第三百十一話 実家にて


 「ははは、相変わらず速いなサージュは!」

 「♪」

 <当然だ、ゆっくり飛ぶ方が我にとっては難しいくらいだからな>

 「サージュ、アッシュと子雪虎が怖がっているからもうちょっと速度を下げられる?」

 <何? むう、これくらいで驚いてどうする。……仕方ない>

 「く、くおーん……」


 サージュが抗議の声を上げたところ、マキナがお願いと、サージュは速度を緩める。オートプロテクションのおかげで風と衝撃は籠に来ないけど高さがあり、微妙な揺れがあるのでアッシュはぎゅっと俺の胴体にしがみついて離れない。

 それでも恐る恐る籠から顔を覗かせるので、サージュの言っていることも分かっているようで可愛い。お漏らしをなんとか我慢しているようだ。子雪虎は籠の隅で丸くなり、セフィロは籠のへりに座り、ご機嫌な様子で体を揺らす。

 みんな性格が色々あって面白いなと思っていると、ガストの町の灯りが見えてくる。速度を落としてもあっという間に到着したのは流石サージュというところか。


 <よし、到着だ>

 「ありがとう、サージュ。うーん、久しぶりだな家も」

 「立派な屋敷じゃな。しかし次男とはいえ、お主の力なら家に居ても良さそうなものじゃがのう」


 庭に降り立ち、俺が背伸びをしているとファスさんが屋敷を見上げてそんなことを言う。いつものことだけど、ファスさんに向きなおって返答をする。


 「俺のスキルって【器用貧乏】なんだけど、昔このスキルを授かった人が不遇な目にあったらしいんだ。だから将来、未来にこのスキルを授かった人がきちんと使いこなせるようにと、悪いイメージを払拭するため家を出て外の世界に出たんだ」

 「ラースは昔から努力しているんですよ、師匠。古代魔法だって、簡単に使えるようになったわけじゃないもんね」

 

 俺の代わりにマキナが得意げに言うと、ファスさんはマキナのお尻を叩きながら笑う。


 「なるほどのう。常人なら金があるだけで働いたりせん。努力も貴族で出来る者はそうおらん。マキナはそんなラースに惚れたのじゃな。ワシも若かったら危ないかったわ、ほっほっほ」

 「も、もう、師匠ったら。旦那さんに怒られますよ」

 「もう五年も帰ってきておらんあやつなぞ知らんわい。ほれ、ラース用事をするのではなかったのか?」

 「ああ。アイナが寝てくれていると助かるけど……セフィロ達、行くよ」

 「!」


 庭に寝転がっていたアッシュと子雪虎を労っていたセフィロが立ち上がりこちらへ来ると、よろよろと二匹もついてくる。ま、ドラゴンと一緒で空を飛んだんだ、いい経験になったんじゃないか?

 とりあえずマキナとファスさんに預け、家の鍵を開けて中へ入ると、リビングから声が聞こえてきたので足を運ぶ。


 「ただいま、ちょっと戻って来たよ」

 「え? ……ラ、ラースじゃないか! どうしたんだ? 教えてくれれば出迎えたのに!」


 リビングに顔を出すと、父さんが大きな声を出したので慌てて口をふさぐ。みたところアイナは居ないのでやはり寝ているのだろう。ここで起きられるのはうまくない。


 「シッ! アイナが起きたら面倒になるから普通に頼むよ。久しぶり、兄さん、母さん」

 「ははは、ラースらしいね。久しぶり、その様子だと元気そうでなによりだよ」

 「ちゃんと食べてる? 危ないことはしていないわよね?」


 母さんが俺のところに来て抱きしめてくれ、父さんが肩を叩いてくれた。相変わらず過保護気味な家族だと思いながらふと足りない人物について尋ねる。


 「あれ? ノーラは?」

 「ノーラはアイナを寝かしつけに行ってくれているよ。あ、マキナちゃんも一緒だったんだ」

 「はい! お久しぶりです!」

 「と……そちらは?」


 父さんが首を傾げてファスさんを見て口を開く。


 「ワシの名はファスという。訳あって、マキナの格闘の師をやっておってな。ラースの家に厄介になっておるのじゃ。息子さんは立派な男じゃ、安心して良いと思うぞ」

 「あ、これはどうもご丁寧に。私はここガスト領の領主でローエンと言います」

 「妻のマリアンヌです」

 「ラースの兄、デダイトです。父さん、立たせたままは悪いよ」

 

 兄さんが気を遣ってそう言うと、父さんは慌てて俺達に声をかける。


 「ああ、すみませんこちらへどうぞ。……王都で一緒に住んでいるのか? 借家だと狭いだろう」

 「それは――」


 と、話そうとしたところでリビングの扉が開かれ、ノーラが笑顔でこちらに走ってくる。


 「あー! ラース君にマキナちゃん! 久しぶりだねー! どうしたのー?」

 「久しぶりねノーラ! 元気だった?」

 「うんー。毎日楽しいよー! って、あああああああ!」

 「うわ!? ノーラ、静かに、アイナが起きてくるだろ」


 しかし、ノーラは俺の声などなんのその。マキナが抱っこしているアッシュと子雪虎を見て声を上げる。


 「わあああ、子グマちゃんだよー……! こっちはネコちゃんかなー? 可愛いよー!」

 「くおーん?」

 「にゃー?」

 

 顔を近づけて目を輝かせるノーラに首を傾げる二匹に、ノーラはさらに興奮する。


 「抱っこ! 抱っこしてもいいー?」

 <こ、こらノーラ、静かにしろ>

 「わ、渡さないと大人しくならないかも……こんなノーラ初めて見たわ。ラース、いい?」

 「ああ、いいか? アッシュ」

 「くおーん♪」

 「うわーん! 可愛すぎるよー!!」


 お許しが出た途端、ノーラはアッシュを抱っこし、顔をぐりぐりとくっつけ、鼻にキスをする。マキナの言う通り、こんなノーラは初めて見る。子雪虎共々ひとしきり撫でた後、自分の膝にアッシュと子雪虎を置いてソファに座る。


 「満足したかいノーラ?」

 「うん! デダイト君も撫でるー?」

 「くおーん……」

 「ふにゃーん……」

 

 憔悴しているアッシュを見て、兄さんが優しく撫でると、父さんが話を続けてくれる。


 「こほん。まあ元気がいいのはいいことだ。で? 急に戻って来たのは理由があるんだろう?」

 「うん。とりあえず今まで何をしていたか話すよ――」


 と、ファスさんとの出会いやバスレー先生が居候していること、オリオラ領、グラスコ領でのことなど今まであったことを話し、劇場の幽霊騒ぎ解決のため、ウルカを迎えに来たことを伝える。


 「うん? それじゃ顔を見せに帰って来ただけかい?」

 「えっと、兄さんとノーラには申し訳ないんだけど、夜仕事に出るんだけど、その間、家にいる魔物の面倒を見てもらえないかなと思ってさ。テイマー資格があるから連れだせるけど、いざという時に動けないのは困るから」


 セフィロはともかく、アッシュと子雪虎は甘えん坊なので連れていくと仕事にならないかもしれないと告げる。


 「ふふ、この子はいいのね」

 「ああ、トレントのセフィロは賢いからね。喋れないし。ノーラの【動物愛護】なら預けていて安心だからね」


 母さんはちょこちょこ動くセフィロが気に入ったようで、テーブルで小躍りしているセフィロを突きながら笑う。タンジさんのところでもいいんだけど、大人しくしてくれなさそうな気がするからね。

 するとノーラは満面の笑顔で立ち上がる。


 「オラ面倒を見るよー! デダイト君はお仕事、大丈夫ー?」

 「うーん、隣村の視察があるんだけど……」

 「ああ、それは俺が行くから大丈夫だぞ。新婚旅行がてら、王都の見物をしてきたらどうだ」

 「いいのかい父さん?」

 「やったー! クマちゃん達と一緒だー!」

 

 兄さんが驚きながら尋ねると、父さんはにやりと笑って親指を立てた。よし、兄さんが問題なければノーラは連れていける。


 「よし、それじゃ急ごう。次はウルカの家へ――」


 と、俺が立ち上がったところでリビングの扉がキィっと開く。この時間にメイドは別にある建物か自宅へ帰るので居ない。


 <いかん、ラース窓から脱出を……!>


 いち早く察したサージュが窓をあけて叫ぶが、それより早く扉を開けた人物が満面の笑顔でダッシュしてきた!


 「あー! やっぱりラース兄ちゃんだ! 久しぶりの匂いだからすぐわかった! あ、クマのぬいぐるみだ! プレゼントかなあ? おかえり、ラース兄ちゃん!」


 もちろんダッシュしてきたのはアイナ。

 どうも、騒いでいた声や物音で起きたわけではなく、俺の匂いで目が覚めたのだとか。……怖いよ、アイナ……

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