」


 ノーラが軽く言うが、兄さんがどうなるか分からないのでそれは丁重にお断りする。まあ怒ったり妬んだりはしないだろうけど、何となく俺が気まずい。

 

 <では明後日ウルカを送り届けるのだな>

 「よろしく頼むよ。俺も行くけどね。アイナは……兄さんと一緒の時でいいか。ウルカを送った時にでも母さんに話すか」


 アッシュと本当に楽しそうに遊ぶアイナをチラリと見て俺は少々不安な気持ちになりながら呟く。まあ、その時はその時か。


 「……ふむ」

 「どうかしたファスさん?」

 「む? ……いやなに、アイナは可愛いと思っただけじゃ。というかお主達のような子が欲しかったわい」


 少しだけ寂しそうな顔をしたファスさんに、アイナがとことこと近づいて抱き着きながら笑う。


 「アイナはおばあちゃん好きだよ! ね、アッシュ」

 「くおーん♪」

 「オラも! オラ、母ちゃんは居ないから知らないけどファスさんみたいな優しい人がお母さんだったらいいなーって思うよ!」

 

 ノーラがそう言うとファスさんは目を細めてアイナの頭を撫でる。そこでマキナが唇に指を当ててファスさんの肩に手を置いて言う。


 「そういえば旦那さん帰ってきませんね? この前小屋に帰った時手紙とかは?」

 「まあ、戻っておらんな。ええんじゃ、ワシにはお前達がおるからな!」

 「そんなこと言って……今日も戻ってたんでしょう?」


 何故か勝ち誇るファスさんにマキナがにやにやと笑って言うと、ファスさんの顔が赤くなり、ふんと鼻を鳴らして立ち上がる。


 「ワシはそろそろ寝るぞ。マキナ、バスレー。朝は覚悟しておくのじゃぞ……?」

 「あ、やば……」

 

 焦るマキナに俺達が笑い、それぞれ自室に戻って今日を終える。

 何だかんだでみんなと一緒なのは楽しい。リューゼ達も仕事が無ければ呼んでみたいところだ。

 三日後を楽しみにしつつ、俺はアイナに抱き枕にされながら眠りについた――


 ◆ ◇ ◆


 ラース達が国王との謁見を行っているころ、実家では――


 「え? アイナちゃん居ないんですか?」

 「ごめんね、ティリアちゃん。ちょっと王都まで行ってるのよ。急だったから教えられなかったのよね」

 「わたしも王都に行きたかったなあ。サージュに乗っていったんですよね?」

 

 ベルナの娘であるティリアが訪ねて来ていたが目的のアイナはおらず、マリアンヌがごめんねとティリアの頭を撫でていた。


 「そうよ。サージュならすぐだからね。すぐには帰ってこないけど、どうする? おやつ食べて行かない?」

 「ありがとうございます!」


 ティリアがマリアンヌに連れられ屋敷の中へ入ろうとしたところで、後ろから声がかかった。


 「おい! ここにノルトが嫁いだって聞いたが本当か!」

 「あなたは……ノーラの父親? ノルトという子はいません。ウチにはノーラという嫁ならいますが」

 「ノーラ……あいつがつけた名か! なんでもいい、いるなら出せ! あいつは俺の子だぞ!」


 声をかけてきたのはノーラの父だった。興奮気味に捲し立てるように叫び、マリアンヌはさっとティリアを後ろに隠しながら言い返す。


 「悪いことをしていない子供に手を上げるような人が親と言えますか! あの子はきちんとウチで引き取りましたし、今では立派なアーヴィング家の嫁です。お引きとりを」

 「ばかな! 親は俺だ! 俺の許可なしにそんなこと――」

 「成人した子に何を言うのですか? 自分から離れるようなことをしたくせに」

 「こいつ……!」


 ノーラの父親がカッとなって掴みかかろうとした瞬間、間に入ってくる影があった。


 「止めろ! 大丈夫かマリア」

 「ええ……」

 「ぐぐ……は、離せ!」

 「君が暴力を振るわないと約束するなら、な。俺は権力で相手をどうこうすることを良しとしない。だが、危害を加えるというなら容赦はしないぞ」

 

 割り込んできたのはローエンだった。父親の手首をねじ上げ、怒りの表情でノーラの父親に告げる。呻く父親に再度問いかけようとしたところで、別の声が上がった。


 「おやおや、申し訳ありません! 少し目を離した隙にここへ来るとは」

 

 そこへローブを目深にかぶった男が慌てて敷地に入って来てノーラの父親を押さえる。


 「あなたは?」

 「私はこのクラウダーの友人でして、はい。さ、行きますよ」

 「離せ……! 俺はノルトを!」

 「クラウダー」

 「う……」


 ローブの男の声色が変わり、ノーラの父、クラウダーは呻くように呟き拳を下げる。ローブの男は口元に笑みを浮かべて頷くと、踵を返して敷地から出て行く。


 「すみません、お騒がせしました!」

 「次来たらギルドか警護団に連絡するからね?」

 「ええ、言い聞かせておきますよ。可愛いお子さんですね、それでは」


 二人の姿が消え、ローエンとマリアンヌは顔を見合わせて眉を顰めながら警護の強化をすべきかと話し合っていた――

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