第三百二十三話 二日目の夜


 夜になり、俺達は昨晩と同じように劇場の裏口へと向かう。アイナはおねむかと思ったが、遅く起きたことと、また劇場の探索に行くことで興奮状態だったためしっかり起きて準備をしていた。夏休みの小学生みたいだなと思ったのは内緒だ。

 

 「いい、離れちゃだめだからね?」

 「くおーん♪」

 

 折角なのでマキナにアッシュを抱っこしてもらい、恐怖を緩和する役目を担ってもらう。アッシュも黄色のスカーフがご機嫌なので黙って抱っこされている。セフィロと子雪虎は俺で、サージュにアイナを任せるという布陣で挑む。


 <ラースよ、我らはちょっと多い気がするが……>

 「うーん、でもアイナをひとりにするわけにもいかないしなあ。まあ、ちょっと向こうに行ってから考えようか」

 「ワシはひとりでもええぞ?」

 「そうだなあ……」


 メンバーは俺、マキナ、アイナ、ウルカ、ヘレナ、ミルフィ、ファスさん、サージュだ。これなら三つに分かれることもできるかな? そんなことを考えていると裏口へ到着。そこには宣言通りミルフィとヘレナが待っていた。


 「お待たせー。あ、ヘレナその恰好」

 「こんばんはぁ♪ いいでしょ? みんなに合わせて動きやすい恰好にしてみたのよ。それにコレはこういう時くらいしか使わないしねえ」


 と、その場で一回転するヘレナはホットパンツにTシャツ、その上にベストを着込み、胸と腰にはサージュ装備をしっかり身に着けている。冒険者になる予定ではなかったのでお守り代わりにと作ったものだ。


 <おお、懐かしいな。我も歳をとったものだ>

 「いや、サージュは五百歳を越えてるんだし微差だろ? 俺達の孫の代でも絶対生きてるだろうし」

 <はっはっは、まあな。お前達がいずれ死んでしまうのは寂しいが、こういうことで思い出を作ってくれると嬉しいぞ。……そう思えばあの少女にも何かあるのかもしれんな>

 「女の子ねえ。アイドルがうるさいからとか……?」

 

 ふむ、とサージュはあの時見た女の子のことを口にし、ヘレナがサージュを見ながら顎に手を当てる。心当たりは無さそうだけど、思うところはあるらしい。


 「もし何か未練があるなら聞いてあげたいですね。ウルカさん、頑張りましょう!」

 「うん。僕と一緒に行くみたいだからよろしくねミルフィさん。幽霊が出たら僕のスキルで対応するから声をかけて」

 「は、はい!」


 ウルカが微笑むとミルフィは暗闇でも分かるほど顔を赤くして返事をする。ヘレナが生暖かい目を向けていたので、マキナが肘でつつき目を逸らさせる。


 「では行くとしようか。ラース、どうするのじゃ?」

 「ああ、とりあえずクライノートさんのところへ行こう。昨日の聞きそびれた話を聞かないとね」

 「にゃーん!」

 「ふふー、アイナが幽霊ちゃんと会ったなんて言ったらティリアちゃん達驚くだろうなー」


 アイナが謎の自慢話に想いを馳せながら鼻息を鳴らす。ニーナの息子、トリム君あたりは気が弱いので、びっくりしてしばらく口を聞いてくれないかもしれない……

 そんな未来の妹は置いておき、早速クライノートさんのいる事務所へ向かう。だが――


 「こんばんは、クライノートさんいらっしゃいますか?」

 「返事が無いわね……」

 

 マキナの言う通り何度かノックと声をかけたが返事は無く、扉の鍵もかかったままだった。どうするか頭を掻いて考えているとファスさんが手を上げて声をかけてきた。


 「ラースよええか? 幽霊は現れたし行動を起こした方がよかろう。話は後でも問題あるまい。もしかしたら用事で帰ったのかもしれんしのう」

 「うーん、そうだな……よし、それじゃ探索開始と行こう。メンバーは……俺とアイナとサージュ。ウルカとミルフィとファスさん。マキナとヘレナで」

 「ラ、ラース、一緒じゃないの?」

 「ごめんマキナ。今いるメンバーだと、これが一番いいんだ。ウルカがいるとはいえ、素人のミルフィと二人だけってわけにもいかないし、ヘレナをひとりにするわけにもいかないだろ? アッシュ、マキナを頼むぞ」

 「くおーん!」

 「うう……」

 

 少々涙目になったマキナに今度何かで埋めあわせをしようと思う。まあ冒険者なので、二手に分かれて行動というのはあり得るので依頼の時は我慢してもらうとしよう。そう考えているとファスさんが口を開く。


 「ワシはヘレナと行動しようと思う。主に裏方を見て回りたい。ヘレナよ、どうじゃ?」

 「アタシはラースが良ければいいわよう」


 ファスさんはなにかアタリを付けているみたいだな? 確かにそっち側でも気になることはあったから俺は頷き変更をする。


 「なら、ウルカとミルフィ、それとサージュ。マキナは俺と一緒だな」

 「マキナおねえちゃん一緒だね!」

 「うん、良かったわ」

 「く、くおーん……」

 「アッシュが潰れそうだから、力を緩めてあげてよ。それじゃ、俺達は一階に行くから、ウルカ達は幽霊が出た二階を頼む」


 喜びのあまりぐっと潰されぐったりするアッシュを撫でながらウルカに言うと、苦笑しながらサージュを両手で抱えて笑う。


 「了解だよラース。それじゃ、アイナちゃんと一緒じゃなくて悪いねサージュ」

 <構わん。たまにはこういうのも面白い。では、行くぞ!>

 「頼もしいなあ、行こうかミルフィさん」

 「はい!」


 ウルカ達が二階へ行くため歩き出し、続いてファスさんがヘレナを伴って歩き出す。


 「ワシらはこっちでええなヘレナ?」

 「ええ、控室とかでいいのかしらあ?」

 「うむ。では参ろうぞ」


 ヘレナがウインクしながらファスさんについていくのを見送り、俺達も動きだす。


 「それじゃ、大ホールから行くか。アイナ、はぐれるなよ?」

 「うん!」

 「出てくるかしら……? ああ、アッシュに癒される……」

 「くおーん♪」


 さて、マキナの心配をよそに、多分俺達は空振りに終わると思う。

 本命の幽霊はウルカが何とかしてくれるはずだが、どちらかと言えば懸念はファスさんの方だろう。俺の予想が正しければこの劇場、少しまずい状況なのだ。


 「開けるよ、ラース兄ちゃん!」

 「ア、アイナちゃん怖くないの……?」

 「夜のティリアちゃんちよりは怖くないと思うよ? えーい!」


 アイナは勢いよく大ホールの扉を開け、相変わらずうっすらと明るい舞台が目に入る。小太りのおじさんに細身の男の幽霊、ねえ……

 

 「さて、それじゃ探索開始と行こうか」

 「にゃーん♪」


 ファスさんは大丈夫だろうけど、ヘレナはどうかな? ま、元Aクラスの人間だし、問題ないか。

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