第三百二十五話 アイドルは大変
「ふうん、ファスおばあちゃんはマキナに技を継承するため一緒にいるのねえ」
「うむ。ラースとラブラブふたりきり生活を邪魔したマキナには申し訳ないがのう」
ヘレナは軽い足取りでファスと並んでほんのり明るい劇場の裏側を歩いていた。ほとんど話したことが無い組み合わせだが、お互い人見知りをするような性格でもないため意外と話は弾んでいた。
「あはっ♪ でもラースは賑やかな方が好きだし、いいと思うわあ。特にラースは恋愛には疎いから、できればマキナの手助けをして欲しいかな? 周りが焚き付けないと進まないと思うのよう」
「流石に旧友といったところじゃな、よく分かっておる。しかしお互い好き合っておるのは間違いないし、ラースも蔑ろになりそうなときはきちんとフォローをしているから、少しずつでもよかろうて」
「ああ、それもそうかもねえ。そういえばバスレー先生は来なかったの?」
とはいえ、もっぱら話はラースとマキナやバスレーの話になる。ファスは過去を、ヘレナは今のラース達の様子を埋めていくように言葉を交わしていく。
「あやつは付いてこようとしたのじゃが、明日は大事な会議があると言っておったから家で簀巻きにしてきた。デダイトとノーラに監視をお願いしてな」
「あー……相変わらずなのねえ」
最初で最後のオブリヴィオン学院の対抗戦で実況をしていたことを思い出しヘレナは苦笑する。そして控室や衣装部屋が並ぶ通路へ差し掛かったところで話題を変えてきた。
「で、ファスおばあちゃんはどうしてアタシを選んだのかしらあ?」
「まあ、お主には悪いがお主は『餌』じゃな。意味は追々わかる」
「餌?」
ファスの言葉に首を傾げて尋ねようとするが、先にファスが口を開く。
「クライノートどのに聞こうと思っていたのじゃが、ワシからも質問じゃ。この劇場、警備や見回りの人間はおらんのか?」
「居るわよ? 二人一組で毎日回っているはずだけどお?」
「ふむ……昨日はそれなりの時間、劇場に滞在していたがクライノートくらいしか会わなかったから気になってな」
もちろん居ないわけがないか、とファスは目を細め自身の考えに確信を持つ。するとファスは衣装部屋の前で立ち止まる。
「……ヘレナよ、この部屋入れるか?」
「え? ううん。鍵はクライノートさんか、それこそ見回りの人しか持っていないからアタシ達でも無理よう?」
「なるほど、では……む?」
ファスが話し出そうとしたその時、来た方角とは反対側から足音が聞こえてきたので、ふたりはそちらに目を向ける。
すると――
「そこに居るのは誰だ……!」
カンテラを片手に持ち、腰に鉄の棒を携えた男が声を上げる。見覚えがあったヘレナは手を上げて返事をする。
「見回りの警備さんかしらあ? アタシ、ヘレナよ、ご苦労様♪」
「は!? え!? ヘ、ヘレナさん、ですか!? こ、こんばんは! ……って、こんな夜遅くまで残っていたのですか?」
「ううん、最近幽霊が出るって話、聞いたことあるわよねえ? アタシの友達がクライノートさんに依頼を受けたからお手伝いってわけなの。こっちいるファスさんが……あらあ?」
「……誰も居ませんけど……」
「ファスさぁん? どこいったのぉ?」
気が付けばファスが姿を消し、この場にはヘレナだけになっていた。声をかけてみるも返事は無く、口を尖らせたヘレナを見て警備の男が声をかけた。
「誰か居たんですか……? それが幽霊、だったんじゃ……?」
「そんな訳ないわ、ラースと一緒に住んでいるおばあちゃんだもの」
「……ラース? 誰ですか?」
「友達だけどお? それより、あなたは幽霊を見たことあるかしらあ?」
ヘレナは仕方なく目の前の警備の男に質問を投げかける。すると、男は口元に笑みを浮かべて言う。
「……そうですね、僕は見たことがありませんけど同僚が見た、と言っていましたね。控室なんですが、行ってみますか?」
「うーん、そうねえ。ここからひとりで動くのもちょっとだけ怖いし、行くわあ。ファスおばあちゃん! 控室に行くからねえ!」
ヘレナが大声で廊下へ叫ぶが返事は無く、再び静寂が訪れる。ヘレナは腰に手を当ててため息を吐き、男に向きなおる。
「ま、いいか。それじゃあ、控室に行くわねえ、ありがと♪」
「ああ、僕も行きますよ。夜におひとりだと危ないですから」
「劇場は庭みたいなものだから大丈夫よ」
「いえいえ、何が起こるか分かりませんからね。それに、大人気アイドルのヘレナさんの護衛をできるチャンスですし」
警備の男がそう言って笑うと、護衛させてあげるわとヘレナが苦笑し控室に向かう。ヘレナは時折ファスが付いて来ていないか振り返るが気配は無かった。やがて控室に到着し、男は鍵を開けて中へ入る。
「小太りのおじさん幽霊が出るらしいのよねえ……?」
「へえ、そうなんですね? 僕は見たことがないなあ」
「あ、その辺のものに触らないでねえ? 間違っても盗んだりしたらダメよ? ……うーん、おかしなところはないわねえ……」
「ああ、『僕は』こんなもの必要ありませんからね。それより、さっき言ってたラースって男ですよね? もしかして彼氏、とか?」
男は目を細めてヘレナの後ろ姿に声をかけると、ヘレナは生返事で返す。
「んー? まあ、なんだかんだでお金持ちだし見た目はいいし、アイドルになれたのはラースのおかげだからマキナ達が居なかったら――」
と、何となく思っていたことを口にすると、直後、男の様子が変わった。
「……や、やっぱりそうなんですね……! 僕たちが応援しているのに彼氏を作るなんて……!」
「ふぇ? いやいや、ラースはそんなんじゃないわよう。ここは何も居なさそうだし、次へ行きましょう」
「そう、ですね……誰も居ない……僕と……ヘレナさんだけ……」
「?」
ぶつぶつと呟く男に訝しむヘレナ。声をかけようと思った瞬間、男がヘレナににじりよってくる。
「ふたりきり……誰も見ていない……! ははは、既成事実を作れば君は僕の――」
「ええー……あなた、そういう系? まったく、アタシをただのアイドルだと思っていると痛い目を見るわよ?」
「そ、そんな言葉には騙されないぞ!」
男が駆け出そうとし、ヘレナが面倒くさそうにぐっと構える。ああ、本当に警備だけなのねと冷静に相手を見ていた。動きは遅いし、襲い掛かるにしても逃げられないよう足から狙うものなんだけどと肩を竦め、カウンターを狙う。
だが、その時――
「やはり内部の人間の仕業でもあったか」
【てめえ、アイドルに手を出すつもりかぁ!】
「ファスおばあちゃん! ……と、誰!?」
「な、なんだ!?」
ヘレナは入り口から入って来たファスに笑顔を向け、何故か背後から聞こえてきた小太りのおじさんに驚愕していた。
そして、廊下からさらに悲鳴が――
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