第三百十五話 便利屋ダイハチ、再び


 「ふう、結構難しいぜ。しかし、お前も変わってんなあ」

 「妹がどうしてもって言うから仕方なくなんだ。昼すぎくらいまでに出来たら助かるんだけど、どうかな?」

 「ま、何とかなるだろ。後は任せておけ!」


 さて、一夜明け今日は依頼の日。しかし、活動は夜なのでまだ自由時間である。

 今朝は早めに寝たアイナがセフィロとアッシュを連れて家の中を暴れ回り、遅く寝て夜に備えようとした俺達は無邪気な乱入者に起こされた。


 で、今はまたしてもダイハチさんを呼び、ラディアとシュナイダー用のお風呂を作ってもらっているところだったりする。俺達はそれほど気にならないがアイナにとっては激臭のようで、アッシュがラディナの下へ行った際は近づけなかった。それだけならただの我儘なので、俺が拳骨を落とすだけだがお風呂を作ったら二頭を洗ってあげると豪語したため急遽作成に至った。

 ラディナに合わせて大きな桶をイメージし、底は鉄板で熱を受け取れるようにした。ドラム缶風呂のように、鉄板に触れないよう底板も作ってもらっている。

 

 俺はそこに立ち会い、他のみんなは自由に過ごして貰っている。


 「右、左! 時にフェイントを混ぜるんじゃぞ」

 「はい!」

 「わあ、マキナちゃんの攻撃、速くなったねー! 今は全然見えないや」


 マキナはファスさんといつもの訓練を行い、ノーラがそれに付き合っていた。ノーラは結婚してからクーデリカ達には会っていないらしいので久しぶりの女友達だからだとのこと。兄さんは丸太椅子に座ってセフィロと一緒にその様子を見て微笑んでいた。

 そして庭の片隅では、ウルカとシュナイダーがハンモックに揺られている。


 「これいいなあ。僕もこういう庭がある家に住みたいよ……」

 「わふん……」

 「ハンモックは部屋でも使えるし、雨の日にやる野営なんかで役に立つからおススメだよ。一つ作ろうか?」

 「あ、それは嬉しい。是非頼むよ! お前のご主人は本当に凄いよ」

 「あおおん♪」


 ウルカに撫でられ、シュナイダーが短く喜びの雄たけびを上げる。シュナイダーのやつ、アッシュや子雪虎よりもハンモックに寝るのが好きなんだよなあ。

 それはともかく、ウルカ曰くハンモックに揺られて目を瞑ると集中できるらしい。f分の一の揺らぎというやつだろうか? 夜に備えて【霊術】を高めておきたいのだとか。


 そして我が家の我儘姫はというと――


 「アッシュー、こっちこっち!」

 「くおーん♪」

 「走り回るとこけるぞ? 芝は綺麗にしてあるけど」

 「大丈夫だよ、お家のお庭でいつもティリアちゃんと遊んでいるもんね!」

 

 ティグレ先生とベルナ先生の娘、ティリアちゃんはベルナ先生に似た性格で大人しいけど、活発に動くのはアイナとどっこいだから学院に通い出すのが楽しみだ。剣と魔法のエリートになる未来しか見えないけどね。

 それはともかく、アイナもアッシュも楽しそうなので、出会ったことは良かったのかもしれない。そんなことを思いながらお風呂づくりに目を向けると、サージュが俺の肩に乗ってきた。


 <ラース、どうだ王都は? ふたつの領では活躍したらしいではないか>

 「はは、どうしたんだい急に? とりあえず王都は平和だよ。みんないい人たちだからね。ただ、その活躍の部分はあまりいいことじゃない」

 <ふむ、聞かせてくれ>

 「……サージュには結末しか話していないけど、兄さんを殺しかけた黒幕であるレッツェルという医者が生きていたんだ。さらにあいつは〝福音の降臨〟という組織の一員だった。そしてそいつらはこのレフレクシオン王国で暗躍していている」

 <ということは……>


 サージュの言葉に頷き、俺は話を続ける。


 「ああ、オリオラ領もグラスコ領も、それに巻き込まれたってわけ。ベリアース国を根城にしているところまでは分かっているみたいだけどね」

 <こちらからは攻めんのか?>

 「バスレー先生が詳しいんだけど、国王様が様子見をしているみたいだってさ。……まあ国が囲っているなら戦争だし、慎重になるのは分かるけど」

 <ふむ……>


 サージュが目を瞑り何かを思い出そうと考え込む。しばらく考え込んだ後、カッと目を見開く。


 <む……!>

 「どうしたんだい?」

 <いや、何でもない。我の友達に面倒をかけるとは許せんなと思っただけだ。我の前に現れたら叩き潰してくれる>

 「なんだ、何か知っているのかと思ったよ。でも、ありがとうな」


 領地を狙う福音の降臨に怒りの声を出し、サージュは憮然とした表情のままアイナの下へ羽ばたいていった。

 そんな感じで特に騒動もなく平和に過ごしていた。騒動の原因になりやすいバスレー先生は城での仕事が忙しいらしく、今日も早くから城へ行っている。

 

 ――そして


 「おおい、できたぞー!」

 「あ、結構早かったな。行ってみるか」

 「アイナも行くー!」

 「くおーん!」


 アイナと遊んでいた俺はダイハチさんの声に振り向き、アッシュを抱っこしてアイナと一緒にお風呂へ向かう。すると、他のみんなも出来栄えが気になるのかぞろぞろと集まって来た。


 「また大きいのが庭に出来たわねー。そのうち庭も手狭になるんじゃない?」

 「その時はまた引っ越しするよ。元に戻して売りに出してもいいと思うし」

 「金持ちの発想はわからねぇな……とりあえず、湯を沸かしたらこいつを下に沈めれば鉄板に当たらなくていい。入るときはその階段を使うんだ」

 「オッケー。あ、ちゃんとシュナイダー用に底が浅い部分もあるね」

 「おうよ、オーダーはきっちりこなすのが俺の流儀だ! んじゃ、金は先に貰っているし俺は帰るぜ。改造したかったらまた声をかけてくれ」


 そう言ってダイハチさんは立ち去り、俺達だけが残される。何だかんだであの人、すぐ対応してくれるから助かる。今度別にお礼をしたいところだ。


 「ラディナには後で言うとして……早速お風呂を沸かそうか」

 「じゃあ、僕が水を入れよう。<ウォータ>」


 水魔法が得意な兄さんが桶に水を入れ、半分くらいになったところで桶の下にあるかまどに火を入れる。丁度いい湯加減になったところで二頭を呼ぶ。


 「ラディナ、シュナイダー。こっちにおいで」

 「ぐる?」

 「わん」

 「今からお前たちを洗うからお風呂に入ってくれるかい? アイナは裸足になってそこの台に待機して、体を洗う準備をするんだ」

 「はーい!」


 大人しくやってきた二頭は顔を見合わせた後、俺の言葉に従い湯に浸かる。それを追ってアイナが鼻をつまみながらブラシと石鹼を持って待っていた。


 ……ちなみに生活魔法の<ピュリファイ>を使えば恐らくアイナの嫌う匂いは取れると思う。だけど、俺がそれをすると、言えばやってくれるということになりかねないので、教育の一環としてアイナに洗ってもらうのである。

 さて、お風呂に使った二頭はというと――


 「が、がうう……」

 「わふん……」

 「あ、気持ちいいって言ってるよー」

 「ああ!? シュナイダーが湯船に!? 潜って……頭だけ出したわね。滑ったのか思ったわ」

 「さあ、ごしごしするよー! あ、アッシュも入るの?」

 「あはは、これならテイマーもいいなあ。僕もアンデッドと魔物で依頼を受けたりできたりして……?」


 おおむね二頭には好評だったようで、目を細めてゆっくり浸かるラディナとシュナイダー。それに続き、アッシュもラディナに抱っこされる形で一緒にお風呂に入っていた。凶悪な魔物なんだけど、この光景は癒される……


 その後はアイナが一生懸命ラディナの汚れをブラシで落とし、ノーラが撫でることで見違えるほどきれいになった。

 さらに、ラディナはお風呂がよほど気に入ったのか、陽が暮れるまで何度か出たり入ったりを繰り返していたのが微笑ましかった。


 さて、そんな楽しい時間も終わり、俺とマキナ、ウルカとファスさんは劇場へと向かう――

 

 

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