第三百十八話 幽霊はいつもそこに……
「アッシュ待ってー!」
「くおーん……」
懸命に追うアイナがようやくアッシュに追いつき、抱え上げる。子雪虎は転げ落ち、アッシュはアイナの手の中でバタバタと暴れる。そこに後ろからバスレーが子雪虎を拾い、アイナを抱える。
「ふう、追いつきましたよ。仕事で疲れているとはいえ、差が縮まらないとは……どんな鍛え方をしているんですかねえ……」
「えへへ、いつもティリアちゃん達と競争しているんだよ!」
「まあ、ラース君の妹ですし今更驚きませんがね? さて、それはそうとどうしたものか」
アッシュを手に笑うアイナに苦笑しながらバスレーは目の前にある建物を見上げる。そこは劇場で、今、ラース達が仕事をしている現場だった。アイナはバスレーに抱えられながら尋ねる。
「ここはどこなの、バスレー先生?」
「ラース君が居る劇場ですよ。ここまで来れば中に入ってもいいと思いますが、あいにく入る手段が無いんですよねえ。アッシュも脱走した後、ここで止まっていたでしょうね。下手をすると誰かに拾われて明日の朝には暖かい毛皮になっていたかも……」
「いやあ! バスレー先生嫌い!」
「ふぐあ!?」
いひひと笑うバスレーの顔をアイナが叩き、アッシュを強く抱きしめて呟く。
「アッシュ、ラース兄ちゃんは中に居るから会えないよ。帰ろう?」
「くおーん……」
ここまで来てラースには会えないとがっかりするアッシュ。すると足元に居た子雪虎が来た方角とは違う通りに顔を向けて一声鳴く。
「にゃー」
「ん? ……誰か来ますね?」
バスレーがアイナとアッシュを下ろして庇うように立ち、目を細めて向かってくる人影をじっと見る。この町で犯罪者が居るとは思えないが、万が一ということもあると、いつでも逃げ出せる体制を取った。
曇っているが完全に暗いわけではないので、近づいてくると徐々にその姿が確認でき、バスレーは口を開く。
「あ、クライノートさんじゃないですか」
「む? おや、これはバスレー様ではありませんか。こんな時間にどうされたのですか? ああ、なるほど! 今はラース殿が調査をしているから様子を見に来たんですな。その子は?」
「そうなんですよ! いやあ、どうやって入れてもらおうか途方に暮れていたところでして。こちらはラース君の妹でアイナちゃんと言いまして、王都に遊びに来ているんです」
バスレーは一瞬で頭を働かせ、ラースを訪ねてきたと口を開く。するとアイナもバスレーの後ろで手を上げて声をあげる。
「こんばんはアイナ=アーヴィングです! この子がラース兄ちゃんに会いたくて出てきちゃったの」
「くおん」
「おお……デッドリーベアの赤ちゃんじゃないか!? テイマーが居ないのにこれはまずいな。ラース君のところへ行こう」
「やったぁ! 良かったねアッシュ」
「くお~ん♪」
「ではよろしくお願いします。クライノートさんはどこかへ行っていたんですか?」
劇場の裏に案内するため歩き出したクライノートの背に声をかけると、振り返らずに返事をした。
「いやあ、そのラース君に言われて親父のところへ行ってたんだよ。以前から幽霊が出ていたかどうかってやつを」
「ほほう、詳しく聞いてみたいですねえ」
「早く行こう!」
「くおーん」
「はいはい、ラース君に怒られないといいですがねえ……」
アイナに引っ張られバスレーは目を細めてため息を吐き後をついていくのだった。
◆ ◇ ◆
「……うーん、ここには反応がないね。微かにそれらしい感じはするけど、カタチになるほどじゃないかな」
「そっか、ミルフィが見たのは何だったんだろうな」
「この歳まで色々調べて分かったけど、霊って出現にする条件は状況によることもあるからミルフィちゃんって子が見た時はもしかしたら『何か』あったのかもしれないよ? 何度か足を運んだりした方がいいかもしれない。時間が遅すぎて出てこない……そういうこともあるしね」
「そ、そうなの? 遅ければ遅いほど出やすいかと思ってたけど……」
何も起こらなくてホッとしていたマキナがウルカの話を聞いてサッと俺の後ろに隠れて周囲を見渡しながら言う。
ウルカが言うには、人が集まることで霊も『自分が生きている』と錯覚して観客に混じってしまう。特にこういう劇場の熱気だと起こり得るのだとか。だからミルフィが見た時間帯はまだ霊が形を持っていた、そう言いたいらしい。
「もう少し待ってみるか?」
「いや、次に行こうよ。一通り見ておきたいしね。長丁場になると思うから今日は下見ってところかな」
ウルカの中では数日かかる気でいるようだ。今日中に終わるだろうと考えていた俺はちょっと恥ずかしい。
「それじゃ大ホールへ――」
「ちょっと待つのじゃ。……それ!」
と、俺が口を開いた瞬間、ファスさんが手に持っていた小石をステージに投げた。しかし小石はカツンと乾いた音を立ててステージに落ちた。
<……ふむ、特に怪しいところはないな>
「そういえばサージュは幽霊を探知出来たりはしないの?」
<‟聖竜„と呼ばれる竜族なら出来ると聞いたことはあるが、我にはその力はないな。我は強き者ではあるが万能ではない。だからこそ皆で協力する必要があるのだろうと思うぞ>
「はは、人間はひとりじゃ生きていけないってことだよな」
俺達と過ごすようになってさらに人間臭くなったサージュに苦笑しながら、少しだけその言葉が心に刺さる。痛いというよりは戒めというところだけどね。
「ファスさん、もう少し調べる?」
「いや、ウルカの言う通り先に行こうかのう。時間はある。……後で楽屋に行きたいが聞いてくれるか?」
「え? ああ、クライノートさんが帰ってきたら案内してもらおうよ。それじゃ一階の大ホールに行こう」
「うう……出て欲しくない……けど出てこないと終わらない……」
「ほらほら、マキナ行こう」
俺はマキナを引っ張って中ホールを出る。最後に一度、振り返って中ホールを見るが――
「やっぱり誰も居ない、か」
やはり物音ひとつしないので俺は踵を返し中ホールの重い扉を閉めた。
「……」
そして次の場所は大ホール。ここは主に演劇や舞台をやるためとても広く作られている。さっきの話からすれば人が特に集まるここは本命になり得る場所だろう。
「【霊術】」
「ふむ……?」
ウルカが【霊術】を使うと、直後にファスさんが怪訝な声を上げた。視線は舞台の上で、よく見ればうっすら人影のようなものが見えた。するとウルカも声を出す。
「ラ、ラース! 舞台の上!」
「来たか!」
「う、うう……! が、頑張る!」
俺はライトアップを高く上昇させながら俺とマキナが舞台へ駆け出す。ホールは階段状になっていて、扉から見て舞台は下にある。階段を滑るように駆け下りていくと、舞台に人が歩いてくるのが見えた。
「よし、とりあえず一体目だ……!」
舞台に上がり幽霊を拝んでやろうとライトアップを大きくする! するとそこには――
「うわ、ま、眩しい!? 浄化されてしまううううう!? あ、ラース君、ここに居ましたか!」
「バ、バスレー先生!?」
――何故か仕事のはずだったバスレー先生が居て、俺は舞台の上でヘッドスライディングをしながらずっこけた……
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