第二百九十七話 事態の収束


 オブライエンの屋敷襲撃から数日。


 宿を引き払って領主邸に身を寄せていた俺達はゆっくり……とはいかず、ルクスの領主権限譲渡と事後処理を手伝うことになり、忙しい日々を過ごしていた。

 

 「ラース、この資料はどうすればいい?」

 「それは領地の村を調べた資料かな。半年に一回しか使わないからこの棚に入れておこう」

 「ラース君、これは?」

 「ん? ああ、これは収支表だから引き出しがいいかも」


 と、こんな調子でルクスやナージャに質問攻めに合う。ザンビアに聞けばいいと思うが、それはすでにやっており、それでも引継ぎというのは手間がかかるものなのだ。


 「……こんな形で領主を降りることになるとはなあ。いや、ルクスとナージャを妾の子だと突き放した時点で決まっていたのかもしれんな」

 「まさか、本当の子が煙たがっていたふたりだとは思わんかったじゃろうな」

 「ファス殿……ええ、情けない話です。ソニアに言われたこともあり、妾の子は代替だと思って接していたのが今では恥ずかしいです……」

 「ワシは子供ができん体じゃった。ふたりも居て羨ましいぞ? どんな子であれ、自分の子。手遅れかもしれんが、あやつらが困ったら助けてやることじゃ」

 「ええ……」

 「お主も長男ならその腹を何とかせいよ?」

 「わ、分かっている!」


 引っ越しをしながらファスさんがザンビアとバーニッシュを相手に説教をし、ふたりの精神が安定してきたように思う。ソニアの裏切り、実子でないこと、オブライエンの凄惨な姿と、目まぐるしく色々起こったり、二人は当事者とはいえ相当疲弊していたからね。

 

 「それにしてもルクス君の目、残念ね……」

 

 執務室をすっきりさせていると、マキナが眉をひそめてそんなことを言う。ルクスの片目は閉じたままで、傷跡は消えたが再び開くことは無かった。


 「はは、まあ、事件の規模を考えたら生きているだけで儲けものだし、領主を受け継ぐこともできた。僕は残念だとは思ってないさ」

 「ま、その分は私とオーフも手を貸すし、何とかやっていくよ。とりあえず嫁さん探しからかなあ」

 「ね、姉さん……」

 「オーフは仕事?」

 「ええ、夕方に来るわ」


 ルクスの片目はちょっと試したいことがあり、この数日みんなの目を盗んで【超器用貧乏】を使ってあることをしていた。そろそろ試してみてもいいかもしれないと、時計を見て俺はみんなに声をかける。


 「みんな、そろそろお昼にしようか。お腹すいたし、あいつらの様子も見ておきたい」

 「あ、そうね。お父さん、メイドさんに頼んである?」

 「う、うむ。もちろんだナージャ。食堂に行ってみようじゃないか」


 俺達は食堂へ移動し、パスタ中心の軽いお昼を口にして、しばしの休憩を取る。ここ数日、朝からずっとこの調子なので疲れも見える。

 水を飲んで一息ついた俺はルクスの前に立ち、声をかける。


 「ちょっと目を見せてもらってもいいか?」

 「ん? 何だいラース、別に構わないけど……」


 眼球は残っているな、切り裂かれているから見えないだろうけどこれならオブライエンより楽かもしれない。


 「<ヒーリング>」

 「おい、それはもう試しただろ? 僕はもう痛みは無……い、ぞ?」

 

 ルクスが無駄なことをするなと言わんばかりで俺を制止しようとするが、目にほんのり暖かい光に包まれた瞬間口を噤む。


 「ラース、ヒーリングは効果がないんじゃないの?」

 「ま、見ててよマキナ。……よし、これで終わりだ。魔力、かなり使ったな……」


 程よい疲労感を感じながら隣の椅子に腰かけ、ルクスに言う。


 「どうだ? 目、開かないか?」

 「……」

 「まさか……」


 バスレー先生が目を細めて呟く。もちろんそのまさかで――


 「見える……!? 嘘だろ、目が開きすらしなかったのに!? ど、どうして……」

 「ふう、成功したか……」

 「ど、どういうこと……? ヒーリングだよね?」

 「ああ。この前言った【超器用貧乏】の力でヒーリングを強化したんだ。怪我が無いと成長させるのは難しいんだけど、オブライエンの舌がちぎれただろ? あれをずっと治療していたんだ。おかげで傷の治療レベルが上がって、オブライエンの舌は新しいものが生えてきたよ」


 俺がそういうと、その場に居た全員が目を丸くして黙り込む。まあ、部位欠損を回復させたことに近いからそうなるのも無理はない。


 「……ありがとうラース。助けに来てくれただけでなく、治療まで……」

 「気にするなよ、たまたま話を聞いたから来て役に立った。それだけだよ」

 「ありがとう……」


 ルクスが俺の手を取って涙を流し、俺は肩を軽く叩いてやる。


 「ラース君はどんどん凄くなりますねえ。目的は【器用貧乏】がハズレではないと知らしめる聞いていますけど、もう別のスキルじゃないですか? 〝超〟と区別がつかないと、いざ【器用貧乏】を手に入れた人ががっかりしませんか?」

 「あー……」


 あり得そうだ。でも、俺のスキルが記載されているプレートには【器用貧乏】なんだよな……でもバスレー先生の言うことも一理ある。


 「……まだ人生長いし、そのうち考えるよ」

 「それもそうですねえ。知っているのがわたし達だけですし。さて、それじゃ今後の話をしてもいいですか?」

 「今後?」

 

 マキナが聞き返すと、バスレー先生が頷いて話を続ける。


 「はい。ルクス君の領主継承は終わりました。ザンビアさんとバーニッシュ君の引っ越しもそこそこですが、ほぼ終わりました。兄ちゃんもソニアやオブライエンの移送で城へ戻りました。そろそろわたし達も戻る時期かなと」

 「バスレー先生だけ戻ってもいいけど?」

 「つれない!? まあそれでもいいんですが、わたしと一緒に陛下への報告をお願いしたいんですよ」

 「そういうことか。海はどうするの?」

 「今回は諦めましょう。サージュ君に乗せて貰ったらダメですかね? はっはっは」


 バスレー先生は冗談でそんなことを言うが、ちょっと俺はあることを閃いた。

 まあ、それはいいとして、グラスコ領はルクス達が何とかしてくれるだろうと信じて、俺達はイルミネートへ帰ることに決まる。城からしばらく領地経営の補佐が来る予定だから、酷いことにはならないと思うけどね。


 ただ、困ったことがひとつだけある。


 「ね、あの子達はどうするの?」

 「ああ、うん、丁度それを考えていたんだ……」


 俺は窓の外を見て、その『困ったこと』の原因に目を向ける。そこには親子で仲良くハチミツをなめるデッドリーベアの親子と、あくびをするヴァイキングウルフが居た。

 何度か追い返そうとしたんだけど、デッドリーベアはテコでも動かないし、子ベアとウルフは俺やマキナにじゃれついて森に帰る気配は全くなかった。連れて帰るわけにも行かないしなあ……

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