第三百十四話 おいでませ、ラース邸


 「くおーん……」

 「ごめんね、アッシュ。アイナはお母さんとか犬さんが嫌いで言ってるんじゃないんだよ」

 「わおん!?」


 シュナイダーが犬といわれて匂いの件と合わせてダブルショックを受けていた。けど、それはまあいい。問題はこの三頭がそんなに臭うか、という部分だ。俺はかがんでシュナイダーに顔を近づける。


 「ひゅーんひゅーん……」

 「どう?」

 「確かにちょっと獣臭いけど、魔物や動物ってこんなもんだと思うから気にならなかったな。兄さんもそうじゃない?」


 マキナに答えた後、兄さんを呼ぶと兄さんも俺と同意見のようで、アイナがそう思った経緯を推測し、話してくれた。


 「アイナって僕たちと違って小さいころから屋敷で暮らしていたから虫や動物と触れ合う機会が少ないからかもしれないね。サージュはオートプロテクションがあってあまり汚れないしさ。それと……」

 「それと?」

 「……アイナから逃げる時のラースって空を飛んで足音を消したり、インビジブルで姿を隠したりするから、隠すのが難しい嗅覚が自然と鍛えられたんじゃないかって思うんだ」

 「えー、そんなことってあるかなー」


 兄さんの突拍子もない言葉に俺もノーラと同じ意見だった。しかし、ファスさんが顎に手を当てながら口を開いた。


 「あながち間違いとも言えんぞい。例えば剣術や魔法にしても努力することで鍛えられる。故に、嗅覚も鍛えられるとワシは思う」

 「僕の【霊術】なんかはそんな感じですね。無意識に使うのが上手くなるのと似ているかも」


 ウルカもなるほどと、頷き経験則を語る。しかし当のアイナはそんなことはお構いなしにアッシュと子雪虎を抱きかかえて声を出す。


 「この子達は臭くないのになんでかなあ?」

 「あー、たぶんマキナやバスレー先生がお風呂に入れて洗うからだと思うよ」

 「じゃあ、一緒におふろにはいろー!」

 「くおーん♪」

 「にゃー……」


 元気よく答えるアッシュとは裏腹に、子雪虎は嫌そうに鳴く。まあ、寒いところ出身なのでお風呂は入りたがらないから仕方ない。いつもは体に水をかけてタオルで拭いてあげるくらいだ。それよりも――


 「シュナイダー達は体が大きいからそれは無理だな。さ、もう夜も遅いし、部屋に入ろう。お前たちも出迎えありがとうな」

 「わん!」

 「ぐるる」

 「がう」

 「うーん、仕方ないか。明日はきれいにしてあげるね!」

 「ではワシは戻るぞ、朝食に会おう」

 <我は庭で過ごさせてもらおう。親睦を深めておかねばな>


 アイナが玄関へ行くと、ファスさんは小屋へと戻っていった。サージュはハンモックが気に入ったようで、寝そべってそんなことを言う。

 とりあえず部屋の用意をしないといけないなと、俺は玄関のカギを開けて中へ招き入れる。


 「屋敷ほど広くないけどどうぞ」

 「いらっしゃい! 最近はいろいろな人が遊びに来るけど、泊まりはなかなかないから嬉しいわね」

 「いや、十分広いと思うけど……」


 ウルカが恐れ多いといった感じで肩をすくめ、兄さんとノーラは興味深げに内装を見ながら奥へと進む。そういえばバスレー先生はどうしたかなと思っていると、リビングのテーブルで突っ伏して寝ている彼女を発見した。


 「あー、バスレー先生だ! ……寝てる?」

 「シッ、もしかしたら寝たふりかもしれないよ……どうする、ラース?」


 警戒してるなあ……無理もないけど。しかし、テーブルには食事が置かれており、俺たちが帰ってくるのを待ってくれていたらしい。


 「……寝ているみたいだね、仕事があるのに珍しく料理をしてるし、兄さんたちに会えるのを楽しみにしていたのかも。起こすのも可哀想だし、奥の部屋へ行こうか。兄さんとノーラに使ってもらう部屋はそれなりに広いから」

 「そうね、それじゃノーラ手伝って」

 「うんー」

 「ラース兄ちゃん……アイナ眠い……」

 「ええー? さっきまであんなに元気だったのに。もう歯は磨いているだろうし、寝てもいいよ。俺はもうちょっと話をするからさ」

 「うん。アッシュ達と一緒に寝ていい?」

 「なら俺のベッドを使っていいよ。そっちの部屋だから」

 「……! はーい! いこ!」


 アイナは二匹を連れて、即座に俺の部屋へ入っていった。これで少しは静かになるかと俺は安堵のため息をはくと、兄さんが苦笑しているのが見えた。


 「えっと、ウルカはこっちの部屋かな。バスレー先生の部屋が近いけど、カギをかけておけばたぶん大丈夫だ」

 「不安しかないよ……それじゃ、荷物を置いてくる」


 そういいながらもうれしそうなウルカが部屋へ行き、俺はふたりにあてがう部屋の扉を開けた。


 「わ、広い寝室だねー」

 「ここは屋敷と遜色ないじゃないか。ふたりはどうして一緒に過ごしていないんだい?」

 「あ、いや、そういうのはまだちょっと早いかなーって……そ、それにほら、バスレー先生やファスさんも居るから兄さんたちみたいにイチャイチャできないって」

 「ぼ、僕たちそんなにイチャイチャしてたかな……?」

 「普通だと思うよー?」


 ……屋敷で父さんと母さん以上にべったりだったのに何を言うのか。性格はあると思うけど、結婚してからはもう早く家を出たいなって思ったのは内緒だ。


 「ま、まあ、ラースも結婚したら分かるよ。あ、ウルカ君が来たみたいだよ」

 「オッケー、それじゃ明日からのことを話そうか」


 とかいいつつ、近況報告がメインになりみんなで笑いあったのは仕方がないことだよね? 後、バスレー先生の料理は意外とおいしかった。

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