第三百二十六話 夜のドタバタ劇場


 「ふう……アッシュは暖かいわね……」

 「くおん?」

 「マキナおねえちゃん怖いの?」

 「うん、子供の頃……アイナちゃんくらいの時かな、お父さんに夜外に出ると幽霊に憑りつかれて遠いところに行っちゃうんだって脅かされたのが今でも怖くって、暗いところとかダメなのよ……」


 マキナが幽霊とかアンデッドを怖がる理由ってそういうことだったのか。聞くのは躊躇われたのでいつか話してくれるのを待っていたわけだけど、アイナのおかげで知ることができた。

 子供の頃のトラウマは結構残るから親父さんの罪は結構重い。俺とこういう依頼を受けてその内耐性がついてくれるといいけど。


 「さて、こっちには何もないと思うけど一応調査をしておくか」

 

 俺は通常よりも魔力を込めてライトアップを使い、ホール全体を明るく照らす。明るくなったことで恐怖が薄れたマキナが話しかけてきた。


 「何もないって、そんなことが分かるの?」

 「にゃーん?」

 「まあね。まだ絶対とは言えないけど、マキナが怖がるようなものは出ないはずだよ」

 「うーん、ラース兄ちゃんの言い方だと怖くないやつなら出てくるみたい」


 俺に手を伸ばしてバタバタと暴れるアッシュの鼻先を撫でてやりながらアイナの問いに答える。そう、幽霊ではない者は……居るのだ。


 「あの幽霊の女の子じゃないけど、どうも生きている人間が陰でこそこそと動いているみたいなんだ。警備の人かと思ったけど――」

 「!!」


 俺が解説している途中で、頭の上に乗っているセフィロが枝で俺のぺしぺしと叩き、もう片方の枝で舞台の袖を指していた。


 「待て!」


 視線を向けると、向こうも俺達に気が付き、影がさっと舞台の袖を揺らす。俺はすかさずレビテーションで舞台まで飛んでいき、逃げた人影を捕らえることができた。


 「ひいい、ご、ごめんなさいいいいい!?」

 「お前は何者だ? 見た感じ劇場関係者じゃなさそうだけど」

 「お、俺はあいつに唆されて……劇場に入れるからって……」

 「あいつ?」


 俺が押さえつけた男は戦いとは無縁なひょろっとした体をし、冷や汗をかきながら必死に弁解をしていた。そこで、追いついて来たマキナ達が後ろから顔をのぞかせる。


 「捕まえたのね!」

 「やったあ! ラース兄ちゃん凄い!」

 「やや!? 俺も見たことがないカワイ子ちゃん達!? 君たちは新しいアイドル……?」

 「アイナ達はアイドルじゃないよ? アイドルはヘレナちゃんとミルフィちゃんだよ」

 「なんと、お嬢ちゃんはナンバーワンアイドルのヘレナさんとお知り合いなのか!」


 男はマキナとアイナを見て鼻息を荒くして首を無理に曲げる。やはりというか、どうやらアイドルのファンのようで劇場に忍び込んでいたようだ。


 「とりあえず、不法侵入は許されないな。それにしてもどうやって入って来たんだ? それに『あいつ』ってのは誰のことだ? 話してもらおうかな」

 「いててて!? や、やめてくれ、話す、話すからあぁぁぁ!?」


 マキナ達に嫌らしい目を向けていたのがイラっとしたので腕を捻り上げると簡単にギブアップ。見た目通り戦いや荒事には向かないタイプだ。


 「マキナ、ロープを」

 「はい、これでいい?」

 

 ロープを受けとり、俺は後ろ手に縛りあげて男を立たせると質問を再開する。


 「さて、それじゃ聞くけど、ここで何をしていたのか? それと、侵入経路を聞かせてもらおうか。嘘はつかない方がいいよ。後で発覚したらとんでもない目に合わせる予定だし」

 「ひぃ!? ……お、俺達はアイドルの応援をしているファンなんだ。俺を含めて後ふたりいるんだけど、その内ひとりがここの警備で雇われているんだ」

 「なるほどね。それで裏口から入って来たってわけ?」


 マキナが口を開くと、男は首を振って観念したように言う。


 「……実は、劇場の一階の中ホール付近の壁に細工されているところがあるんだ。受付のさらに裏の細い通路。そこから入っていた」

 「隠し扉みたいなやつかな?」

 「そうだよお嬢ちゃん。はあ、これで忍び込めなくなる。短い楽しみだったよ」

 「で、忍び込んで何をしていたんだ?」

 「俺はアイドルが歌って踊る舞台を間近で見たくて話に乗ったんだ。警備をしているやつは衣装を持って帰ろうとか言っていたけど、そんなことをしたらアイドルが見れなくなっちゃうよねえ?」


 そう言ってため息を吐き、クライノートさんも知らないであろう隠し部屋の存在が明らかになる。こいつは好奇心だけで、アイドルにとってマイナスになるようなことはして無さそうだ。主犯は雇われ警備員ってところだな。とりあえずウルカかヘレナと合流するかと思っていると――


 【その通りだよ……反省したら二度としないで欲しいもんだ……お前達みたいな身勝手なやつのせいで、ライブが中止になったりしたらどうするんだ】

 

 「え? 今の声、誰?」

 「アイナじゃないよ!」

 「くおーん!」

 「にゃーん」


 マキナが訝しむとアイナが否定し、アッシュと子雪虎も違うと鳴き声をあげる。直後、マキナの横でうっすら、陰気な顔をした男が浮かび上がるように姿を現した。


 【ん? 君たちアイドルみたいに可愛いね……アイドルにならない? 僕、応援するよ……?】

 「で……」

 【で?】


 マキナはギギギ、と首をぼんやりとした男に向けると、男と目が合う。そして大きく息を吸ってから、


 「でたぁぁぁぁぁぁぁ! 幽霊ぃぃぃぃ!?」

 「くおーん!?」

 「あ!? おねえちゃん! はぐれたらだめだよー!」


 マキナはホールに大音響と言って差し支えないくらいの悲鳴を上げ、アッシュを抱きかかえたまま階段を駆け上がっていく。


 「待ってくれマキナ! なんてことするんだあんた!」

 【え? な、何か悪いことしたかい僕。こんな姿だから侵入者を捕らえられなくて困っていたんだけど、君たちが捕まえてくれたからお礼を言おうと思って……】

 「律儀な幽霊だね!? とりあえずマキナを追うぞ、アイナ!」

 「うん!」

 「うわああああ!? お、俺を軽々と……」


 俺はストレングスをかけてファンの男を抱え上げると、そのままマキナの後を追う。幽霊の男もゆっくりついてきているようだ。マキナの為にはついて来てほしくないけど、話は聞きたいのでとりあえず好きにさせておこう。


 「いたよラース兄ちゃん!」

 「マキナ!」

 「ふう……ふう……ラース、ア、アイナちゃん!」


 廊下の途中、キップを切る受付のあたりで姿を見つけて声をかけると、立ち止まって振り返る。少し涙目だが落ち着いたようだ。幽霊をちょっと遠ざけるかと思案していると、俺達の背後からどすどすと重い足音が聞こえてきた。


 「ああああああああ!? ど、どいてくれえええええ!?」

 「あ、ハンザ!?」

 「チャックス!?」


 抱えた男が驚愕の声をあげ、走ってくる太っちょの男も驚いていた。この方角は二階の階段がある場所なので、恐らくウルカが見つけたのだろう。待っていればウルカ達が来るかと、思っていたのだが――


 「く、来るなぁぁ!」

 「……」

 

 太っちょの男を追って来たのか、スケルトンが全速力で近づいてくるのが見えた。これは不味い!?


 「マキナ目を瞑って!」

 「いやああああああ!? スケルトンも出たぁぁぁぁぁぁ!?」

 「くおーーーん!?」


 マキナは踵を返してさらに廊下の奥へと逃げ出し、アッシュはぎゅうっと腕に抱かれてぐったりと頭を垂らした。


 「ラース兄ちゃん、アッシュを助けないと!」

 「両方ともだ! あの男も捕まえないと!」


 俺とアイナは目の前を横切ったスケルトンを追うように走り出す。すると太っちょの男は右側の中ホールに逃げ込んだ。そのすぐ後ろを走っていたマキナに俺は声をかける。


 「マキナ、そいつを追ってくれ!」

 「うぐ……ぐす、わ、分かったわ……!」

 

 マキナがそう答えて中ホールへ足を踏み入れると、階段を降りようとした太っちょの男の襟首を掴んで、引き倒していた。


 「び、びっくりさせて……! 捕まえたわ!」

 「げふ!? ち、ちくしょう……こいつらと出くわさないようわざわざ警備の人間を眠らせているのに……!!」


 なるほど、どうやら昨日と今日、警備の人間に会わなかった理由もご存じのようだ。そこでふたつの足音が背後から聞こえてきた。


 「ラース、さっきの悲鳴は!? マキナは大丈夫かい!?」

 【すごい、悲鳴だった……ね?】


 足音の主はウルカとミルフィだった。頭上には幽霊の女の子と、サージュが飛んでいた。さて、舞台に役者は揃ったし、後は問い詰めるだけだな。

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