第三百話 情報と報復


 <レフレクシオン城>


 ――ラース達と別れたバスレーはすぐに城へと向かい、帰還したことを報告すべく謁見の間に足を運ぶ。ホールを抜けようとしたところでバスレーは声をかけられた。


 「戻ったかい、バスレーちゃん。お疲れ様」

 「何とか戻りましたよ。兄ちゃんも無事でなによりです。陛下はいらっしゃいますかね?」

 「この時間なら大丈夫だと思うよ。謁見の間じゃなくて会議室へ行こうか。ちょっと全員に話しておきたいこともあるし、ね」

 

 兄のヒンメルが出迎えてくれ、出発前と同じ部屋で集合するように促してくる。今日は戻って来た報告だけのつもりだったが長くなりそうな予感がし、バスレーは片方の眉を吊り上げる。

 先に会議室へ向かい、しばらく待っていると国王アルバートを含む大臣たちが入室し、それぞれ着席をしてアルバートの言葉を待つ。

 

 「皆の者、楽にして良い。さて、先の報告は聞いている。審問官ヒンメル、農林水産大臣バスレー、ご苦労だった」

 「ありがたきお言葉。グラスコ領では〝福音の降臨〟が暗躍しており、危うく領地をいいようにされるところでした。現在は元の領主であるザンビアは失脚し、息子が後を継ぎました」


 スラスラと経緯を述べて頭を下げると、アルバートは嘆息してバスレーへ言う。


 「まったくお主はいけしゃあしゃあと……メダリオンを持っていたから後を継いだ、など極論もいいところだ。本来なら臨時で選挙をせねばならんところだぞ」

 「いやあ、元教え子も頑張っていましたし、税収自体はザンビアさんの尽力があって一時期はガスト領よりも多かった訳ですし、まあいいかなと」

 「良くはないが……まあ、計画を潰したことで相殺するとしようか。褒美は少なくなるがな」

 「ええ、構いません。ラース君達にはきちんと与えてもらいたいですが」


 悪びれた様子も見せず言い放つバスレーに、アルバートは呆れたように笑い『考えておこう』と告げる。和やかなムードだったが、すぐにアルバートは真面目な顔に戻り、再び緊張が走る。


 「さて、オリオラ領から間もなく、グラスコ領でも奴らが動いた。幸い事件は片付いたが、いつまた暗躍を始めるか分からん。今までより一層警戒をするべきだろう」

 

 アルバートの言葉に全員が頷き、続けてヒンメルが挙手をして話を続ける。


 「今までは後手に回っていたが、これからはこちらで出来ることも多い。少なくとも福音の降臨と名乗る人間が現れれば拘束できる法を発足する予定だ。それと――」

 

 ヒンメルが手を叩くと会議室の扉が開き、手枷をはめられたオベライドとケルブレムが、フリューゲルと共に入って来た。ざわつく室内をアルバートがスッと手を上げ、静かにさせるとヒンメルが話を続ける。


 「さて、オリオラ領で暗躍していたケルブレムとグラスコ領で黒幕として動いていたオベライドという者です。少し、彼らの話を聞いて欲しいのですが如何でしょう?」

 「うむ。皆も良いな? ……特にバスレー」

 「ハッ!? ああ、すみませんちょっと熊酔いをしまして……」

 「なんだそれは……」


 うとうとしていたバスレーが窘められ、少し場が和むと、オベライドがゆっくりと口を動かす。


 「はは、こりゃ凄い。要人が一気に顔を揃えているのは壮観だね。さて、何を聞きたいんだい?」

 「そうだね……教主の目的、とか知っていると嬉しいけど、どうだろう?」


 オベライドの言葉にヒンメルが微笑みながら尋ねると、周囲を見渡しながら言う。


 「そういえばあのラースって奴は居ないのかい?」

 「彼は城で従事している人間じゃないからね。問題でも?」

 「いや、礼を言っときたかっただけだ。で、質問の答えだけど、答えはノー。というより、あんたには馬車で言ったがまったく分からない。最初に甘い言葉で仲間にされたけど、俺達は奴隷みたいなもんだ。絶対に逆らえない……刺青がある間は」


 するとそこでケルブレムが口を開く。


 「オベライドの言う通り、重要な役割だが目的は一切知らされないんだ。『領地を確保しろ』とだけ言われる。もちろん方法や人員は貰えるが……」

 「まあ、結局あの教主アポスが何を考えているのかは不明ってことだ」


 オベライドが肩を竦めて笑った後、ふと真顔になったケルブレムが大臣たち全員を見た後に言う。


 「俺達は刺青が無くなったからこうして話せるが、他にも泣く泣く、もしくは騙されて福音に入った人間も多い。だが、ひとつだけ注意をして欲しいことがある」

 「ふむ……それは?」

 「教主の下には十人、そういう『奴隷扱い』とは違う直属の人間がいる。一度だけ領地奪取の計画の説明の時に会ったことがあるが――」


 ケルブレムが汗をかきながらぽつりぽつりと呟くように語ると、オベライドも合わせて喋る。


 「あれは忠臣ってやつだね。あんた達大臣が国王を讃えているのと同じ。あれは絶対に裏切らない、そういうやつが十人居るってこった。戦力も申し分ない。アポス自身もやばいけど、あの十人もそれに匹敵する実力がありそうだ。今のところ、勝てそうなのは雷撃のファスとその旦那。それと……ラースだろうな。喧嘩を売るなら相当戦力を用意した方がいいよ、ベリアース王国の戦力もあるんだからな」

 「……ありがとう」

 「礼には及ばない。あの刺青から解放させてくれた情報提供ってやつだ。それにここなら簡単には死なないだろう。罪は……償う」


 ケルブレムの言葉にオベライドが頷くと、話は終わりだと再び牢へ連れていかれた。残った大臣たちは難しい顔でそれぞれ思案しているようだった。


 「やはり側近は居るか……」

 「どうしますか? ベリアース王国に教主が居ることをつけば報復措置は可能ですが」

 「迂闊に手を出すと戦争だが、見せしめねばならんか。ベリアース王国へ輸出している我が国でしか取れない鉱石量を減らせ」

 「は、そのように手配します」


 エバーライドを襲撃して手中に収めた後は、侵略戦争を行ってはおらず、きっちりと貿易をしている。各国の判断として、下手に断るのは得策ではなく、交易を続けていれば情報も入りやすいという理由もある。

 しかし今回のような件であれば、国を侵略する手はずを整えているという扱いに見えるため、武具を生産しにくくするため鉱石を絞ったというわけだ。


 「もう少し情報を集めるため斥候を増やすか?」

 「ああ、それでしたら一応手配しているので大丈夫ですよー」

 「ほう。早いな。信頼できるのか?」

 「まったく出来ませんね。しかし、きっとここぞというときに役に立つと思います」


 間違いなく、と不敵に笑うバスレーの言葉に頷き、アルバートは立ち上がって全員に告げた。


 「鉱石を絞ることで何らかの報復が考えられる。各領地へ通達。それと、腕利きをギルドへ送り込んで町の防衛にも尽力するように。それと斥候をベリアース王国へ送り込んでおけ」

 「あれ!? 信用されていない!?」

 「いや、自分で言ったんじゃない……信頼できないやつを手配したって……」


 いつものバスレーだなとみんなが口々に言う中、会議が終わった。


 ――十人の側近というの存在に不安を感じながら――




 ◆ ◇ ◆



 「はっ! やああ! ……ここで〝瞬雷〟!」

 「そうじゃ、相手の先を読むだけでなく、自分で相手の行動を誘導し、制限することも必要じゃ! そら、ワシの方が速いぞ」

 「あぐ……!?」

 

 帰って来た翌日から、庭で久しぶりにマキナとファスさんが修行に励んでいた。グラスコ領に居る間は何もできなかったから特にファスさんが張り切っている気がする。それはともかく、庭が凄いことになっている。

 それはもちろん魔物達の存在のせいだ。厩舎あんなに広かったはずの庭は、デッドリーベアが寝転んでいるだけで結構幅を取る。安心しきった子ベアを見るのは微笑ましいし、ヴァイキングウルフも日向ぼっこをして欠伸をするのは平和な証拠。


 ……まあ、平和なことはいいことだと庭の改造計画を考えながら庭のテーブルでお茶を飲む。とりあえず目下やらないといけないのは、この三頭に名前をつけることだ。

 

 「名前を付けるの苦手なんだよなあ……いきなり三頭は多い……」


 何か本から引用すべきかと買い物ついでに買った本をめくりながら午前のゆっくりした時間を過ごす。すると、玄関の方から声が聞こえてきた。


 「ここがラースおにいちゃんの家だよ! おにいちゃんおかえりなさい! セフィロおはようー!」

 「ああ、チェルじゃないか。帰って来たよ。今だれかと話していなかった?」


 俺が玄関に歩きながらこっちに走ってくるチェルに声をかけると、その後ろから久しぶりの人が現れた。


 「やあ、ラース君。久しぶりだね」

 「あ、レオールさん!」


 にこりと笑顔で片手を上げた彼は、俺のデザインした服の流通主、レオールさんだった。

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