第三百八話 意地になるラース
「……」
「へえ、調理、上手いもんだな。肉をひき肉に……ほう……その腕前なら第一線でウチの厨房を戦い抜けるな。どこかで修行していたのか?」
「まあ、ちょっとレストランでね」
「あれ? ラース君、レストランで働いていたことがあるんですか? 初耳ですけど」
「あ!? 違う違う、実家で手伝っていたんだ」
「お、家でか。親の手伝いとは感心だな」
バスレー先生に言われて慌てて訂正する。レストランで働いていたのは前世のことだ。厨房もフロアもやっていたから、これくらいはできる。
城の人達がどんどん注文していくのを尻目の、俺は下ごしらえをしていく。今のはコックさんが玉ねぎのみじん切りを見て声をかけてきた。さて、ハンバーグを作るのはさして苦ではないけど、折角食材を用意してもらったから他にも料理を作ろうかな?
「この鶏もも肉と小麦粉を使ってもいいかな? 後、大量の油も欲しいんだけど」
「ああ、そこの鍋を使っていいぜ。……お、おい、油をそんなに鍋に入れてどうすんだ!?」
コックさんが慌てるのをよそに、俺は大きなフライパンにハンバーグを仕掛けると次の料理に取り掛かる。鶏肉と小麦粉といえばやはり唐揚げだろう。
この世界、何気に揚げ物は存在せず唐揚げはもちろん、トンカツや魚のフライといったものは無いのだ。 だけど、これだけの油と食材があり、バスレー先生に嵌められ、コックさんたちに煽られたので作ってやろうととむしゃくしゃしていた。
「油を温めている間に、下ごしらえだな。唐揚げはいろいろ作り方があるけど、俺はやっぱりもも肉の大きいやつがジューシィに揚がるから好きだな」
「おや、新しい料理ですか?」
俺の作業をチラチラと後ろから見てくるバスレー先生が黄色い声で俺に尋ねてくる。
「そうだね、折角だし試したいことがあったしね。油を大量に使うから家じゃなかなか難しいんだ。……まあ、楽しみにしててよ」
「んふふ、もちろんですよ。それにしても、領主の息子で料理がこれだけできる人はなかなか居ませんよ。貴族って料理を出されてなんぼのところがありますからねえ」
「まあ俺も家ではニーナやメイドのごはんばっかりだったよ。貧乏だった時代の母さんの料理が懐かしいね」
横でヘレナが食べたいといったサラダの用意をしながら俺にそんなことを言うバスレー先生。母さんも料理は好きなんだけど、屋敷に戻ってからは恐れ多いからって止められていたのを思い出す。
そんな話をしていると、コックたちの動きが固まり、一斉に俺の方を見て青ざめていた。
「ちょ、バスレー大臣、その子を領主の息子って言わなかったか……?」
「え? ああ、そうですよ。ガスト領主の次男でラース=アーヴィングとは彼のことです」
「なんでバスレー先生が言うのさ……聞かれなかったから言わなかったけど、まあ、そうです」
俺が笑うと、コックさんたちが慌てて並び、俺に頭を下げた。
「すみませんでしたぁぁぁぁ! ま、まさか貴族……それも領主のご子息だとは……」
「ああ、いいよ。家を継ぐわけじゃないし、今の俺は冒険者なんで気にしないで。だいたいバスレー先生が悪いからちゃんとお仕置きをしておくし」
「え!?」
バスレー先生はなぜ意外だという顔をするのか。自身が嵌めた罠のせいで俺は料理をする羽目になっているというのに。
「う、うーん……いいのか……?」
「とりあえず俺の作った料理を食べてくれると助かるよ」
そんな感じで作業を再開し、大きめに切った鶏もも肉に下味をつけて卵をくぐらせ小麦をまぶす。それを見ていたコックさんたちは興味津々といった感じになり、交代で俺の作業を見に来る。
「よし、油も良さそうだ。それ」
「おおおお……!」
じゅわぁ……と、油のいい音が聞こえ、唐揚げが浮いてくる。一気に入れると油が冷えるため、少量を揚げていくのがいい。
「焦げる前にハンバーグを弱火にして、付け合わせのニンジンも……うん、柔らかくなったな。ソースは……ああ、唐揚げは時間がかかるし、煮込みハンバーグにするか……ってうわあ!?」
俺の横で涎を出して目を輝かせているバスレー先生を遠くにやり、俺は最後の仕上げをして適当な皿をひとつ使い、ハンバーグを乗せ、小皿に唐揚げを入れてコックさんに渡した。
「これがハンバーグ?」
「くず肉をこねただけに見えるが……」
「こっちは鶏肉だったか。ふむ、珍しい調理法だ、海の向こうにある国がこういう料理を作るらしいけど」
「ま、冷める前に食べてよ。俺はマキナ達の分を用意するから」
「それじゃ、わたしも席についていますよ」
「……ごゆっくり」
笑顔のバスレー先生がマキナたちの下へ戻り、俺はにやりと笑いながら見送る。コックさんたちはそれぞれ感嘆の声をため息をはいて感想を言い合う。
「ナイフでスッと切ったら中からとんでもない肉汁が出てきたぞ……!?」
「それも驚きだが柔らかさはどうだ? これならお年寄りでも子供で気軽に食べることができる」すっかりしぼんじまってたけどこれなら満足するよ絶対!」
「ソースもステーキのように上からかけるのではなく、こうして一緒に煮込むことで味を凝縮させているんだな……肉汁と混ざるから旨みが逃げない……」
ハンバーグは上々だな、さて、初めて作った唐揚げはどうだろう?
「カリッとしてるのに中はふっくら……これも肉汁がジューシィ……嘘だろ、鳥の香草焼きや焼き鳥がかすんで見えるぞ」
「これはやべえ、ビールだろ絶対! くう……これだけしかねぇのか……あ、こら半分ずつにしろって!?」
「油で火を通すのか、これなら卵の雑菌も死滅する。考えているなあ」
よし、唐揚げも問題なさそうだ。さっきひとつ味見をして確かめていたけど、口に合うかは分からなかったからホッとする。すると、俺の前に味見をしたコックさんがずらりとならんで頭を下げてきた。
「こいつは脱帽だ、恐れ入りました、ラース様」
コック帽を外し、文字通り脱帽した全員がにっこりと笑うので、俺は嬉しくなる。
「呼び捨てでいいって。でも喜んでもらえてよかった。そんなに難しくないから、バスレー先生が昼ご飯を食べにきたら作ってみてよ」
俺がそういうと、コックさんたちが目を丸くして固まり、そのあとすぐに慌てふためいて俺に言う。
「できませんよ!? レシピが絶対必要ですし、これだけの料理だと使用料で十万ベリルは取れる代物です……」
「え? 別にいいよ、レシピは教えるし」
「我々が困るのです! ああ、もう欲がなさすぎる! ……わかりました、この件は俺、コック長のビューが預からせていただきます。折角の料理が冷めるのはいただけません。お連れさんに持っていってください」
「あ、そうだね。それじゃ、また声をかけてよ。今日じゃなくても、バスレー先生に言ってくれればいいし」
料理を運ぶカーゴを押しながら俺は厨房を後にする。ハンバーグと唐揚げくらい別に気にしなくていいと思うんだけどなあ?
ま、それはともかくマキナたちへ料理を運ぶ。サラダは先にバスレー先生が持って行ったからここにはハンバーグ&唐揚げの定食セットがあるだけ。
「あ、来たわ! ……大変だったわねラース」
「まあね。プリンはないけど、新しい料理を作ったから食べてみてよ。ちょっとヘレナとミルフィには申し訳ないけど」
「そうなの? ってこの丸いのが新しいやつ? まあ、ハンバーグの話しか聞いていないから楽しみだけどねえ♪」
「うわあ……すごくいい匂い……」
俺は全員の前に皿を置き、ミルフィが歓喜の声をあげ、匂いでわかるのかアッシュが喜びのあまりこてんと後ろに転がった。
そして――
「……あ、あれ? ラース君、わたしのハンバーグ……」
「え? そこにあるだろ?」
「いや、ちょーっと……いえ、滅茶苦茶小さくないですかねぇ!? 唐揚げも一個って! マキナちゃんは三個もあるのに!」
「……勝手にハンバーグの話をして作らせたのは誰だっけ? 自分が食べたいからってわざわざ俺たちを連れてきてまで」
「ち、違うんです! 自慢したくて!」
「なお悪い! バスレー先生はそれだけ!」
「うおおおお馬鹿な!? わたしの計画では今頃山盛りのハンバーグが目の前にあったはずなのに!?」
ガチ泣きで叫ぶバスレー先生。効果はばつぐんだと俺は少し溜飲が下がる思いをした。
……だが、そんなバスレー先生に注目が集まり『あの料理はなんだ』と落ち着いて食事ができなくなったのは、言うまでもない……
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