第三百九話 厳しいレシピと料理の世界


 「……これは!! ハンバーグもいいけどこれもすごく美味しい! じゅわってなるのはなんで? 鶏肉かしら?」

 「ワシはこれ、好きじゃのう。鳥の旨味が熱々に凝縮されておるわい。酒が欲しくなるのう」


 外はカリっと、中はジューシィに仕上げた唐揚げを食べたマキナは初めての感覚に驚き、ファスさんもべた褒めだ。しかし、ヘレナとミルフィは複雑な表情でおいしそうに食べている。


 「うう……美味しい……でもこれは、悪魔の食べ物……」

 「ア、アタシは食べるわよ……食べた分動けばいいし……」

 「い、いらないなら私がもらいます、けど?」

 「レイラはいいわねえ、マネージャーだから……ちなみにあげないけどねえ?」

 「……残念……」


 アイドルの体形維持は大変なので、油ものである唐揚げは憎い敵というわけだ。だけど、三つずつ用意した唐揚げはすでにお皿から消えていた。

 そして魔物たちにももちろん分け与えていて、専用の餌箱にハンバーグと唐揚げを入れてやっている。


 「くおんくおん♪」

 「ふみゃ~ん♪」

 

 セフィロは食べられないので桶に張った水を吸っている。アッシュは熊だけあってハンバーグ。猫科だからか子雪虎は唐揚げの方が好きみたいだな。唐揚げ一個と、ハンバーグを少し交換しているのは微笑ましい。


 「なにあのデッドリーベアの子、一生懸命食べているの、かわいい~」

 「雪虎の子供もかわいいわよ? 首輪に周りの熱を下げる魔法がかかっているとみたわ」

 「あ、食事中は近づかないでくださいね」


 口の周りをソースでべたべたにしたアッシュを触ろうとお姉さん達が撫でようとするが、食事中の動物に飼い主以外が触るのはとても嫌がるのでやんわりと諫める。アッシュはおとなしいけど、噛まないとは限らないからね。

 そんな食事会は外野の視線もあり、少々目立ってしまっているけど困ることでもないので俺も自分の皿に乗った唐揚げを口に入れる。


 「うん、いい出来だ」

 「ぐうう……ぐうう……」

 「……うるさいよバスレー先生」


 もうすでに皿が空っぽになっているバスレー先生がうめき声か腹の音を表現しているのか分からない何かを口にしながら涙を流す。


 「いい出来でした……煮込みハンバーグとかいう新作もほんのり赤ワインの香りがして大人のわたしにうってつけでしたからね! しかぁし! この量はあんまりじゃありませんか!?」

 「いや、人を嵌めておいてそれはないよ。食べられただけマシだと思わないと」

 「わたしもおなか一杯食べたいぃぃぃ!」


 どこが大人なのか……テーブルに突っ伏すバスレー先生は無視して食事を続けていると、そこに久しぶりな人物が声をかけてきた。


 「なんか騒がしいと思ったらバスレーじゃないか。それに……久しぶりだねラース」

 「あ、オルデン王子! ……王子が食堂を使うの?」

 「う、げほっげほっ!? お、王子様!?」


 ミルフィがせき込み姿勢を正し、マキナ達もオルデン王子に目を向ける。外野も『バスレーと一緒なのはともかく、王子と顔見知りのあいつは何者だ?』みたいな声がひそひそと聞こえてるくる。


 「ああ、ごめんよ。食事を続けてくれ……って、なんだいこれは? バスレー」

 「うう……それはラース君が作った新作の料理です……わたしには全然食べさせてくれなかったんですよ!」

 「……どうせお前がなんかしたんだろう? ラースはそんなことをする人間じゃないと思うし。どれ、その丸っこいボールをもらっていいかい?」

 「いや、口はつけていないけど俺の食べかけだよ? 流石に恐れ多い」

 「いやいや、別に僕は気にしないよ。たまには僕や父上専用に作られた料理よりこういうのが食べたい……もごもぐ……。……!!」


 残っていた唐揚げを口に入れて満足げに咀嚼すると、次の瞬間、顔色が変わり、続けて俺のフォークとナイフを奪ってハンバーグを口にする。ああ、ちょっと、王子がやることじゃないよ……!

 

 「これもか!? ……決めた」

 「何をだい?」

 「ラースは僕専属のコックになってもらう……!」

 「ならないよ!?」

 

 真面目な顔で俺の肩に手を置くオルデン王子に俺は慌てて反論する。そこでバスレー先生も上半身をゆっくり起こしてから口を開く。


 「それはなりませんよ王子! ラース君はわたしが居候させてもらっているんです。城の仕事で疲れて食事が用意できなくなったら困りますからね!」

 「お前が居候させてるんじゃないのか!? いいや、これは凄い料理だぞ、給金は月三十万ベリルでどうだ!」

 「たっか!? ぐぬぬ……しかしお金ではラース君はなびきませんよ……!」

 

 一体バスレー先生は俺の何を知っているというのか。俺はため息を吐きながらオルデン王子にいう。


 「王子には悪いけど、俺はコックじゃないからそれはお断りさせてもらうよ。さっきコックさんには言ったけど、レシピは教えるから作ってもらってよ。難しい料理じゃないしな。あ、唐揚げはいろいろ粉を変えて試したい気がするな……マキナとファスさんは揚げ物好きそうだしトンカツも作ってみようかな」

 「ま、まだ新しい料理が出るんですか……? マキナさんの彼氏はとんでもない人ですよ?」

 「落ち着いてミルフィちゃん。まあ、小さいころからラースは凄かったからね、空も飛ぶし古代魔法が使える時点でそれはもうね」

 「くおーん」


 あっさり言い放ちながらアッシュの口を拭いているマキナに驚き、ミルフィがヘレナに振り返るが、ヘレナも今更と言った顔でハンバーグを口にする。


 「古代魔法……すごいんですね……」

 

 レイラさんも食事を終え、一息ついているところにオルデン王子が口を開く。


 「……よく見れば劇場で名高いアイドルとも一緒なんじゃないか……ラース、お前って王子の僕よりすごいよね……」

 「はぁい王子様、先日はありがと♪」

 「そ、そんなことはないと思うけど?」

 

 俺がそういうと、オルデン王子がため息を吐き、周りの人もマジでって顔をしている。


 「超がつくほどの人気アイドルと友達、可愛い彼女、この料理、僕もみたことあるけど古代魔法! よくわからないけど、この魔物達もラースのだろ? 僕たちの年齢でこんなに色々と話題のあるやつはいないよ!」

 「あ、ああ……確かにマキナは可愛いけど」

 「ちょ、ちょっと……」

 「さらにのろけられるとは……久しぶりに会ってこんな状況だったから興奮したけど、とりあえずバスレーが悪いってことでいいね?」

 「くっ……だいたいあってる……しかしわたしをこんな風にしたのはハンバーグと唐揚げを食べさせてくれなかったラース君ですよ……!」

 「大体あってていいのか……もう、そろそろうるさいからちゃんと用意したハンバーグと唐揚げを食べていいよ」


 俺は話ができないのでカートに隠していたバスレー先生用の皿を出してテーブルに置く。


 「うひょぉぉう! ラース君大好き!」

 「調子がいいわねぇ……」

 「いつものことじゃて」


 がつがつと食べ始めたバスレー先生にヘレナが呆れながら嘆息する。とりあえず大人しくなったかと話を続ける。


 「――まあ、そんなわけでバスレー先生に騙されて作らされたってわけ」

 「大変だな……事情は分かったよ。父上に聞いてみないと分からないけど、レシピ一つ十五万ベリルってところかな? 食堂のメニューが増えるのはありがたい。まあ、ラースが作った方が美味しいんだろうけど」

 「え? いや、別にタダでいいよ教えるだけだし」


 するとオルデン王子は指を立てて口をとがらせる。


 「ラースが一般で料理屋をやって、それを他の店が舌だけで真似するとかならそういうのもあるけど、これは完全にオリジナル料理だし、世に出回っていない。それをメニューに加える時はレシピを買い取るのが常識だ。『似たような料理』ではなくて『見たことがない料理』はそれだけ価値がある」


 むう、割と面倒臭い感じなのかと頭を捻る。まあ、パテントみたいなものだろうとは思うけど、勝手に真似されたらそれは分からないような気もする。だけど、オルデン王子いわく、勝手に料理を出すと必ず口コミで発覚するんだとか。


 「メニューに加えていいなら払わせてもらうよ。もしレストランに教えるなら、きちんとお金を取ったほうがいいかな? ラースが良ければ週に一度、ラースの料理教室みたいなのを開いてそこで一般の人にレシピを売ることもできる。料理屋じゃない家庭なら一万ベリルくらいで――」

 「待って待って!? ハンバーグと唐揚げでそこまでしなくてもいいよ!? でもありがたいから機会があったら考えておくよ。今は家に来る人しか食べさせないだろうしね」

 

 そういうと、オルデン王子はいつでも声をかけてくれと笑う。とりあえず話はこれで大丈夫かと思った瞬間、ミルフィとバスレー先生が声をあげた。


 「あ、だとしたらプリンも売りに出すのは難しいんですかね? いつか売ってほしかったんですけど……」

 「茶碗蒸しもですかねえ。プリンは女性に人気だと思うので、デザイナーの傍ら、あれも売りに出したらどうです? 人を雇って」

 「バスレー、詳しく」


 するとオルデン王子と女性騎士や魔法使い、メイドさんたちが身を乗り出してくる。余計なことを……!


 「いやいや、それはちょっと……みんな俺をなんだと思っているんだよ」

 「え? 私の彼氏で、凄い魔法使いよ?」

 「知恵が凄い男じゃな」

 「えっと、デザイナー?」

 「貴族に見えない貴族の息子かしらあ?」

 「テイマー……?」

 「わたしにご飯を永遠に作ってくれる教え子ですかね」


 間違っていない。バスレー先生は論外だが。しかし、マキナとファスさん以外はなんとなく納得がいかなないので俺は席を立つ。


 「……帰るか。ヘレナの依頼は無かったことにするよ」

 「嘘よぅ♪ ほら、アタシを好きにしていいからさあ」

 「ヘレナ……! 何言ってるのよ!」


 ヘレナの発言に別の意味でどよめきが起こり、マキナが激怒する。オルデン王子は笑いながら『やっぱりラースは面白いよ』と何が楽しいのか俺の肩を叩いていた。


 結局、プリンもいくつか作り、女性に大人気。

 レシピ代は後からということだったけど、料理を教えて城を出たのは……陽が傾き始めたころだった。

 

 料理をしている間、アッシュと子雪虎はいろいろな人に可愛がられていたけど、多くの人に囲まれてびっくりしたのか、帰るときはずっと俺の背中にしがみついて離れなかったのが可愛かった。逆に子雪虎はご満悦だったから、アッシュには度胸をもっとつけてやりたいなあ。


 とりあえずバスレー先生には家でハンバーグを一か月作らないと宣言しその日は終わった。でも料理はちょっと楽しかったのでまた他のものにも挑戦してみよう。


 そして、次の日。

 劇場のオーナー、クライノートさんから幽霊騒ぎについての依頼が入ったと、ギルドから連絡があった。

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