第三百一話 お仕事


 「久しぶりレオールさん! 王都に来てたんだ」

 

 チェルと一緒に入ってきたのは、俺のアイドル衣装を卸してくれる商会のオーナー、レオールさんだった。最後に会ったのは学院の卒業式があってすぐだったから一年ぶりくらいになる。


 「久しぶりラース君。いやあ、探したよ、実家を訪ねたらもうこっちに来たって聞いてね。だけど僕が到着した時にはまだ居なかったんだ。で、ようやく家を見つけたと思ったらグラスコへ行ったって聞いてね」


 どうやら結構前に訪ねてきてくれたみたいだけど、入れ違いになってしまったらしい。途中、オリオラ領に立ち寄ったりしているので、運がなかったと言うべきか。


 「セフィロはチェルと遊んでて、奥は熊が居るから手前でね」

 「!!」

 「クマさん? いこ、セフィロ」


 セフィロは俺に敬礼をしてチェルを枝に乗せて運び出す。レオールさんが目を丸くしてぽつりと呟く。


 「あれはなんだい……? 木が動いていたみたいだけど? まあいいか。あ、マキナさんだね。ラース君の恋人は彼女だって聞いていたけど本当だったんだ。僕はブライオン商会の娘さんかと思ってたんだけど」

 「まあ、色々あったんだよ。お茶はこれでいいかな」


 俺がテーブルに案内すると、ありがとうと笑い口をつける。そういえば誘拐騒ぎは知らないはずだから無理もないか。とりあえず俺を探していたみたいだし、用件を聞いてみよう。


 「俺を探していたみたいですけど、何かあったんですか? 用事も終わって、しばらくゆっくりするよていですけど」

 「そうか! それは好都合だ。いや、ラース君なら知っていると思うけど、ヘレナさんが出入りしている劇場のオーナー達から新しい衣装の注文が入ったんだ。またデザインをお願いしたいと思って訪ねてきたのさ」

 「そういえば劇場に行った時に頼まれたような……」


 レオールさんは苦笑しながら頷き、話を続ける。


 「ラース君に聞く前から僕には打診があったんだけど、デザインが無ければ仕事は出来ないから断ってたんだ。受けてくれるかい?」

 「流石は商人、話が早いなあ。そうだね、需要があるみたいし今は急いでやることもないからいいよ」


 タンジさんのところは二日に一回くらいでいいし。

 俺がそういうと、レオールさんはにっこりと微笑み握手を求めてきた。それに応じると、即座にカバンから書類を取り出しテーブルに置く。


 「……本当、仕事が早いよね」

 「そりゃあね。人気のデザイナー、ラース=アーヴィングの衣装だから契約はさっさとするに限る。で、もうひとつお願いがあるんだけど――」

 「ん? 衣装だけじゃなくて?」


 俺が尋ねるとレオールさんは続ける。


 「別の国に行った時に、とある貴族の女性に頼まれたんだ。他にはない、一着。自分だけの服をデザインしてくれないか、って」

 「へえ、俺のデザインをそんなに気に入ってくれるなんて嬉しいな。俺は構わないけど? 納期は」

 「納期は三か月ってところかな。一応、契約書を作ってきたけど」


 最初からそのつもりだったか……昔からそうだけどちゃっかりしているなと思いながら契約書を手に取り内容を確認する。そこで金額の欄を見て驚いた。


 「ちょ……!? 服一着で五十万ベリルって!?」

 「まあ一点ものだからそれくらいだよ。流通に乗せないから利益にはなりにくい。となると、高額にするしかないんだ」

 「いや、でも依頼主が支払う金額は……」


 最低でも百万は払うはずだ。この五十万は俺の取り分で、デザイナー料としてもらう。しかし五十万しかもらわなかったら俺しか儲からないので、もっと支払う金額は高いはず……


 「僕は気が進まなかったから少し吹っ掛けたけど、向こうは納得して払うって言ってるから大丈夫だよ。それじゃ、これも交渉成立ってことで」

 「オッケー、ならすぐに取り掛かるよイメージとかは――」


 そこからは先方の求めるものがないかなどの打ち合わせをしていく。途中、俺の背後にスッと影がよぎる。


 「ん? 暗く……? ひぃ!?」

 「あ!? こら、こっちに出てきちゃダメだって言ったろ」

 「グルル」

 「くおーん!」


 俺に飛びついてきた子ベアを抱っこし、親をみると手には大きな桶を持っていた。あ、そういうことか。


 「ごめん、飲み水が無くなったんだね。池の水は汚いし、飲まないよな<ウォータ>」

 

 桶を水でいっぱいにすると、両手で器用に持ったまま親ベアは奥へと引っ込んでいく。子ベアは俺の膝の上でご満悦だ。


 「……あれって魔物じゃないのかい?」

 「あ、そうだよ。最近テイマーの施設に通っていて、この子と親、それと――」


 俺が口笛を吹くと、ヴァイキングウルフがサッと飛び出してきてお座りをする。


 「このウルフにあそこで遊んでいるトレントを飼っているんだ」

 「へ、へえ……そんなことまでできるようになったんだね」

 「あ、クマさん! わー可愛い……撫でていい?」

 「!」

 「くおーん♪」


 チェルより少しだけ小さい子ベアは満足げに鳴くと、そのままうとうとして寝てしまう。レオールさんは呆れた顔でその様子を見ていて話しだす。


 「凄く懐いているなあ。テイマー施設に預けなくても言うことを聞きそうだ」

 「まあ、こいつらは賢いからね。でもテイマー施設に雪虎って魔物が居るんだけど、そいつの子供は懐かなかったよ」

 「まあ、相性もあるって聞いたことがあるし、ラース君には合わなかったんじゃないかな」

 「たぶんね。練習で借りてたからもう一か月以上は会ってないし、俺のことは忘れてると思うよ」


 俺がそういって笑うと、ファスさんと一緒に訓練をしていたマキナが声を上げる。


 「え!? どうしてあなたがここに居るの? お母さんは……あ、待ちなさい!」

 「よくここまで来れたのう」

 

 どうしたんだろうと思った瞬間、俺の膝の上にいた子ベアの上にサッと小さな影がよぎり――


 「にゃーん!!」

 「あ、お前!?」

 「くおん? くお!?」


 子ベアの上には今しがた話題にしていた子雪虎が鼻息を荒くして立っていて、前足で子ベアの鼻を叩いた。叩かれた子ベアはびっくりして地面に落ちそうになったところをセフィロとチェルに救出されていた。

 えー……テイマー施設から逃げ出してきたのか? 俺は子雪虎を抱き上げながら訝しむ――

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