第三百十九話 厳しいラース


 「いてて……」

 「大丈夫ラース?」

 「慌てるからですよ?」

 「バスレー先生が言うなって! どうしてここに――」


 と、ずっこけた俺は何故か劇場に居るバスレー先生に叫びながら、差し出してきたマキナの手を掴もうとする。しかし、その時しりもちをついた俺にとびかかってくる影があった。


 「くおーん、くおーん♪」

 「うわ、アッシュ!? なんでお前も居るんだよ!?」

 「♪」


 小さいしっぽを千切れんばかりに振り、俺の顔をぺろぺろと嬉しそうに舐めたあとごろごろと俺の胸に頭を擦り付けてくる。よほど嬉しいのかしっかりと抱き着いてきて離れてくれない。セフィロがその様子を見て頭に花を咲かせていた。


 「アッシュずるいよ、ラース兄ちゃん!」

 「にゃーん♪」

 「あ!? 子雪虎ちゃん!?」

 「それにアイナも!? ……バスレー先生、どういうことだい……?」

 

 俺は抱き着いて来たアイナを受け止めバスレー先生にジト目を向けると、ドヤ顔で腰に手を当て話し出す。


 「ちょうど帰宅したところでお庭にこの子達が居ましてね、何かあったのかと思って庭のから帰ったらアッシュ君が脱走しまして、それを追ってここまで来ました!」

 「バスレー先生のせいじゃないか! なんで得意げに語るんだよ……」

 「まあまあ、わたしも仕事で疲れていたので思考が追いつかなかったんですよ……」

 「それは自分で言うことじゃないのう。で、どうやって入って来たのじゃ?」

 

 ファスさんが流石に呆れたようにバスレー先生のお尻を叩きながら言うと、バスレー先生は飛び上がって返してくる。


 「でも真面目に疲れてるんですよぅ? まあ、それはともかく、ちょうどクライノートさんと出くわして連れて来てもらったんですよ。その時は帰るつもりだったんですが」

 「アッシュ達が凄く寂しそうだったから連れてきちゃった……ごめんなさい」


 悪びれた様子が無いバスレー先生だけど、最近帰りが遅いので疲れているのは本当かもしれない。アッシュの様子を見る限りアイナの言うことも間違っていなさそうだ。アイナの場合は本人も寂しかった、というのもありそうだけど。

 それにしてもノーラの【動物愛護】があればそっちに集中すると思っていただけに驚いた。


 「【動物愛護】でもダメとは思わなかったな。お前も甘えん坊すぎるだろ?」

 「くおーん♪」

 <むう、言い聞かせたがダメだったか……>


 セフィロ並みに懐いているので、俺としてもこれだけ慕われれば無下にもできない。


 ――だが、俺はテイマーとして、飼い主として、心を鬼にしなければならない。


 「<ストレングス>」

 「くおーん!?」

 「にゃああ!?」

 「ラース兄ちゃん、どうした――痛っ!?」


 俺は渾身の拳骨をアッシュと子雪虎の頭に落とし、そしてストレングスを解除してアイナの頬を引っぱたく。


 「くおーん……」

 「痛いよラース兄ちゃん……」

 「にゃー……」


 蹲るアイナと二匹に目線を合わせるため膝をつき、俺は言葉を続ける。


 「俺がお前たちを連れて行かなかったのは仕事だからって訳じゃない。夜は危険が多いし、まして相手は幽霊……ゴーストだ。もしアイナに憑りついて取り返しのつかないことがあるかもしれない。アッシュ達もまだ小さいし、運が悪いとみんな死んでしまうことだってあるんだ」

 「よくティグレ先生が言ってたわね……」

 「……うん……」

 

 アイナの頬を撫でながらマキナが呟き、アイナは小さく頷く。


 「劇場に出る幽霊だからといって楽観視はできないんだ。外や普通の魔物相手ならまだいいけどね。アイナには話したことがあるだろ?」


 昔、ルツィアール国でアンデッドの群れや皇帝と戦ったことを話したことがある。アイナはそれを思い出したのか、俺の一言でごくりと喉を鳴らした。


 「それにアッシュと子雪虎も俺の言うことを聞かないで勝手に脱走なんかしたら捕まって殺されてしまうぞ? 小さくてもお前たちは魔物なんだ。テイマーの俺と一緒じゃないと町に出られない。俺の言うことが聞けないならアッシュはラディナと一緒に森へ帰さないといけなくなるし、子雪虎はタンジさんのところへ返さないと」

 「くおーん!? ……くおーん」

 「ふにゃあ……」

 「……!」

 

 アッシュは嫌々と頭を振り、子雪虎は俺の肩に乗って頬を舐めてくる。


 「だから拳骨をやったんだ。これから俺の言うことを聞けるな、お前達?」

 「くおーん……!」


 か細いながらも応えてくれたアッシュの背中を優しく撫でて抱きしめてやると、ぴこぴこと尻尾が揺れ喜びを見せていた。俺は苦笑してアッシュを抱き上げ、今度はアイナに目を向ける。


 「俺も人のことは言えないけど、突っ走るだけじゃダメだ。ここに来るのはバスレー先生のせいもあるだろうけど、ここで帰ると言えるようになることも必要だぞ? 俺のことを好きだってのは嬉しいけど、無茶をして何かあったら、父さんも母さん、兄さんだって悲しむ」

 「ごめんなさい……」

 <アイナにはいい薬だろう。ラースは優しいが、こういう時は厳しい。嫌われたくなかったら無茶はしないことだな。もしくは我が言うようにラースが連れて行ってもいいというくらい強くなるかだな>

 

 サージュ的には俺の配下となるのであればそれ相応の強さを持てと言っていたようだが――


 「ま、それは仕方ないよサージュ。まだアッシュは赤ちゃんに近いくらいだし、甘えたい年頃だと思う。もうちょっと大きくなってから鍛えればいい。大人になったら頑張るよな?」

 「くおーん!」


 アッシュは持ち上げた俺の顔を嬉しそうに鳴きながら舐めてきて、マキナが背中を撫でてやる。


 「あはは、頑張るって言ってるみたい。可愛いわね」

 「にゃーん!」

 「はいはい、お前も可愛いよ。……でも今回はノーラに頼りすぎていたから俺も悪い。叩いて悪かったな。今後はアッシュ達だけでも連れてこようか。我慢する訓練もやらないとね」


 俺がそう言うとファスさんが頷く。


 「そうじゃなあ。まあ、親達が大人しく待っておるのが幸いじゃと思おうか。こやつらも森に帰される危機を感じて反省するじゃろう」 

 「幽霊騒ぎが片付いたら山に狩りへ行きましょうか。ラディナ達も体を動かした方がいいと思うし。アイナちゃんもこっちに居る間はラースの言うことを聞かないとね?」

 「分かった! ごめんなさいラース兄ちゃん」


 マキナに窘められてアイナが少し涙を溜めて頭を下げてきたので俺はアッシュをマキナに渡しアイナを抱っこする。


 「まだ五歳なんだし、甘えるのはいいけどな。でも無茶をするのは違うから間違えるんじゃないぞ」

 「はーい!」


 アイナが元気に返事をしたところで、ウルカが笑いながら近づいて来た。俺が説教をしている間に調査をしてくれていたようだ。


 「はは、ラースはみんなに優しいけど、怒らせると怖いんだよね。さて、とりあえずこの大ホールも幽霊の気配は無いみたいだ。他を当たった方がいいかもしれないよ」

 「ここもか……そうだな、人数が増えたから幽霊が出にくくなったかもしれないけど、一応回ろうか」

 「ですねえ。明日はわたしも休みなので、今日は付き合いますよ!」

 「助かるよバスレー先生。でも、しばらくハンバーグは小さめで、唐揚げは無しだからね」

 「どうして!? ラース君のハンバーグと唐揚げが食べられると思っていたのに」


 バスレー先生が愕然とした表情で膝から崩れ落ちると、サージュが呆れた口調で首を振る。


 <不可抗力だったとは思うが、アッシュやアイナが外に出てはいけないことを知っていただろう? それを連れてきたんだから当然だ。それに子供たちが叩かれて、大人のお前に罰が無いのは示しがつくまい>

 「ば、馬鹿な……! まあ、これでアッシュ君とアイナちゃんにストッパーがかけられたから結果オーライということで」


 相変わらず立ち直りが早いなと思いつつ、俺達はもう一つの中ホールへ赴き調査をするも手ごたえは無し。そのまま二階へと足を運ぶことにした。

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