第三百十二話 条件付き可決
起き出してきたアイナが満面の笑顔で入ってくる。……最悪だ、アイナに見つかってはいけなかったのに……
「ノーラちゃん、クマさん!」
「うんー! ラース君、アイナちゃんに預けてもいいー?」
「あ、ああ。アイナ、寝てたんじゃないのかい?」
俺が尋ねると、アッシュを大事そうに抱えながら俺に顔を向ける。
「わあ、ぬいぐるみじゃなくて本物だ! うふふ、可愛い! えっとね、ノーラちゃんが部屋を出る時に開いた扉の向こうからラース兄ちゃんの匂いがしたから起きてきたの! あはは、くすぐったいよ」
「くおーん♪」
「匂いで……」
マキナがごくりと戦慄する。俺も同じ気持ちなので、マキナの肩に手を置いて頷く。するとアッシュを抱っこしたままアイナが近づいてくる。
「ラース兄ちゃんはいつまでいるの?」
「ん。俺はちょっとギルドの依頼で兄さんとノーラ、それとウルカの力を借りたくて帰って来たんだ。兄さんたちにはもう話をしているから、後はウルカに会いに行って帰るよ」
「え!? も、もう帰っちゃうの……? ラース兄ちゃんと一緒にご飯を食べたり、遊んだりできない……? 折角帰って来たのに……う、ふぐ……」
あ、いけない。俺達が王都に行く時に大泣きしたことを思い出し、俺は慌ててアイナの頭に手を乗せて話しかける。
「だ、大丈夫。依頼が終わったら兄さんとノーラをまた送りに来るからその時に遊ぼう」
「……アイナが寝ている時に帰ってこない……?」
「う……!?」
鋭い。
流石は俺の妹……五歳ながら現状を分析してアイナが寝ている時を狙って帰って来たと悟ったのかもしれない。俺が詰まっていると、アイナがついに涙を流す。
「いやぁだぁ! 久しぶりに帰って来たのにもう行っちゃうのいやぁ! アイナも一緒に行く!」
「ええ!? ダメだよ、まだアイナは小さいし、お仕事だからどっちにしても俺は居ないよ?」
「ラース兄ちゃんは七歳でギルドで依頼をしていたって聞いたことあるもん。アイナも大丈夫!」
「くおーん」
俺が兄さんを見ると『ごめん』といった表情で手を合わせている。俺が居ない間に色々と話をしたようだ。アイナを説得するにも、俺という前例があることがバレているのは痛い。アッシュに頬を舐められながらじっと俺を見るアイナに、どうしようか悩んでいると、母さんが口を開く。
「デダイトとノーラも行くし、アイナも連れて行ってあげなさいよ。そのクマちゃんもアイナが気に入ったみたいだし」
「いいのかい、母さん? ……まあ、昔はあの件で俺達を町に行かせなかっただけだから、母さんは気にしないか」
「そういうこと。あんたに会いたいって言ってたから、仕事なのに悪いけど、ちょっと一緒に居てやって」
そう言ってウインクする母さんに俺は渋い顔をするが、そこまで言われて置いていくのも可哀想かと頭を掻く。
「ノーラも居るし、ラディアやシュナイダーと遊んでもらったらいいんじゃない?」
「マキナ……分かった。なら連れて行ってやる」
「やったぁ!」
「くおーん♪」
あまり大きさの変わらないアッシュを抱きしめ、さっきまで泣いていたのはどこへやら。歓喜の声をあげるアイナ。だけど、俺は目線を合わせて言い聞かせる。
「でも勝手なことはしたらダメだぞ? ひとりでどこかへ行ったりとかな。もし悪さをしたら、サージュに連れて帰ってもらう。いいな?」
<大人しくできるな?>
「はーい! そうだ、ティリアちゃんとトリム君にも教えてあげないと!」
アイナがそう言って出ようとしたところで俺は首根っこを掴んで止める。アッシュが床に転がりセフィロが起こしていた。
「こんな時間に起きていないだろ? それにアイナしか連れて行かないから教えたら面倒になる」
「は、はーい……」
「元気な子じゃ、ワシもこういう子が欲しかったわい」
「おばあちゃん誰?」
「ワシはファスという。ワシも一緒じゃが、ええかの?」
「うん! おばあちゃんには優しくしなさいってママに言われてるもん! わたし準備してくるね! いこ、クマちゃん」
「くおーん!」
アイナはアッシュを連れて自室へと向かい、俺はため息を吐き、他のみんなは笑っていた。
兄さんとノーラも準備のため部屋に戻り、俺とマキナ、ファスさんは母さんの入れてくれたハーブティーを飲みながら待つことになる。滞在期間は五日ほどみてもらっているけど、なるべく早く解決して観光をしてもらいたいところだ。
「――でね、ベルナもティグレ先生も真面目だからティリアちゃん、すごく礼儀正しいのよ」
「あの子、ふわっとしているのはベルナ先生似だけど、剣の稽古の時は凄く鋭い動きをするんだよな。ティグレ先生の子ってすぐ分かるよ。ま、顔がティグレ先生に似なくて良かったと思う」
「怒られるわよラース。男の子だったらティグレ先生はカッコいいから似て欲しかったかもね。あら、子雪虎ちゃんはおねむみたいね」
「空の旅で緊張しておったのじゃろう。いつもより早いわい」
「この子は元気なのにねえ」
マキナが子雪虎を胸に抱き、母さんが一緒に遊ぶセフィロが頭に花を咲かせるのを見て微笑む。さっき家に一体欲しいというくらい気に入ったようだ。
そんな会話をしていると、荷物を持った兄さんたちがリビングへと戻ってくる。
「お待たせ、着替えと念のため装備を持ってきたよ」
「オラもー! 他にも動物がいるの楽しみー」
「まあ、ノーラは気に入るんじゃないかな? 親は二頭とも顔は怖いけど大人しいから」
俺の言葉にうんうんと頷くノーラ。その後ろからこれまた大きな荷物を持ったアイナが入ってくる。
「行こう、ラース兄ちゃん! アッシュも早く帰りたいって」
「くおーん♪」
「あれ、お前いいものもらったな」
アイナがアッシュを高く掲げると、アッシュの頭にはアイナが二歳くらいのころにニーナが作ったナイトキャップを被っていた。アッシュは満足気な声を上げて鳴くと、マキナが鼻を突きながら言う。
「会ったばかりなのに随分アイナちゃんに懐いているわね。ノーラの時はしんどそうだったのに」
「そ、そうかなー?」
「金髪だし、雰囲気がラースに似ているからかも? それじゃ、そろそろ行く?」
マキナが俺に目を向けたので俺は頷き父さんと母さんへ言う。
「それじゃ、慌ただしくて悪いけど家に帰るよ。兄さんたちを連れてくる時にまた話そう」
「ああ、頑張ってこい。……元気な姿が見られれば俺達は十分だけどな」
「ありがとう父さん。それじゃ、ウルカの家に行こうか」
「おー!」
「くおーん!」
「!」
そろそろ二十二時を回りそうな時刻なので早めに尋ねないといけないな。待っている間呼びに行けばよかったと今更気づく俺。それが頭に出てこないくらい、俺も何気に実家に帰って高揚していたようだ。
アイナに見つかったのは想定外だけど、俺とは違って王都はいい経験になるかもしれないと思うことにする。
俺達は夜の町をぞろぞろと歩き、やがて住宅街にあるウルカの家に到着し、玄関をノックする。
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