第三百四十四話 新作料理とふとっちょバスレー
「へえ、ルツィアール国の山にねぇ」
<うむ、ちょうどここに居る友が我を救ってくれたのだ>
「懐かしいねー。」
――俺達は相変わらず町人に注目を浴びながら自宅へと戻り、リビングで和やかな雰囲気で会話が進む。
散歩や全力でアイナと遊んでいたラディナはお風呂に浸かっていて、シュナイダーは池の近くで寝そべっていて満足気な様子だった。
サージュと話しているテイマーのお兄さんの名前は‟ニビル”さんと言って、大臣ではないけどお城で働く人らしい。テイマーの資格を持っているけどそれを生業にしているわけじゃなく、いつもは別の仕事をしているから魔物と遊んだのは久しぶりだそうだ。
「そういえばあの時はデダイトお兄さんにノーラ、私にウルカは居たわね。あ、でもジャックが居ないわ」
「樽にこっそり隠れていた時か……あれは珍しく母さんが怒ったよね」
俺と一緒に仕込みをするマキナがリビングから聞こえてくる話に耳を傾けてながら口を開き、俺は当時のことを思い出して苦笑する。アイナはアッシュとセフィロを相手に遊んでいるので大人しい。アッシュは寝ていたから特に元気だし。
「さて、後はバスレー先生が帰ってくるのを待つだけだな」
「私こっちの料理を食べてみたいわ。卵がふんわりしているし、ご飯に合いそう」
「ラースにマキナちゃん、準備できたのかい? いい匂いがするけど」
「うん、できたよ兄さん。そうだ、ファスさんも呼んでこないと」
「呼んでくるわよ?」
マキナがエプロンを外しながらマキナが笑うと、玄関からファスさんが入ってきて俺達に声をかけてきた。
「その必要はないぞ、窓が開いておるから匂いでわかったわい。ほっほっほ、今日は楽しかったようじゃの」
「師匠! はい、ヘレナ達は途中で帰っちゃいましたけど、この通り」
「おばあちゃんだー!」
「くおーん♪」
「!」
「おお、アイナちゃんか。こんな婆に構ってくれて嬉しいぞ。む、知らぬ顔がおるな?」
ファスさんが飛び込んできたアイナをキャッチし、抱っこするとニビルさんに気づき眉を顰める。
「お、何か勇ましい婆さんだな。俺はニビル。城で雑用を主にこなしている」
「ファスじゃ。ということはバスレーの同僚か、よろしく頼むわい」
「おう! しかし、テイムしている魔物は強力で家も豪華。嫁も可愛いときている。ラース、お前すげえな」
「学院時代からこうだもんねー。もっとお嫁さんもらったらいいのにー。ルシエールちゃんもクーちゃんもまだ一人だよ?」
「やめてくれノーラ……」
「あはは……」
ノーラが両手で頬杖をつきながら簡単に言い俺とマキナはため息を吐く。
「候補がまだいたのか……まあ、領主の息子ならそれもアリだとは思うがな? 兄ちゃんの方はノーラだけでいいのか?」
「ふふ、他に僕を好きな子もいないですし、ノーラだけで幸せですよ」
「珍しい貴族じゃて」
ファスさんが苦笑していると、玄関から物音がしてドタドタとリビングへ入ってくる人影があった。まあ、言うまでも無く――
「た、ただいま、帰りましたよ……! さあ、わたしにご飯をくださいおねがいします!」
「そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ!? ちょうどファスさんも来たところだったんだ、手を洗ってきたら用意するよ」
「ラジャ!」
息を切らせて頬を紅潮させながら舌を出し目はうつろな、夜道であったら確実にやばい人認定されそうなバスレー先生を洗面台へ送り、俺は再びキッチンへと向かい準備を進める。
兄さん達はともかくウルカはそろそろ帰らなければならないので、バスレー先生の食事を少なくすることは止めて豪華に行く。実際、作った料理を美味しく食べてもらえるのは嬉しいしね。
「さ、みんな食べてくれ!」
「うわあ、すごいねラース兄ちゃん!」
アイナが目を輝かせて食卓を見ながら言う。
「これは……唐揚げかい?」
「いや、これは……ああ、ちょうどいい。バスレー先生の好物であるエビ料理だよ」
「ほう……!」
俺が指さした皿には丸々と大きな頭付きのエビがフライとなって並んでいた。そう、まず一品目はエビフライ。唐揚げとは違いパン粉を使っているのでサクサクとした触感が新しいはず。
「これはエビフライって言うんだ。他には豚肉でもトンカツっていう料理もある」
「こっちはなんだ?」
「それはハンバーグだよ。最近食堂にも出てるでしょ?」
「俺は適当にパンとか食ってるからなあ」
「おおお……でかい……!」
「最近小さめのばかりだったから、今日は大きくしたよ。それに中には仕掛けもあるよ。さ、食べよう!」
それぞれにご飯を渡し、スープとサラダを配って食事が始まる。もちろん最初に口をつけたのはバスレー先生だ。
「いっただきまーす♪ ハンバーグ? エビフライちゃん? ふふ、同時に行きましょ――はうあ!?」
エビフライにフォークを刺したところでバスレー先生の動きが止まり、変な声を上げてぷるぷると震えだ
し、そして――
「もぐもぐ……ごちそうさまでした……」
「ええ!? バスレー先生がハンバーグの端っこだけ食べて、エビフライも一口だけで終わりを宣言した!?」
「どうしたんですかバスレー先生!? 興奮しすぎて気持ち悪くなったとか?」
ウルカとマキナが容赦ない言葉を投げかけると、バスレー先生は涙目で顔を上げて口を開く。
「昼、アンナに言われたんです……最近太ったねって」
「いってないよー?」
「アイナじゃなくてアンナって人みたいだよ。まあ、あれだけお肉ばっかり食べてたらそうなるかもしれないけど……」
アイナがエビフライを豪快に食べながら首を傾げ、俺が頭をポンポンと撫でてやる。バスレー先生は意外と太ることを気にしていたのか……バクバク食べているから気にしていないと思っていた……
「やっぱり!? みんなも太ったことに気づいていたんですね!?」
「ちょっと顔が丸くなったなとは思いましたけど……」
「やっぱりぃぃぃ!? うおおおおん! わたしはこれ以上食べれません……みなさんで食べてください……」
「う、うん……」
「めんどうくせえな……つか、マジでうめぇな」
「ハンバーグ、僕も好きになったんですよ」
兄さんが苦笑いで返事をし、ニビルさんがハンバーグを口にして歓喜の声を上げ、ウルカも呼応する。とぼとぼとソファに座るバスレー先生に気を遣って静かな食事が進む中、静寂を破ったのはアイナだった。
「あー! アイナのはんばーぐ、中からチーズが出てきたよ! おいしいー!」
「そうそう、アイナとバスレー先生のやつはチーズをいれてみたんだ。美味しかったら城のコックさんにも教えようかなって」
「チーズ……!」
バスレー先生の耳が大きくなったのを見逃さなかったが、食べるのを諦めているので俺は巨大ハンバーグの処遇について口にする。
「バスレー先生のハンバーグ、ナイフで端っこを切っただけだしみんなで食べようか。熱いうちだとチーズがトロトロで美味しいんだよ」
「わーい!」
「ええのう。ワシ、チーズは酒のつまみでしか食べんから興味あるわい」
「あ、それじゃ俺はエビフライ、貰おうかね。ボリューム感すげえな!」
<ふむ、チーズのハンバーグ……我にもくれ>
「うううう……」
それじゃ、と俺がハンバーグの皿を手に取った瞬間、手首が掴まれた。
「それ、わたしのぉぉぉぉ!」
「うわああ!?」
「やっぱりダメです、たとえ太っても……新作料理とハンバーグだけは……エビフライんまぁぁぁぁぁ!?」
「いっぱいたべよー、バスレー先生!」
結局、バスレー先生は巨大ハンバーグを平らげ用意したエビフライ三十本の内、十二本を消費。
「後は転がり落ちるだけじゃのう」
「意思が弱いだけに?」
「ストーンと?」
「うるさいですよそこ!?」
まあ、明日から早起きしてマキナのトレーニングに付き合うことになったのは言うまでもない。ちなみにファスさんに応えたのはマキナと俺である。
そして食事が終わってからニビルさんが魔物の園について興味をもったらしく、俺に色々と尋ねてきた。
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