第二百九十五話 畏怖の象徴


 「う……俺は……」

 「おっと、お目覚めみたいだ。話はできるか?」

 「お前は……!? くそ、動けない……」


 俺を見るなり暴れだすが、前にウォータージェイルを切り裂かれた過去の経験からこの魔法は鍛え上げているのでちょっとやそっとでは外すことは難しい。ティグレ先生クラスの達人か、俺より質の高い魔力操作ができる魔法使いはその限りではないけどね。

 さて、気は進まないけど福音の降臨の情報が何かしら手に入るかな?


 「その魔法は簡単には解けないから無駄な抵抗はやめた方がいい。とりあえず名前から聞かせてもらおうか」

 「……」

 「ふん、もう一度痛い目に合いたいようじゃな?」


 床に転がったまま無言で俺とファスさんを睨みつけてくる。まだ抵抗の意志ありか。尋問する必要があるけど、どうしたものか。俺が考えていると、やはりというかバスレー先生が男の目の前でしゃがみ込みにこりと微笑む。

 

 「強情な態度、その意気や良し。しかし、わたし達を前にその態度はいただけませんね。何がいいですかねえ。時間が惜しいので絶食はよしましょうか。爪を一枚ずつ剥がすとか? 兄ちゃんはどうした方がいいと思いますか?」

 「ん? そうだねえ、殺人未遂だし逆さづりにして水に浸けるとかどうかな?」

 「あー、いいですねえ。うーん、地面に埋めて顔に石をぶつけるとかも悪くない……」


 そら恐ろしいことを淡々と話し合っているふたりに、男が唾を吐きながらバスレー先生へ言う。


 「俺は何も知らないし、喋るつもりはない。それよりミニスカートから汚いパンツが見えているんだけど、目の前からどけてくれないかな? それにそのパンツ、歳を考えた方がいいと思うけど?」

 「……」


 その瞬間部屋の空気が凍り付き、バスレー先生は笑顔のまま固まった。ああ、これは情報聞けないかな……俺が頭を掻いたその時、バスレー先生の膝が男の顔面に落ちた。


 「ぐあああああ!?」

 「おっと、足が滑りましたね!あ、いいことを思いつきましたよ! そこのウルフ君かデッドリーベアに自慢の拳を食わせるとか良くないですか? それがいい……それがいいですよ……」

 「良くないに決まってんだろう!? なんて奴だ……俺達よりタチが悪い……」

 「よーし、よしよし、この腕ですよー」

 「がう」

 「やめろぉぉぉ!? わかった、話す! 話すからその犬をひっこめるんだ!」

 

 男がそういうとバスレー先生は口をへの字にして「ふん」と鼻を鳴らしてヴァイキングウルフを俺の方に返す。


 「なんで手懐けているのかしら……」

 「まあ、バスレー先生だしね。で、名前は?」


 俺はウォータージェイルを操り、壁に座らせてから名前を尋ねると、男は不服そうな顔で口を開いた。


 「……俺はオベライド。聞くまでも無いみたいだけど、福音の降臨のメンバーだ」

 「舌に……」


 オベライドがべろりと舌を出すと、刺青が刻まれていることが分かった。


 「こんなところにもあるのか……」

 「ふうん、どうやらお前は俺以外のメンバーと接触したことがあるようだね」

 「まあな。レッツェルにケルブレム、五人組にソニア、そしてお前だな。いい迷惑だ本当に。それじゃ次の質問だ、もうこれ以上計画に関わった人間は居ないだろうな? 他に仲間が潜んでいるなら大人しく喋った方がいい」

 「それを話してお前たちは信じるのか?」

 「む……」


 にやにやと笑いながら返してくるオベライドに俺は眉を顰める。確かにそれが正しいかどうかを判断する材料は無い。


 「つべこべ言わないで話せばいいんですよ! ラース君は真面目なんだから困っているじゃありませんか! 同じ格闘家のファスさんとマキナちゃんもボコしてやりましょう」

 「うむ」

 「わ、私はいいです」

 「くそ、調子が狂う女だ……!? チッ、もう俺以外にはいないよ。そもそも教主様にここを任されていたのはソニアではなく俺だ。もっとも、ソニアはそのことを知らないけど。オリオラ領とは違って直接潜り込んでいたから監視役だった。が、お前たちのせいで表に出ざるを得なくなったってことだな」


 スラスラと真相を語るオベライド。態度を見ていると、この辺りは本当のような気がする。それにしても監視役か……ソニアは恐らく捨て駒。だから刺青を与えなかった可能性は十分あるな。


 「なら、これで終わりか……」


 油断はできないけど、ルクスへ領主権譲渡、福音の降臨の捕縛をもって、ここグラスコ領の騒動は収束したようだ。俺はふと、興味本位でオベライドへ思ったことを聞いてみる。


 「……お前はどうして福音の降臨のメンバーになったんだ? ケルブレムとソニアは止む無しと言った感じだけど」

 「俺か? そうだな……俺もお前に聞きたいことがある。その問いに答えた後、教えてもらうかな」

 「? 別にいいけど」

 

 そう返すとオベライドは満足気に頷き、チラリとファスさんを見ながら口を開いた。


 「俺は簡単でよくある話さ。俺はスキル通り格闘を主とした戦いをするけど、とある武道大会でそこに居る雷撃のファス、あんたに負けた」

 「ふむ、いつごろか分からんが武道大会に出なくなって久しいから結構昔じゃな。十年くらい前かのう」

 「ああ。俺が十八だった頃かな。まあこっぴどく負けた。勝つこともあれば負けることもあるから負けたことに対して恨みは無い」


 そう言って肩を竦めた後、天井を仰ぎながら続ける。


 「問題はその後だ。そっちの女の子と同じく、俺の【キングストレート】の破壊力はとんでもない。婆さんには負けたが、まだまだ俺は強くなると修行をしたさ」

 「まあ、模倣した俺でもあの威力だったしな」

 「ふん、その秘密を後で聞かせなよ? で、そんな時出会ったのさ、教主様に。俺に協力をして欲しいと近づいてきたんだけど、笑みを絶やさない、正直気味の悪い男だった。からかっているのだろうと喧嘩を売ったが……少し手を合わせた時、直感的に『こいつはヤバい』と全身が震えた。見逃されたけど、恐らく勝てないだろうね。あの男にはどうやっても勝てない。本能的にそう感じる何かがあった。そして俺は協力に応じて、教主様の駒になったってわけ。修行するのが馬鹿馬鹿しくなったんだよ、俺は」


 教主とやらは格闘家が『勝てない』と言わしめるほどの実力があるってことか……。

 

 それにしても、だ――

 

 「教主はレフレクシオン王国の領地に刺客を放っていったい何をするつもりだったんだ? ルツィアール等にはそういった話はないけど」

 「さあなあ。俺は言われたことをするだけだから知らん。レッツェル辺りは長い付き合いみたいだけどな」

 「本当に知らないのか?」

 「もし知っていても教主様のことを話すことはないね。正直、ここで殺された方がマシかもしれないくらいさ」


 恐怖から従っている部分が大多数をしめているため、おめおめと帰れないということか。これ以上は口を割らないと判断した俺はバスレー先生達へと尋ねる。


 「バスレー先生、ヒンメルさん。何か聞くことはあるかい?」

 「わたしは城へ連れて行ってからでいいですよ。ここでもう騒動が起こらないと分かれば」

 「僕は移送中に聞くとしようか。ま、話すとは思えないけど」


 ふたりは先ほどの話で一旦終了で構わないと頷いたので、俺はもう一度オベライドへ向きなおり口を開く。


 「それじゃ、今度はお前の話を聞いてやるよ」

 「ああ。俺のキングストレート、どうやって使えるようにした?」

 

 そのことかと俺は片目を瞑り、そのことについて話をすることにした。

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