第三百二十一話 今夜のメニューは?

 

 「ラース、お昼を回ったよ。それともまだ寝るかい?」

 「ん……ああ、兄さんか……ありがとう、起きるよ」

 

 兄さんに声をかけられ俺は意識を覚醒させる。上半身を起こそうとして、ずっしりと重いことに気づき両脇を確認する。 


 「むにゃ……ラース……えへへ……」

 「ラース兄ちゃん……」

 「くおーん……すぴー……」

 「にゅーん……」

 「……!」

 

 右腕にマキナ、左腕にアイナとアッシュが絡みつき、腹の上に子雪虎とセフィロが乗っていた。俺が目を向けるとセフィロが枝を上げて挨拶をしたのでどうやら起きているようだ。というか

 とりあえずゆっくりとマキナの手を外し、子雪虎をアイナが掴んでいる俺の腕と交換してベッドから抜け出す。セフィロを頭に乗せてベッドから降りると一息ついてから背伸びをする。

 

 「よっと……ふたりはまだ寝かせておこうか」

 「昨日は何時に帰ったんだい?」

 「確か三時過ぎだったかな……寝たのは四時を回っていた気がする……」


 兄さんが苦笑しながら顔を洗ってこいと言い、俺は洗面台へ向かう。

 リビングから賑やかな声が聞こえてきて、ノーラとファスさん、それとバスレー先生以外の声もあることに気づき顔を洗いリビングへ行くと声の正体が判明する。


 「ああ、やっぱりヘレナとミルフィだったのか」

 「こんにちは♪ お邪魔してるわよう」

 「お、お邪魔してます! あの……猫ちゃんとクマちゃんは……?」

 「寝起きで悪いね。ああ、アッシュと子雪虎はまだ寝ているから、こいつで勘弁してくれると助かる」

 「!」

 「あ、セフィロちゃん。十分ですよ!」

 「ラース君、ジュースでいいですか?」

 「ありがとうバスレー先生。起きるの早いね」


 さて、このふたりが昨日の今日で来たということは結果を知りたいのだろう。俺がバスレー先生にもらったジュースを飲んだ瞬間、ヘレナが切り出してきた。


 「それで、昨日探索したんでしょう? どうだった?」

 「ふう……収穫はあったよ。ウルカを連れてきたんだけど、二階の大ホールで女の子の幽霊が出た」

 「え? ウルカも来ているの? ……ふうん、それじゃみんなの言っていたことは本当だった、ってことかあ……」


 ヘレナは口に指を当てて眉を潜め、誰にともなく呟く。ここに来た時からそうだったけど、ヘレナは幽霊の存在に疑問を持っていた。

 幽霊がいることはウルカの能力を含めて知っているけど、劇場では自分の目で見たことがないためだろう。半信半疑だったことが確信になり、ヘレナはミルフィへ声をかける。


 「ミルフィ、あなたが見たのは女の子で合っているのかしらあ?」

 「ええっと……ぼんやりとしか見えていなくて、女の子とははっきりと分からないんですよ。でも他の子が見たのは小太りのおじさんだったり、痩せた男の人だったり色々みたいですよ」

 「それは本当かい!」

 「ひゃん!?」


 他の幽霊の目撃があるのか……そういえばウルカが居れば分かるからとどういう幽霊かまでは聞いていなかったな。そう思っているとウルカが姿を現し、ミルフィの肩に手を置いて叫ぶ。


 「あら、久しぶりねえウルカ♪」

 「あ、ヘレナじゃないか。久しぶりだね! それより君、複数の幽霊目撃があるって本当?」

 「あ、は、はい! ……アイドルの子や私みたいな見習いの子が何人か見ていますね」

 「ふうむ……」

 「あ、あの……」


 ミルフィがそう言うと、ウルカがミルフィの肩に手を置いたまま考え込み始める。そこへソファに座ってお茶を飲んでいたファスさんが口を開いた。


 「ウルカよ、ミルフィが困っておるぞ。ラースも立っておらんで昼食を食べるのじゃ」

 「そうだよー、今日はオラが作ったんだよー」

 「あ、ご、ごめん。ヘレナから聞いているかもしれないけど僕はウルカ。よろしくね、えっとミルフィちゃんでいいのかな?」

 「あ、そうです……ふう……」

 「わあ!? どうしたの!?」

 「男の子とあまり接したことがないみたいだからねえ」


 ミルフィが顔を真っ赤にして崩れ落ちるのをウルカが慌てて支え、それを見ていたヘレナがクスクスと笑う。


 「他の人が作る料理は久しぶりだなあ。最近は俺が作ってばっかりだったから」

 「そうなのー? マキナちゃんは?」

 「マキナも作るけど、そこの人がすぐ俺の料理をねだるからね」

 「いいじゃありませんか、減るものじゃありませんし。たまにはわたしも作っていますし」

 

 俺がきちんと裏ごししたコーンスープに口をつけながらバスレー先生を見ると、悪びれた様子もなく口を尖らせる。


 「ったく……。まあ、いいけど。そういえば兄さんたちにもハンバーグと唐揚げをごちそうしないとね」

 「へえ、聞いたことが無い料理だけどラースが考えたのかい?」

 「そうそう。まあ、夜を楽しみにしていてよ。それで、劇場のことだけど――」


 このままだと和んだムードのままいつまでも話が出来そうにないので強引にレールに戻す。少し話したけど、女の子の幽霊のことと、ミルフィ達が見た幽霊の詳しい話を改めてまとめる。


 出現するのは楽屋や衣裳部屋に続く廊下、大ホールに中ホール。それと、入り口付近らしい。女の子の幽霊は初めてだけど、小太りのおじさん、痩せたスケルトンみたいな男、陰気な男という見た目がぼんやり浮かび上がるように出るのだとか。


 「話はしてくる?」

 「ううん。そういうのはありませんね。私達が声を上げると、スゥっと消えるので……」


 不安げに俯くミルフィにみんなが黙り込む。


 「ふむ……実害が無いのが幸いじゃが……ミルフィや。最近モノが無くなったりとかはせんか? ヘレナでもええ」

 「え? うーん、特には……あ、でもリップやリボンを片方失くしたりしている子はいるかも?」

 「アタシはブレスレットをどこかで落としたわねえ。廊下を探したけど、見つからなかったわあ」

 「なるほどのう」

 「ファスさん?」


 顎に手を当てて考えるファスさんにウルカが声をかけるが、答える前にファスさんの考えにピンときた俺がパンをかじりながら言う。

 

 「……よし、今夜は昨日聞きそびれたクライノートさんの話を聞いて、その後は二手に分かれて行動しよう。俺はマキナと行くから、ウルカはファスさんと頼めるかな?」

 「ほっほ、もちろんじゃ」

 「うん。いいよ」


 俺は頷き、起きたらマキナにも話そうと思ったその時、俺の部屋からドタバタとアイナが二匹を抱えて走ってきた。


 「アイナもラース兄ちゃんと一緒がいい!」

 「くおーん!」

 「にゃあん!」

 「いや、お留守番だぞ? アッシュ達はこの後の訓練が上手くいけば連れて行くけど」

 「ええー、アイナも行きたいよー昨日の女の子の幽霊ちゃんと話をしたいもん」

 「夜は危ないって言ったろ? また叩きたくないよ俺は」

 「「え!?」」


 俺がそう言うと、兄さんとノーラが目を丸くして俺を見る。なんだかんだと家では甘やかしていたからびっくりしているみたいだ。だけど、意外なところから声が上がる。

 

 「いや、歳のくらいは同じだったしアイナちゃんなら何か話を引き出せるかもしれないね。ラースが良ければ連れて行きたいと思うんだけど……」

 「でも、あの子はウルカに姿を見せた感じじゃないか? ウルカが居れば大丈夫だと思うけどな」

 「む。きょ、今日と明日、わ、私休みなので今夜お供してもいいでしょうか! 頼むだけじゃなくて、ウ、ウルカさんのお手伝いをしたいんですけど!」

 「へ?」


 急に立ち上がって宣言したのはなんとミルフィだった! いや、あんまり人が居ると出てこないんだって……

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