第三百二話 この泥棒熊!


 「にゃーん♪」

 

 尻尾を振りながら俺の膝でゴロゴロと喉を鳴らし顔を擦り付けてくる子雪虎。撫でてやると嬉しそうに鳴くが、俺は違和感を拭いきれず、抱きかかえる。


 「……お前、何でここに居るんだ? それと俺には全然懐いてなかったのに」

 「にゃっ!」


 俺が正面を見据えて言うと、顔を舐めてくる。とりあえずタンジさんに話をしないといけないなと思い、レオールさんへ声をかける。


 「ごめんレオールさん。こいつ、テイマー施設で飼われている魔物なんだけど、どうしてか逃げてきたみたいなんだ。衣装の件は承諾したから取り掛かるけど、先にこいつを返しに行かないといけなくなった」

 「そうなんだ。珍しい魔物だし、ここで飼っているのかと思ったよ。今日は食事をご一緒したいと思うから、あれだったらここで待たせてもらってもいいかい?」

 

 温くなったお茶を飲みながらウインクしてくるレオールさん。今日の仕事は俺に依頼をするだけらしく、時間に余裕はあるとのことだ。


 「ラースにいちゃん、クマちゃんが寂しそうだよ」

 「あらら、子雪虎ちゃんに鼻の頭を叩かれてびっくりしちゃったのね」

 「くおーん……」

 「!」


 セフィロとチェルが撫でて慰めているが、寂し気な目で俺を見てくるのでマキナに子雪虎を預けて子ベアを抱っこする。


 「ほら、お前男の子なんだからしっかりしろよ」

 「くお~ん♪」


 また甘えた声を出してきたのでホッとする。しかしそれも束の間――


 「あ、ダメよ!」

 「くおん!? ……くおーん……」

 「ふしゃー!!」

 

 何が気に入らないのか、マキナの手から逃れて俺の肩に乗ると、また鼻をぺちぺちとネコパンチで攻撃する。子ベアは必死に前足で防御しようとするが、やはり虎の子は速い。これじゃ子ベアが一方的にやられそうなので俺はかがんで二匹を地面に置く。


 「仕方ない、とりあえずどっちも取れないなら二匹とも降ろすとしよう」

 「にゃ!?」

 「くお!?」

 「マキナ、遊んであげててよ」

 「分かったわ。チェルちゃんもいいかしら?」

 「ファスさんも居るし大丈夫かな? その間にタンジさんを呼んでくるよ」


 がっかりしている二匹をよそに、玄関へ行こうとした瞬間、息を切らせた声が聞こえてくる。


 「そ、その必要は……な、ないぜ……はあ……はあ……」

 「あ、タンジさん!? ちょうど今行こうと思ってたんだよ。こいつ、脱走してきたんじゃないの?」

 

 俺が腹を出してマキナに大人しく撫でられている子雪虎を指さすと、タンジさんは俺のお茶を一気に飲み干して口を開く。相当慌てていたみたいだな……


 「ぷは……! そうそう、餌やりで広場に行ったときどこかに潜んでいたらしくて俺が受付の部屋に戻るときサッと抜けられたんだよ。今までこんなことは無かったんだが、よほど気に入られたなあラース達」

 「ぐるる」

 「あ、お母さんも来たんだ」


 それと同時に、玄関付近が騒がしいことに気づく。見れば近所の人達が庭の様子を伺っているようだった。


 「また大きな虎が入って行ったわよ?」

 「この前は大きな熊だったけど、ペットなのかねえ……」

 「狼も居たわ」

 「大丈夫かしら。魔物はおとなしいけど逃げたりしないか心配ね……」


 ……まあ、町の人達の気持ちは分かる。こんなに魔物がいる家は怖いだろう……俺はそそくさと子ベアと子雪虎を抱いて玄関へ向かう。

 

 「くおん?」

 「にゃーん?」


 どうしたの、といった感じで俺を見るが、構わず近所の人へ声をかけた。


 「あ、騒がしくてすみません。最近、テイマーの資格をもらって、テイムしたんですよ。ほら、可愛いでしょ?」

 「あら、子供の魔物は小さいのね! 撫でてもいい?」

 「ええ」


 二匹は女性には大人気で、ひとしきり撫でたら満足げに帰っていってくれた。……目論見通り、子猫や子犬系は心をいやす効果がある。ライオンの子供なんかも可愛いしね。


 「ふう……事なきを得たか。しばらく大丈夫だと思う。ん? 返せって?」

 「ぐる」

 「にゃーん!?」


 親雪虎が子を咥えて地面に寝かせると手で押さえて拘束し、じたばたと子雪虎が暴れだす。心配をかけた罰かな?


 「うーん、どうするかな……なあラース。こいつ、また脱走しそうだし、ここで預かってくれないか? もうこんだけ居れば一匹も二匹も変わらないだろ?」

 「え? まあ、飼ってたことはあるし、冷やした小屋も家の中にあるから別にいいけど……」

 「そうか! なら、頼むぜ。餌代はかかった金額分は払うからきちんと帳簿をつけておいてくれ。テイマーになりたいやつも来ないし、懐いているやつのところがいいだろうしな。まあ、もしテイマーになりたいってやつが来たら返してくれ。っと、仕事が残ってるからまた様子を見に来る!」


 慌ただしく庭を後にするタンジさんを見送り、いいのかなと思いつつ踵を返す。そこで俺は重大なことに気づいた。


 「あ!? 親も居る!?」

 

 そう、母親の雪虎も居残ったままだった。俺が連れて追いかけようとしたら――


 「ぐる」


 庭の奥へ行き――


 「くあぁ……」


 日陰になっているところに寝そべった。どうやら……居つくようだ……


 「また一緒に暮らすのね、よろしく」

 「にゃーん♪」

 

 マキナに抱っこされてご満悦の子雪虎を見て、チャンスとばかりに俺に突撃してくる子ベア。俺はしゃがみこんで頭と鼻先を撫でてやる。


 「くおーん」

 「はいはい、可愛い可愛い」

 「くおーん♪」

 「にゃ!?」


 それを不満に思った子雪虎が飛びかかり、子ベアと一緒にもみくちゃになりながら地面を転がった。子ベアも反撃を試みるが、素早さを活かした戦いにはついていけず、子ベアは庭の奥へ退散していった。


 「くおーん……」

 「ふしゃー!」

 「あ、まってー、仲良くしないとだめだよー」

 「!!」


 さらに追撃をかける子雪虎を追っていくチェルとセフィロ。それを見て苦笑しながらマキナが俺の横に立つ。


 「あはは、子ベアちゃんちょっと可哀想ね」

 「あんまりしつこいようなら子雪虎を叱らないとダメだね。ここで甘やかさないほうがいいと思う。それにしてもあいつマキナにしか懐いていなかったみたいなのに今更どうして?」

 「うーん、構ってほしいからかもしれないわね。相手にされないと追いかけたくなるじゃない? なんていうのかな……ルシエラさんみたいな感じ?」


 なんとなく言いたいことは分かるなと俺は思う。好きな子にいたずらをする子供みたいな感じとも似ているかもしれない。子ベアは優しいから、いいようにやられないか心配だ。


 まあ何にしても――


 「……庭、もっと改造しないとダメか……ファスさんの小屋から後ろの庭は考えよう……」


 厩舎の位置、池の排水と給水、子ベアと子雪虎が自由に庭と家を行き来できる扉に、塀の強化……脱走できないようにする柵などなど。

 

 翌日から改造に取り掛かると、そこでテイマー施設を救えるのではという閃きがひとつ芽生えた――

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