第三百二十話 一日目、終了
ドタバタ劇はあったものの、とりあえず仕事をせねばと続いて二階のホールへと足を運ぶ。アッシュ達は俺が抱っこして大人しくさせているのでいざというときはマキナとファスさんに任せよう。
さて、今回は最初に大ホールへ入っていくことにした。ウルカ曰く、人数が増えすぎているので幽霊も出にくい状態になっているはずとのことなので、今日は内装の確認をメインにしてまた明日来ようと言っていた。
「ここも広いわね……」
「でも、一階よりはちょっと小さいかもね。まあ構造上の問題だから同じ大きさってのは難しいんだろう。お、ここにはピアノがあるのか」
この大ホールは演劇ではなく、歌唱やコンサートで使うためのもののようで、よく見れば木琴など他の楽器もあった。するとファスさんが周囲を確認しながら口を開く。
「ワシはこう見えても音楽は好きでのう。武闘大会の優勝すると祝ってくれるのが楽しみじゃった。機会があれば来てみたいわい」
「でしたら、今度ご招待させてもらいますよ」
「あれ? クライノートさん」
俺達が入って来た扉の後ろから声がかかり振り向くと、そこにオーナーのクライノートさんが立ってウインクをしていた。
「ちょっと事務所に戻っていたんだ。どうだい、調子は」
「まだ全然ですね」
「できるだけ早期解決をしたいと思っていますのでよろしくお願いします」
「よろしく頼むよ。まあ、今のところ幽霊の姿を見るという被害があるわけじゃないから、ゆっくり調査してくれ」
ウルカと握手をしながらクライノートさんが笑う。
「でも大丈夫なんですか? 幽霊の出る劇場ってことで客足が減ったりしないかな」
「ああ、それは問題ないよ、演劇やライブ中に出ることは無いんだ」
なるほど、人が多いところには出にくいという理論とは合っているかと納得していると、クライノートさんが俺に話を続けてくる。
「そうそう、ラース君が言っていた話、親父に聞いて来――」
「シッ! ……今、何か聞こえなかった?」
「き、聞こえたわ! ピ、ピアノ、じゃないかしら……?」
「あ、また聞こえたよ!」
流石オーナー、仕事が早いなと思った瞬間、劇場の片隅にあるピアノがポロン……と音を立てた。静かな劇場にはよく響く。
そして――
「バスレー先生! ……は、居るみたいだね」
「うん」
「くおーん」
「!」
「大丈夫じゃ、ワシが見ておったからな」
――全員が一斉にバスレー先生が居ることを確認して再びピアノへと目を向ける。
「え? なんで皆さん、今わたしを見たんですか?」
「ウルカ、頼めるか?」
「もちろんだよ。ラースとファスさんはピアノを囲むように動いて欲しいかな」
「分かった」
「ねえ、なんでわたしを見たんですかねえ?」
「はい、バスレー先生、アッシュ達を頼むよ!」
「ラース兄ちゃん行ってみようよ」
食い下がるバスレー先生に対し、強引にアッシュと子雪虎を渡し、マキナとアイナを伴ってピアノへ近づいていく。
「くおーん♪」
「にゃーん♪」
「おおー、よしよし! って騙されませんよ! なんだか良からぬことを考えていましたね皆さん!」
<今は仕事中だ。邪魔をするんじゃない>
「くっ……ドラゴンに正論を……!」
気づいたか、しかし今はそれどころではないとピアノへ近づいていく。ファスさんが逆サイドに回り込み、俺達は頷いて鍵盤を見る。
「……誰も居ない」
「うう……か、勝手に音を出している……」
マキナは怖くて目を瞑っているけど音は聞こえるので俺の袖を掴む手が強くなっていく。袖が伸びそうだと思いながらウルカに声をかける。
「ウルカ、何か分かったかい?」
「うん。……ここには居るね。だけど、かなり弱い霊だ、悪意は感じないけど――」
【うふふ】
「いやああああ!? 今、耳元で何か聞こえたぁぁ!?」
「そこか! 落ち着いてマキナ」
【驚いてくれる……嬉しい……】
今度はか細い声でくすくすと笑う声がはっきり聞こえた。だけど皇帝の時のように姿は見えない。
「見えた……!」
【あは……あなた、あたしが見えるのねえ……うふふ……】
しかしウルカには見えているようで、声の主に一直線に向かい、語り掛けるように口を開く。せわしなく宙を見ているので、恐らく動き回っているのだろう。
「君は誰だい? 悪霊ではなさそうだけど」
【……ここはね、楽しいの】
「そうだね。でも、君を怖がっている人がいるんだ、ここに居る理由を聞かせてくれないかな?」
【うふ……でも人間は幽霊よりも怖いと思わない……? 今日も……】
「今日も……? あ、ま、待って! くっ……【霊術視】」
ウルカが慌てて手を伸ばすが、手ごたえが無かったのだろう。悔しそうな顔で俺達も聞いたことが無いスキルを口にする。
<む、一瞬見えたぞ>
「おや、女の子ですかね……?」
「本当だ、アイナよりちょっと大きいくらいかな?」
「み、見えた……見えたの!?」
「大丈夫だよ、マキナおねえちゃん。優しそうな子だったもん」
怖いもの知らずのアイナがマキナの手をぎゅっと握って微笑む。そう聞いて年上の自分が怖がっていられないと思ったのか、恐る恐るマキナが目を開けるが、すでに幽霊の姿は天井を突き抜け、見えなくなっていた。
それにしても、だ。
「あれがミルフィ達が言っていた幽霊……?」
「だと思うが、気になることを言っていたのう」
‟人間は幽霊より怖い„か。もしかして誰かに殺された霊だったりするのだろうか? そうだとすればその意味も分かるけど……
「……ダメだ。もう全然感知できない。どこか遠くへ行ったみたいだね」
「ふむ、可愛らしい女の子だったな。目的はなんだろうね?」
「それは聞いてみないと何とも。ラース、念のため他のホールを見て、何も無かったら今日は戻ろう」
「分かった」
ウルカの提案に乗り、俺達は中ホールをふたつ探索し、何もないことを確認。
「ふああ……」
「くお……」
そこで、何もないことで緊張の糸が切れた、飽きたのか、俺と手を繋いでいたアイナと、バスレー先生に抱っこされたアッシュが大あくびをして目をしぱしぱさせていた。
「アイナはもう寝ている時間だもんな。……よっと。ごめんみんな、一応収穫はあったし今日は戻ろう」
「うん。ちょっと怖かったけど、女の子の幽霊なら……次は頑張る……」
「克服はした方がいいと思うから、マキナは目を開けていような」
「うう……」
俺がアイナをおんぶしてマキナの背中を優しく叩くと、呻くような声を出したので苦笑する。裏口まで戻るため廊下を歩く。
「ふむ、しかし幽霊は本当だったか。引き続きよろしく頼むよ」
「はい!」
「何でバスレー先生が返事をするのさ!? 僕、必ずあの子と話をしてみますよ!」
ウルカがやる気充分と言った感じでそう言っていると、ファスさんがとある扉の前で立ち止まる。
「……この部屋はなんじゃ?」
「え? ああ、この部屋は衣裳部屋ですよ。鍵は……うん、きちんとかかっている。ラース君作の衣装は高く売れる。だからアイドルや演者が盗めないよう厳重に保管しているんだ」
「……そうか。承知したぞい」
衣装は必ず着替えた後オーナーの下へ持ってきて返却するから取りこぼしはないらしい。そこまで大事に扱ってくれるのは嬉しい。
「新作も出来上がるとレオール殿から聞いているから楽しみだよ。おっと、出口まで来てしまったか、名残惜しいが、また明日」
「ええ」
そう言って俺達は家に戻り、本日の探索を終える。解決はしなかったものの、ウルカのおかげで収穫があったのは大きい。スキルを磨いて新しいことが出来ていたのも驚いたし、今日は結構楽しかったなと、ひとりで寝られないと布団に潜り込んできたマキナと、俺を掴んで離さないアイナを撫でながら目を閉じた――
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