第三百四話 大改造その二


 「にゃーん……」

 「がる……」

 「くおーん」

 「相当ショックだったみたいね……」


 ダイハチさんの作業の邪魔にならない隅っこで雪虎の親子が小さくなってか細く鳴き、名前を貰ったアッシュが慰めていた。それは逆効果だぞアッシュ……あ、ほらみろ、鼻を叩かれた。


 「ネコちゃんはお名前無いの?」

 「ああ、俺が飼っているわけじゃないからな。ほら、悪いけどアッシュと遊んでやってくれ」

 「うん! おいでアッシュ!」

 「くおーん!」


 チェルは笑いながら子雪虎から退散してきたアッシュを撫で回してやっていた。ボールとかあるといいかもしれないなとふと考える。とりあえず遊び道具は追々考えるとして、庭と家の改造を進めることにしよう。


 「すみません、ここに子ベアが通れるくらいの扉って作れますか? ……こんな感じで」

 「お、なんだ? へえ、図を書けんのかおめえ。……なるほど、どっちからでも開いて通り切ったら自動的に閉じる仕掛けか。面白いことよう考えるなあ」

 

 俺が提示したのはいわゆるウェスタンとかスウィングとか言われる、開いた後は勝手に元の場所に戻るタイプの扉だ。親は無理だけど、アッシュや子雪虎はそこを使って自由に庭と家の中を行き来させてやろうと思っている。


 「でも、この金属はどうやって作るんだ? 俺ぁわからんぞ」

 「ああ、これは昔知り合った鍛冶職人に作ってもらったからあるよ。はい」

 「ほう……見事なもんだ」


 あの蝶番みたいな仕掛けの名前は〝グレビティヒンジ〟というんだけど、アイナがよく扉にぶつかっていたから、アルジャンさんに頼んだことがあった。この世界にはまだ存在していないようなので、俺が第一号ってことになるかな。

 ちなみに古代魔法で〝クリエイション〟って魔法があるんだけど、材料があればそれで作ることも可能だったりする。しかし『俺が作らなかった』ということで察して欲しい。……そう、とても難しいのだ……。


 「材料がありゃ余裕だぜ! おら、バスレー犬と遊んでねぇでそこをどけってんだ」

 「なんですと!? わたしとシュナイダーが戯れているというのに……いけ、シュナイダー!」

 「ばおおう!」

 「邪魔するなって。さっきまで喧嘩してたくせに」

 「ひゅーん……ひゅーん……」

 「むう、仕方ありません。馬達の世話でもしてきましょうか。あ、晩御飯はハンバーグがいいです! 材料は買ってきますから!」


 ちゃっかりしてるな……いや、というか大臣自ら買い物に行くのはどうなのだろう? まあいいかと作業を進める。

 その後、陽が傾き始めたころにマキナとバスレー先生が買い物とチェルを家まで連れて行くといって家から出て行き、ダイハチさんの作業が終わる。


 「ふう、大仕事だったぜえ……」

 「お疲れ様。一日で出来るなんて凄いな」

 「おう、なんせこれで飯食ってるからな!」

 「ほう、これはええのう」


 元々整備されていた庭だったけど、目の前に広がる光景はかなり変わったものになっている。

 まず、玄関から入ってすぐ左が庭に通じているんだけど、強固な鉄柵を一枚貼り、玄関の門を通ったあと、もう一回門を通らないとファスさんの小屋にたどり着けないようにした。

 隙間もなく、子雪虎でも逃げられないようにした形だ。

 

 続いて馬小屋。

 庭の植栽を刈り取って広くし、手前にあった厩舎を奥に移動。広々と馬も庭に出れるようにした。藁は新しいのを運び込めるよう厩舎横の壁を、鉄の鍵付き扉を作った。鍵は内側にしかないから、ここから侵入するのは不可能に近い。厩舎はシュナイダーやラディアが襲えないよう、夜は扉を閉める。……多分大丈夫だと思うけど。


 で、シュナイダーの小屋はシンプルな犬小屋を模したものを一つ、馬とは真逆の壁に設置した。シベリアンハスキーくらいの大きさなので労せず作ってくれた。中には毛布とクッションを進呈しているので勝手に寝床を改造してくれると思う。

 デッドリーベアの親子は野生だと穴に住むから悩んだけど、洞穴に見立てるため大きな岩をくり抜いて洞穴っぽくした。

 これにはアッシュが大喜びで、ごろごろと転がっていたのが可愛かった。ラディアは早々に入り口に積んである藁を敷き詰めて巣作りをしていた。


 「にゃーん♪」

 「がるう♪」

 「ほう、ここは涼しいのう」

 「ああ、氷の魔法道具があそこにあるだろ? 二、三日は魔力補充しないでひんやりするから便利なんだ」


 名づけられなかったことに不貞腐れていた雪虎親子にも、もちろん家を与えている。猫っぽいので、庭の中央に高床式倉庫みたいな小屋を建ててもらい、そこに寝てもらうことにした。冷やしておかないとストレスで毛が抜けるらしいからよく冷やすため入り口は親雪虎が通れるギリギリにし、暖簾のようなシートをかけている。


 そして最後に、俺が自ら池を改造した。

 水を循環させればいいのだと、一旦池の水を抜き、壁の下から穴を掘って近くを流れる川まで掘り進み開通させた。もちろん池は別の方向へ抜けるようにもう一つ穴を掘り、川が流れる途中、家の池も経由するって感じだ。


 「池が生き返ったのう。少しじゃが、川魚も泳いでおる」

 「下流側には目の小さい網を張っているから池に迷い込んできた魚は捕りやすいと思う。新鮮な魚を食べられるかもね」

 「ふむ、ラースは賢いのう。お主と一緒だと年甲斐もなくわくわくするわい」


 ファスさんはそう言いながらシュッと池に手を伸ばし、一匹の魚を手にして笑う。折角自分の家だし、便利に暮らせるようにしたいんだよな。前世の俺はそういう自由も無かったからファスさんじゃないけど、俺も楽しかったりする。


 全部の確認を終えた俺はカバンから財布を取り出し、紙に包んだお金をダイハチさんに手渡す。


 「それじゃあ、報酬はこれで」

 「……確かに二十万ベリル頂いたぜ。いいのか? バスレーの知り合いだし、もう少しまけても構わんが」

 「いや、一日で全部やってくれたし、もっと払ってもいいくらいだ。だから取っておいてよ」

 「そうか? あの高い小屋も面白かったし、お前の仕事はまた受けてぇな。あばよ!」

 「ありがとう! 大丈夫すぐ頼むことになると思うから」

 「んあ?」


 夕飯は嫁さんが待ってるからと断られ、ダイハチさんは家から立ち去っていった。


 「それじゃ、マキナ達が戻るまでゆっくりしようか」

 「そうじゃな。あやつらも夕食まで寝かせておいてやろう」

 「はは、そうだね」


 遊び疲れたセフィロとアッシュ、それと子雪虎は、俺が自分のために作ったハンモックに揺られてぐっすり寝ていた。


 「それじゃ、そっと部屋へ戻ろうか」


 親ベアが運動できるくらい広げた庭を振り返り、俺は満足だと笑みをこぼす。さて、次はテイマー施設か、どうするかなあ。

 頭の中にある計画を遂行するにはどうするべきか考える。お金もかかるし、タンジさんに話をしないといけない。先にデザインを終わらせるか……?


 そこに思いがけない来訪者が――

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