~幕間 9~ 教主アポス


 <ベリアース王国>


 「ッ……!? まただ……いったい何だと言うのだ? グラスコ領へ送ったオブライエンやアルバトロスのクラン連中も魔力反応が次々と消えている」


 机の上にある水晶が弾けたのを見て福音の降臨の教主アポスは首を傾げながらひとり呟く。

 この数か月でオリオラ領のケルブレムとオブライエンのふたり、そして二十人以上のクランメンバーの魔力反応が消え、アポスは渋い表情を見せる。


 「別に駒がいくつ消えようと困らんが、補充する手間を考えると面倒だな。国王に言って奴隷でも買ってもらおう。しかしグラスコ領はどうなっているのか……」

 

 そこで部屋の扉がノックされ、外からメイドの声が聞こえてくる。


 「ア、アポス様、よろしいでしょうか……? アルバトロス様がお戻りになられました」

 「ああ、入ってもらってくれ」

 

 メイドが随分慌てているなと思いながら返事をすると、扉が開かれる。するとそこにはボロボロになったアルバトロスが笑いながら立っていた。


 「よう、久しぶりだな教主様」

 「やあ、クラン連中を見捨てて戻って来たのか? 流石、傭兵は生き汚いな」

 「ぬかせ」


 アルバトロスが憮然とした表情になりアポスに対して目を細めると、アポスはくっくと笑いながらソファへと促し、向かい合って座ると、手にしていた酒をふたつのグラス注いでからアルバトロスへ差し出した。


 「まあ、何にせよ無事……とは言えないが、帰ってきてくれて良かった。オブライエンの反応が消えたんだが、失敗か?」

 「……ああ。ソニアが先走りすぎたのと、デブじゃない方の息子が思うより知恵が回ったって感じだな。俺に至っては罠にかけたつもりが逆に嵌められたって訳だ」

 「ふうん。誰にだ?」

 「……」


 アルバトロスは一瞬沈黙し、酒を一口飲んだ後、深呼吸してから口を開く。


 「……レフレクシオン王国の大臣と審問官だ。やべぇぞあれは。一緒に居た騎士も連携が取れているし実力もある。あそこへちょっかいを出すのは慎重にした方がいい」

 「なるほど、また城の連中か。ガスト領、オリオラ領、グラスコ領……私が刺客を送り込んだ領地は全滅というわけか」

 「そうなるな。俺達福音の仕業だってのはもう向こうにゃバレている。……刺青の確認をしやがったからな……ここに居ることも知られているみてぇだし、これ以上手を出すとレフレクシオン王国がこのベリアースに攻めてくるかもしれないぜ?」


 アルバトロスが真面目な顔で告げると、アポスはフッと笑った後――


 「ふざけるな!」

 「ぐっ……」


 持っていたグラスをアルバトロスへ投げつけ激昂し、アルバトロスの額がぱっくりと割れて血が流れだす。さらに水晶に魔力を流し、アルバトロスの左肩にある刺青から魔力の電撃が体中に走る。


 「う……ぐ……。せ、せっかく生き延びったってのに、ちったぁ手加減しろよ教主様よう?」

 

 片目を瞑り、額から流れ出る血を舐めながら鼻を鳴らすアルバトロスにアポスが苛立つ様子を隠さずに声を荒げる。


 「私が手をかけて十年だぞ! ガストも、オリオラもグラスコに至っては二十年だ! それがことごとく失敗しているんだ、こうもなろう! 忌々しいレフレクシオン王国の奴らめ……貴様らも貴様らだ! 刺し違えてでも領地に混乱を招くくらいしたらどうだ!」

 「チッ、こっちもクランのメンバーをやられてんだ、刺し違えるにゃ相手が強すぎる。……いったいあの国に何がある? 俺達はあんたの為に働いているが、『目的』は教えて貰ってねえ。教主様よ、そこんとこどうなんだい?」


 アルバトロスがソファに背を預けてそう言い放つと、アポスは舌打ちをして黙り込むと、ソファから立ち上がり、グラスを拾った後――


 「<ヒーリング>」

 「お……」


 アルバトロスにヒーリングをかけて傷を癒し、再びグラスに酒を注ぐとため息を吐いた。


 「まあ、凡人に任せている私の責任でもある、か。まあいい、時間はいくらでもある」

 「なあ、何の目的が――」

 「しかし、確かにレフレクシオン王国の連中は厄介だな。他に妨害をしてきたやつは居ないか?」

 「いや……いねぇな」

 

 目的を話すつもりはないかとアルバトロスが席を立つ。


 「行くのか? クランの連中をまた集めておいてくれ、私も奴隷を補充してもらう。増員したら私のところまで連れて来てくれ。ご苦労だった」

 「ありがとよ。ちっと休ませてもらうわ」


 アルバトロスが部屋から出ると、扉を一瞥した後、グラスを傾けて一気に酒を飲みほした。


 

 ◆ ◇ ◆


 「流石は教主様、したたかなもんだぜ」

 「やあ、アルバトロス。無事に戻って来れたんだ?」

 「……!? ……レッツェルか、びっくりさせんな。お前、助けてくれなかったな?」

 「ははは、僕はもうこっちに引き返していたからね。……それにしても、よく君だけ生き残れたねえ?」


 その言葉にアルバトロスは体を強張らせるが、すぐに肩を竦めて首を振る。


 「まあな。死んだふりってのも馬鹿にはできねぇな。埋められた後、自力で出てきたんだよ。もうちょっとでマジ死ぬところだったけどな」

 「お疲れ様だったね。でも気を付けなよ? 教主サマは聡いから、バレないようにしないと、さ」

 「……! てめぇ……」

 「まあまあ、僕は別にに興味は無いよ。僕はあくまでも、僕の欲求を満たせると思って教主サマについているだけさ。ああ、そうだ、もし暇ならアルバトロス、ガスト領に行ってくれないかい?」

 「なんだと……?」



 

 ◆ ◇ ◆




 「――それにしても、よく妨害してくれるものだ。内側から潰そうと思ったが思うようにいかんもんだ。私が出向くのはリスクが大きいが、考えねばならんか? アルバトロスめ、何を隠しているのか」


 アルバトロスが部屋から出て行ってから少し経った。

 アポスは酒瓶を空にしたところで水晶の前に座ると、顎に手を当てて今後のことを考えていた。レッツェルやアルバトロスと言った『使い捨て』では〝目的〟を完遂することは難しいのか、と。

 国王の言う通り、ルツィアールやオーファと言った別の国を先に攻めて戦力を増やし、実力でレフレクシオン王国を亡ぼすのもいいかもしれないと考える。

 

 「賢者の魂もいくつか失ったが戦力はまだある……居るか? お前達」

 

 アポスがそう言うと、暗がりからスッと人影が現れた――


 図らずも福音の降臨の企みを潰していくラースの前にアポスが立ちふさがるのはいつになるのか――

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