第三百五話 訪問者


 「くおーん!」

 「!」

 「にゃーん」

 「ふふ、みんな元気ね。あの扉が通れなくなったら大人ってことかしら」

 「こいつらみんな甘えん坊だからいつになるやら……」


 アッシュはソファに座る俺の右太ももに顎を置いてごろごろと喉を鳴らし、子雪虎は左の太ももの上に乗っている。セフィロは俺の肩の上で頬を撫でている。

 正直とても懐いて可愛いのだが、こうべったりだと動けなくなるので勘弁して欲しい。でもアッシュの幸せそうな顔を見ると邪険にもできない……


 「今日は久しぶりにふたりきりなのに、悪いね」

 「ううん。私もこの子達が好きだし、こうしてゆっくりできているから大丈夫よ! ほーら、アッシュお腹撫でさせてー」

 「くおぉぉん♪」


 とまあ、こんな感じでソファに並んで座り、休みを満喫している。何故二人だけなのかというと、バスレー先生は当然だけど城へ仕事に行っていて、ファスさんは山にある小屋へ戻っているためだ。

 ファスさんは旦那さんが戻っていないかということと、マキナに技を教えるための自書を置いて来ていたと笑いながら出発した。

 ……多分、嘘じゃないと思うんだけど、最近慌ただしかった俺達に気を遣ってくれたのだと思う。


 「んー! 私もラースの膝を枕にしようっと!」

 「あれ、マキナも甘えん坊になったのかい」

 「だって、グラスコ領に行ってからデートもしてないし、修行ばっかりだもん。この子達が来てから、つい構っちゃうから中々ラースの隣に居れないし」


 マキナがそう言って口を尖らせる。久しぶりにマキナが不満を漏らしているのを聞いて俺は苦笑する。成人したとはいえ、もっと冒険者ギルドで依頼とかも受けたいだろうし、遊びにも行きたいはずだ。

 不可抗力とはいえ、家に人が増え、魔物も増えた。……正直なところマキナに甘えているのは俺の方だと常々思っている。

 

 「ん……」

 

 俺は寝転がっているマキナに顔を近づけ、口づけをする。マキナも分かったのか、目を瞑って受け入れてくれる。


 「いつも悪いね、ドタバタしているから構ってやれなくて」

 「……へへ、大丈夫。この生活は楽しいし、こうやって大事にされているなってことも分かるから大丈夫よ! これでまた修行頑張れるわ。ラースの横に胸張って立てるように修行頑張らないと」

 「十分だと思うけどね。俺には勿体ないくらいだ」

 「うふふ、ありがと♪ あら、あなたたちも?」


 キスをするのを見て自分もと顔を舐めてくるアッシュと子雪虎がくすぐったいのか目を細めるマキナ。俺に抱っこをせがんできたセフィロを抱えたところで――


 「はは……ハッ!?」


 ――俺は窓へ目を向ける。いつものパターンなら何のかんの理由をつけて戻ってきた妖怪婆擦霊が居るはず……


 「ど、どうしたの?」

 「……居ない。流石にそう何度も邪魔はしない、か? いや、バスレー先生が窓に張り付いていないか確認したんだよ」

 「あー……」


 びっくりした顔でアッシュを抱っこしているマキナも呆れ笑いで納得し窓を見る。しかし気配はなく、ホッとする俺達。しかしそこでシュナイダーの声が聞こえてきた。


 「わん! うぉふ!」

 「あれ? 誰か来たのかな?」

 「くおーん!」

 「にゃんにゃん!」

 「!」

 

 シュナイダーに触発されたのか、セフィロ達も家の隅にある、庭へ続く小さな扉をくぐり抜けて外へ行く。鉄柵があるから逃げ出せないけど、まだシュナイダーが吠えているので、マキナと玄関へ出てみることにした。


 するとそこには――


 「あらあ、わんちゃん? それに子グマにネコ」

 「うわわ、可愛いですよヘレナさん!」

 「……でも、後ろの大きいのはどうなのお?」

 「うわ……でも、子ネコちゃん、可愛いです……」

 「ヘレナじゃないか。それにミルフィとレイラさんも!」

 「あ、居た」


 そこに居たのはヘレナとアイドル見習いのミルフィ、それとマネージャーのレイラさんだった。しゃがみ込んで鉄柵の向こうに居る魔物達を見ていたヘレナが口を尖らせて立ち上がる。


 「やっと帰って来たわねぇ。すぐ戻るかと思って何度か来たけど居なかったし」

 「ごめんね、グラスコ領でトラブルがあって。ルクス君のピンチを救ってきたのよ」

 「ええー、ルクスを? 面白そうねぇ詳しく聞かせてよぉ♪ 上がっていい?」

 

 マキナが掻い摘みまくった説明にヘレナが興味を示して笑っていた。

 さっそく俺達が三人を家に上げると、回り込んできたアッシュ達に歓迎される。


 「くおーん!」

 「わ、この子って魔物ですよね? 飼って大丈夫なんですか?」

 「ああ、グラスコ領からついて来たんだけど、俺がテイマー資格を取ったから大丈夫だ。噛んだりするなよ、アッシュ」

 「くおん!」

 「こっちは毛の色が鮮やかですね……可愛い……」


 レイラさんは子雪虎を正面に据えてとろんとした表情をしていた。猫が好きなのかもしれない。それはともかく、リビングへ案内し近況を報告する。ヘレナは呆れてため息を吐いてお茶を飲む。


 「ふう……相変わらずトラブルに見舞われているわねえ。そんなふたりに話すのはちょっと気が引けてきちゃったわぁ」

 「あれ、何かあったの? 私でできることなら言ってよ。友達じゃない」

 「あら、そう? なら私と一緒に舞台に出てくれないかしらあ?」

 「そ、それはちょっと……」


 意地悪く笑うヘレナにマキナがアッシュを強く抱きしめ、びっくりしたアッシュが慌てて俺の膝に乗って来た。そこでセフィロを突いていたミルフィが口を開く。


 「ヘレナさん、本題を言いましょうよー。えっとですね、最近劇場に出るんですよ……」

 「出る? 何が?」

 「……幽霊、よ」

 「ふぇ……!?」


 特にこの世界じゃ珍しくもないけど、劇場に出るのは客足が遠くなりそうだなと思いつつ、アンデッドが苦手なマキナが変な声を上げて俺の腕を抱きしめた。とりあえず詳しく聞いてみようか?

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