第三百十七話 探索と脱走
「うう……暗い……」
「掴まってていいから、落ち着いてマキナ。それにしても撤収が早いな、廊下の光は火の魔道具かな」
「雰囲気があるのう。ダンジョンに潜っている時のようじゃ」
23時を回ったのでオーナーの部屋を出ると、すでに廊下に人の気配は無くなっており、役者やアイドルも姿を消していた。
静まり返った薄暗い廊下は慣れていても出そうな雰囲気はファスさんの言う通り、マキナじゃなくても背筋が冷えるものがある。
「もうちょっと灯りを大きくしようか<ライトアップ>」
今まではファイアを灯りにしていたけど、燃え移る懸念を考えてグラスコ領で生活魔法のライトアップを使えるようにした。
俺は攻撃や古代魔法に特化した覚え方をしたから生活魔法はあまり習得していなかったんだけど、マキナが訓練をする横で俺も色々覚えないといけないなと思い、暇がある時には魔法を習得している。
それはともかくライトアップを頭上に浮かし、やや明るさが増した廊下を歩く。そこで劇場の地図を広げていたウルカが声をかけてきた。
「この劇場、古いけどかなり広いね。百年前にこれだけのものが作られたのは驚きだ。えっと、こっちが劇場で二階も同じ間取り……劇場の裏手には演者が間借りしている宿舎で、左が女性、右が男性のいる建物みたいだ」
「ミルフィは宿舎だったわよね。ヘレナはお母さんとこっちに来ているから自宅だけど」
ウルカの言う通り劇場の裏手には宿舎がある。そこへは控室や楽屋のある裏手からしか行けないようになっている。他には演劇をやるメインの大ホール、アイドルのライブをやる中ホールが二つ。一般の人が借りることができる小ホールが二つ。それが一階と二階に同じ間取りで存在する。
「実際出るとされているのはどこなのじゃ?」
「二階の大ホールと一階の中ホール。中ホールはミルフィがホールに忘れ物を取りに戻ったとき、ぼんやり観客席に立ち尽くす男の姿が見えたと言っていた」
「大ホールは太った男だったらしいって言ってたわ……ど、どっちから行く?」
マキナが恐る恐る俺に尋ねてくる。俺は番目撃が多かったのは一階の中ホールへ向かうことにする。
「左の中ホールだな。前にヘレナがライブをしたところだし、目撃も多い。知り合いが活動するところだから最初に見て行こう」
「そ、そうね……それじゃ行きましょうか……」
「うむ、その意気じゃぞマキナ。ラースのことじゃからいつかダンジョンに挑戦することがあるかもしれん、今の内に克服しておくのじゃ」
「俺ってそんな無茶なことをするやつに見えるのか……?」
ファスさんの言葉に納得がいかない俺が振り返ると、三人が頷く。そこでサージュが笑いながら俺に言う。
<我の攻撃を止めようとしたり、その歳で古代魔法を使えるからな。それに家族や友達のためなら躊躇いなく我のような強き者を相手にするだろう? そういうところだ>
「まあ、確かにみんなが困っていたら俺は何とかしようとはするけど、無茶はしないって決めてるから、よっぽどでもない限りダンジョンみたいなところには行かないと思うけどね」
「でもラースってすぐ巻き込まれるから分からないわよ? ねえ、セフィロ」
「!」
マキナがくすりと笑いながらそんなことを言い、セフィロが花を咲かせる。おおむねバスレー先生のせいだと思うけど……などと考えながら俺は中ホールの扉を開ける。
前に来た時のような熱気は無く、シンと静まり返ったステージ。ほんのり明るいことが逆に恐怖を誘ってくるなと目だけを動かして思う。マキナは両手で俺の袖を掴み及び腰の状態でぴったりくっついていた。
「ウルカ頼めるかい?」
「もちろんだよ【霊術】」
ウルカが目を瞑って魔力を集中してスキルを使う。さて、これで解決できればいいんだけど……
◆ ◇ ◆
「わー、上手だねーアッシュ」
「いい子いい子!」
「くおーん♪」
「はは、アッシュばかり構っていると、子雪虎が不貞腐れてしまうよ」
――家のリビングでノーラとアイナがアッシュと遊んでいた。ラース達が出て行ってすでに二時間が経過し、そろそろ二十三時を越えようとしていた。
「ふう、もうこんな時間だねー。そろそろ寝ようか、デダイト君ー」
「そうだね。アイナもいつもならこの時間は眠っているし、休もうか」
「えー、アイナもうちょっと遊びたいよ」
「今日はお母さん熊の体を洗ったりして疲れているからすぐ眠れると思うよ。多分違う家で興奮しているだけだからさ。僕も昔、ベルナ先生の家に泊まった時そんな感じだったし」
デダイトが優しくアイナの頭を撫でると、少し不満気な顔をしていたがアイナはおとなしく承諾した。
「それじゃ、オラはベッドの用意をしてくるねー」
「はーい」
と、ここでノーラがリビングから離れ、アッシュに異変が起きた。
「……くおーん? くおーん!」
「にゃーん……」
「どうしたのアッシュと猫ちゃん?」
アッシュと子雪虎が部屋の中をウロウロしながら必死に匂いを嗅ぎ始めた。それを見たデダイトが慌ててノーラを呼ぶ。
「ノーラ、ごめん。ベッドは僕が用意するよ。こっちで魔物の相手をしてあげてくれるかい?」
「ええー、ちょっと離れただけなのにもうー? よっぽどラース君が好きなんだねー」
「くおーん! くおーん!」
「ふにゃー!」
ラースがノーラを呼んだ理由。それは出かける際、【動物愛護】でアッシュ達の気を引いてもらうためだった。スキルを使うと、飼い主であるラースとほぼ同じ程度、もしくはそれ以上に動物を懐かせることができるので、ノーラが構っている隙に抜け出してきた。
一種の魅了効果に近いものがあり、ノーラが意識的にスキルを解除しなければそう簡単に気が付かない。
しかし、ラースのことが大好きなアッシュ達はノーラが離れた瞬間、ラースが居ないことを悟り、慌てて家の中を探し始めたというわけだ。
「くおーん……」
「うう、何かすごく落ち込んでるよノーラちゃん……」
「ううーん、悪いことしちゃったかなあ。やっぱり一緒の方がいいよねー。でもお仕事だから我慢して欲しいなー」
「にゃーん……」
結局、二匹はラースを見つけることができず、そのまま鳴き続けていた。最終的にアイナの抱き枕になって一緒に布団へ入るのだが――
「……くおーん……」
もぞもぞとアイナの手から逃れ、アッシュは体を震わせた後リビングへ行き、そのまま専用の出入り口を抜けて庭へと出た。
「にゃん」
「くおーん」
子雪虎も付いてきて、アッシュの背中に乗ると二匹は外に出ようと、鉄格子を揺らしたり木に登ってみるなど試行錯誤をこらすも小さい体では壁を乗り越えることは出来なかった。
「くおーん……」
途方に暮れた二匹。そこに、抱き枕が無くなったと感じて目を覚ましたアイナがやってくる。アイナもかがめば庭へ続く魔物用扉を抜けることができるのだ。
「あー見つけたよ。ほら、戻ろう。ラース兄ちゃんに怒られるよ」
「くおーん」
アッシュがダメか、と項垂れたその時、知った声が聞こえてきた――
「やれやれ、こんな時間まで働くとは、わたしにしては頑張りすぎですよ……まあ、福音の降臨調査が始まったから少しは……」
「くおん! くおん!」
「にゃああ!」
「うおお!? 見たこともない魔物が庭に!? ……って、アッシュの上に乗った子雪虎ちゃんじゃないですか。ダメですよ、吠えたら。大人しくしないとご近所さんに皮を剥がれます。おや、アイナちゃんもお庭に?」
「おかえりなさい!」
バスレーが何故アイナが庭に居るのだろうと鉄格子を開けて庭に入ろうとした瞬間……
「くおーん!」
「にゃあ!」
「あ!? ちょ、ちょっとダメですって!」
アッシュはチャンスとばかりにバスレーの足元をするりと抜けて表へ出て行った。アイナは驚いて後を追う。
「アッシュ、待って! 行ったらダメー!」
「アイナちゃんもダメ―!? 追いかけないと! ……って、ここは戸締りをしておかないと。待ってください!」
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