第三百十六話 懸念点
――夜
夕食を終えた俺達は早速劇場へと足を運ぶ。兄さんとノーラ、それとアイナには家で留守番をしてもらっている。幸いアッシュ達もアイナやお風呂に気を取られていて家からすんなり出ることができたのは大きい。
町の通りを歩いていると、手を繋いでいるマキナが空を見上げて不安げに言う。
「今日は雲が多いわね、月明かりがあまりないわ……」
「そう言われれば久しぶりに曇っているな」
俺も見上げると確かに月が雲で陰っていて、ひと雨来てもおかしくない空模様だ。すると後ろを歩いていたウルカが神妙な声で口を開く。
「……こういう時は〝何か出る〟もんだから、注意した方がいいね……」
「や、やめてよウルカ……」
「あはは、ごめんごめん。相変わらずマキナはアンデッドの類は苦手なんだね。でも、ラースと一緒に居れば幽霊の類は問題ないでしょ」
「まあ、俺はルツィアールで慣れたから、アンデッドはそうでもないかな。あの皇帝より酷い悪霊は居ないだろうし」
<あれは中々面白かったな。スケルトンが無尽蔵に出てきたな。我は皇帝が消えたことと、レイナに会えたのが嬉しかったな>
「僕はなにごとかと思ったよ。そういえばあの時もマキナとラースが迎えに来たよね、懐かしいなあ」
と、サージュと初めて出会ったあの時のことを思い出す。そういえばあの時もウルカを連れにガストの町へ戻ったっけと苦笑していると、程なく劇場へ到着する。
「ファスさんは初めて来たよね」
「うむ。あれじゃろ、若い娘がうっふんあははして、皆を魅了しておる場所と聞いておる」
「師匠、それだと……ちょ、ちょっと如何わしい場所みたいだから止めてください……」
「ふむ?」
ファスさんが首を傾げて『違うのか』と言い、マキナが劇場とアイドルについて説明をしていた。ちなみに『そういう場所』は王都やガストの町には無いけど、他の町ならあるところにはあるらしい。……俺は行かないけど。
「えっと、裏口から入るんだよね?」
「ああ。話はクライノートさんから伝わっているはずだ。行こうか」
劇場の表から裏口へ移動を始める俺達。そこでウルカが後ろ髪を引かれるといった感じで劇場の入り口を振り返る。
「この時間だし、今日は終わりかな? 僕もヘレナの活躍を見てみたいな」
「あ、それじゃ依頼を完了した後に見に来ようよ。私もまた見たいのよね。ラースの衣装ととても良く合ってるのよヘレナ」
「そうなんだ。十歳のころから可愛かったし、納得はできるかな」
<学院を去ってしまったからな、我も見てみたいぞ>
「さて、それじゃそれを見るために仕事を終わらせようか」
裏口にある受付のお姉さんは相変わらずマキナをアイドルに推そうと突っ込んでくるが、やんわりとファスさんが断っていた。後継者だからそこは必死なのか。
そのままヘレナが居る楽屋……ではなく、クライノートさんのところへ向かう。相談はヘレナだけど依頼主はクライノートさんだからである。
『関係者』札を首から下げた俺達はやがてオーナー部屋へたどり着きノックをする。
「こんばんは。ラース=アーヴィングです。依頼の件で訪問させていただきました」
「おおー、来てくれたか! どうぞ!」
クライノートさんの嬉しそうな声が聞こえてきたので中へ入ると、すぐに笑顔でソファまで案内してくれた。
「やあ、ご足労頂き申し訳ない! おや、初めて見る顔もあるな。私はクライノート、この劇場のオーナーです。おふたりも依頼を受けてくれたのですか?」
「はい! 僕はウルカと言います。幽霊やアンデッドの専門の冒険者として登録している者です」
ウルカはギルドカードをクライノートさんの見せ、俺も横目で見ると確かに専門である刻印がされていた。次にファスさんが名乗りを上げる。
「ワシは雷撃のファスという。冒険者よりも格闘家として活動をしておるが、今はマキナの師匠じゃ。よろしく頼む」
「おお……! あの雷撃ですか! 山で暮らしているとは聞いていましたが、お会いできて光栄です。実はあなたの活躍を演劇にしたいと思っておりまして」
「な、なに……!? い、いや、そんな良い話などないぞ」
「いえいえ、何をおっしゃいます! 武闘大会での活躍や盗賊団を壊滅させた話は有名ですぞ? それにド――」
「ええい、そ、その話は今は関係あるまい! らーすよ、話を続けてくれ!」
「あら、師匠が照れてる」
マキナの言う通り、珍しく焦りながら顔を赤くしているファスさん。『ド』の後が気になるけど、俺の肩に乗ったその『ド』が付く生き物が口を開いた。
<我はサージュ。古代竜だ。ラースやマキナ、ウルカとヘレナは友達だ。事件解決のため協力しよう>
「へ……? そ、そりゃドラゴン……かな?」
「ちょっとこっちの事情で呼んだんだけど、ヘレナが困っているって聞いてこっちに来させてもらった。夜だし、騒ぎにはならないと思う」
「あ、いや、それは構わないが……ドラゴンまで飼っているのか……」
「サージュは友達だからペット扱いはやめて欲しいけど……それより早速で悪いけど、話を聞かせて欲しいんだ」
「もちろんだよ、幽霊のことかい?」
クライノートさんの言葉に俺は頷き、話を続ける。この話で一番気になっていたことを確認したかったからだ。
「クライノートさんはこの劇場のオーナーになってどれくらい経ちますか?」
「ん? そうだなあ、私がこの劇場を買い上げてからそろそろ十年ってところかな? それがどうかしたかい?」
「ではお伺いします。この十年で今回以外に幽霊騒ぎがあったことはありますか?」
「え? うーんそうだな……そう言われれば、聞いたことが無いな」
「なるほど、ではこの劇場で自殺した、または誰かが死んだというようなことは?」
「私がオーナーになってからは無い。だが、この建物も百年は経つ古いものだから、そう言ったことはあるかもしれんな」
自分がオーナーになってからは無いと断言するクライノートさん。人柄から考えて嘘ではなさそうだ。俺が確認したかったことは聞けたので良しとしよう。
そう、この幽霊騒ぎだが、ヘレナも六年は通っていたはずの劇場で、今まで出なかったものがどうして出てくるようになったのか? それが気になっていたことだった。
ウルカを呼んだのは『幽霊を感知する』のではなく『もしかしたら居ないのでは』ということを調べるためだったりする。
「ラース君の言いたいことはなんとなく分かった。前オーナーは私の父親でね、そう言った話がないか聞いてみることにするよ。時刻は……二十二時か。劇場のみんなが居なくなるまであと一時間ほど待ってくれ。そこから見回りを頼むよ」
「承知しました。みんなもいいね?」
俺が尋ねると、全員が頷く。
クライノートさんがお茶を出してくれ、他愛ない話をした後、俺達は夜の劇場へと足を踏み入れる。
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