第三百四十三話 ラース=アーヴィングという存在


 魔物の園計画を国王様に話すと、口をへの字にして黒板を見て唸る。

 

 一応ダメもとで資金について出してもらえるかを確認してみたところ、今の渋い顔になった。正直、国にとって利益が出るとは思えない企画なのでその時はその時。どちらかと言えば敷地を広げる方が重要だったりする。


 「面白そうだけど父上は渋い顔だね、反対なんだ?」

 「む? あ、いや、そういう訳ではない。アイドルに衣装、そして今回の件。ラースの発想力は驚くべきものがあるなと思っていたのだ。そうそう、ハンバーグと唐揚げとやらも食べたぞ。唐揚げは難しいが、ハンバーグは来賓に出しても良い見栄えだった」

 「美味しかったでしょう!? ラース君が作ったやつはもっと美味しいんですよ!」

 「あ、ああ、今度いただくとしよう」


 一瞬で間合いを詰めたバスレー先生に国王様がドン引きだ。流石に国王様に出すのは無理かな、色々と。それでも食べてくれたことは素直に嬉しいと顔を綻ばせていると、国王様は話を続ける。


 「とりあえず下がれバスレー。さて、魔物の園の件だが土地の件は問題なかろう。念のため国土大臣には聞いておくがあの辺りは用途が決まっていないからな。それと資金の件だが、これに関しても財務大臣に検討を要請……と、言いたいところだが、私の私財を出そう」

 「え!?」


 まさかの発言に俺達は驚きの声をあげる。私財ってことはポケットマネー……それを出すというのだ。すると、理由を語ってくれた。


 「あの施設を作ったのは先代の王、つまり私の父でな。子供のころに手を尽くして魔物を集めたことを私に自慢してくれたものだよ。特に雪虎という魔物は苦労したと言っていたよ。二代目の家族になっているはずだが、元気だろうか」

 「あ、はあ……」

 「元気、ですよ。はは……」

 「子ネコちゃんのお父さん? 今はだらし――」

 「こら、アイナ! 国王様の前だぞ!」

 「んー!」


 多分、国王様と同じくあの親子も代替わりしたのかもしれない。とりあえずアイナの口を塞ぎ、ホッとする。


 「改善してくれるというなら資金を出すのはやぶさかではない。土地の件と合わせてそうだな、三日ほど待ってくれ。完成したら私も視察させてもらおうか。久しぶりに雪虎に会いたいしな」

 「あ、ありがとうございます……!」

 「僕も行くよ、その時はラースの作ったハンバーグを食べてみたいね」

 「ええー……」


 オルデン王子が歯を出して笑い、俺は肩を落とす。食中毒とか嫌だからそれは何とか勘弁してもらいたい……しかし難題が増えたものの、土地と資金についてクリアできたのは大きい。家を買って減ったから俺の資産はざっと見積もって五百万ベリルくらいのはず。東京ドーム一個分とはいかないまでもそれなりに広いのであれを開発しようと思ったら底をつきそうな気がする。

 

 <ふむ、助かるな。我も言った甲斐があったというもの>

 「サージュも施設に残ってくれるのかな?」

 <我はラース達の友達、そして今はアイナの成長を見守る者だ。それは叶わないな>

 「はっはっは、惜しいな。王都の防衛が強化されると思ったのだがな!」

 <ふっ、そんなこと微塵も思っていないだろうに>


 サージュがそう言ってにやりと口を吊り上げると、国王様もにやりと笑う。十歳の時に学院長が悪ガキだと言っていたけどその片鱗が見えた気がする。


 「では、話はこれで終わりだ。三日後を楽しみに待つが良いぞ」

 「ありがとうございます! 報告はバスレー先生からですか?」

 「そのつもりだ。では皆の者またな」


 俺達は一礼して下がり、踵を返すとフリューゲルさんが微笑みながら頷いていた。そういえば会話に参加しなかったけど、ポケットマネーについてはツッコまないものなのだろうか。

 しかし、最後にオチがついた。


 「……バスレー、お前はまだ仕事中だろう? ラース殿たちと一緒に出て行くんじゃないぞ」

 「う……!? さ、流石は宰相……よくご存じ……で!」

 「あ! 逃げた!」


 アイナが声を上げた瞬間、バスレー先生が全力で逃げた。だが、すぐに騎士たちに阻まれ両脇を抱えられこちらへ戻ってくる。


 「馬鹿な……!」

 「お前のやることなどお見通しよ。私の前で逃げられると思うな!」

 「大人しくお仕事をしよう? バスレー先生」

 「ぐぬう、マキナちゃんに免じてここは宰相の言う通りにしましょう!」

 「こいつ……! 執務室に連れて行け」


 謎のマウントでドヤ顔をしながら宰相を煽ると、仕事場へ連行されていった。何か騎士たちに喚いていたので俺は後ろから声をかけた。


 「バスレー先生、大人しく仕事をして時間通りに帰ってきたら新しい料理にありつけるよ? まあでも仕事をちゃんとこなさないとダメだけど」

 「あ、騎士を振り切って自分から自室へ行ったわ!」

 「はは……あの人は変わらないなあ……いい意味でさ」

 「オラは好きだけどねー、バスレー先生優しいし!」

 「アイナも!」


 性格はアレだが、学院時代から人気のあるバスレー先生である。苦笑しつつ、俺達は城を出るとアッシュ達を迎えに行く。


 ◆ ◇ ◆


 <謁見の間>


 「……行ったか。しかし、ラースはいよいよ無視できない人物になってきたな」

 「流石に何でもできる人材はそうそういませんしね。あの時父上が王都へ連れてこようとしたのは間違いじゃなかったわけだ」

 「そうなる。古代魔法を十歳で取得している時点で国に利益をもたらすであろうことは分かっていたからな。何かひとつ大臣枠を作るか?」

 「また恐ろしいことを……ラースは城仕えするとは思えませんけど? まあ僕が王位についたときに欲しい人材だけど」


 ラース達が去った後、アルバートとオルデンがラースについて議論を交わしていた。料理、戦闘力、知識、想像力。どれかひとつでも優秀なのにそれら全てが出来るという人間なので国としては抱えておきたいと考えていた。


 「まあ、人柄も問題ありませんし早く引き入れておきたいところではありますな」

 「フリューゲル、お前もそう思うか?」

 「ええ。しかし若いので経験は必要かと。もう少し外の世界を見てもらいたいと思っていますがね」

 「ふむ。なるほど……よし、それまでに大臣の枠を作れるよう草案を頼む。いつでも引き入れられるようにな」

 「かしこまりました」

 「さて、次はどんな面白いことをしてくれるかなあ。僕は楽しみだね。さて、僕も負けじと勉強しておこうかな」


 オルデンは鼻歌を歌いながら謁見の間を後にする。

 面白味がない人生だった十歳までのオルデンに色をつけてくれたラース。いつか彼とことを為すことがあったときのため、オルデンは腕を磨いているのだった。


 ◆ ◇ ◆


 城の入り口まで来てからアッシュ達が向かった方へ足を運ぶ。そういえば城内以外は足を踏み入れたことが無いなと思っていると、解放されている庭を経て、鉄柵が立っている広場についた。


 「アッシュー!!」

 「くおん? くおーーん♪」

 

 アイナが声をかけるとアッシュが猛ダッシュで向かってきて――


 「くおん!?」

 「あー、痛そう……」


 金網にぶつかって地面に転がった。セフィロとシュナイダー、ラディナも走って来てアッシュを囲む。すると、笑いながらテイマーのお兄さんがこっちへやって来た。


 「おう、陛下との話は終わったのか? こいつら大人しいから楽で良かったぜ。よく躾けているな、テイマーになって何年だ? ガキのころからやってたんだろ」

 「いえ、最近ですけど……」

 「はあ!? 最近ってお前、マジか? 十年はやってる俺でもデッドリーベアは容易じゃねえんだぞ」

 「まあラースだしね」

 「ラースだからなあ」

 <うむ【器用貧乏】はなんでもできるからな>


 お兄さんの言葉に兄さんやウルカ、サージュがそんなことを口にしてマキナ達は困った顔をしていた。そこでお兄さんはサージュを見て目を丸くする。


 「ド、ドラゴン、か? さっきはデッドリーベアに気を取られて気づかなかったが……お前何もんだ? へっ、おもしれえ! ちょっと話をしようじゃねぇか!」

 「あ、すみません。今から夕飯の仕込みをしないといけないんで」

 「なんだよ!? わかった。なら俺がお前についていく。いいな?」

 「ええ!?」


 なんだかよく分からないけど、テイマーのお兄さんがついてくることになった、口は悪そうだけど、ティグレ先生で慣れているし悪い人じゃなさそうだ。とりあえずみんなが了承してくれたのでそのまま帰路につくことにした。

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