第二百九十三話 大激怒


 「威勢はいいけど、こっちには人質が居ることを忘れていないかい?」

 「お前が気にすることじゃない。お前がどれくらい強いのか分からないけど、俺達を甘く見ているなら早く考えを改めることを……お勧めするよ!」


 俺は床を蹴り、怒りの声を出しながらインビジブルで姿を消す。ナージャが人質なのは百も承知だけど、命の危険が迫っている今、様子見をする必要は皆無。


 「消え……!?」

 

 ニヤニヤしていた男の顔が真顔になり、驚愕の声を上げる。このまま俺が突っ込んで行くと思ったのか前方に意識を集中していた。その瞬間、回り込んでいたマキナが背後から仕掛けた。


 「やあああああ!」

 「おっと、この女は渡せないよ」

 「はっ! やっ!」

 「チッ、思ったより鋭いな、女だてらに格闘家か」

 

 マキナの攻撃を寸前で回避しながら余裕ぶった物言いをする。ナージャを抱えているから反撃はしてこないが、よく避けていると思う。だけどマキナに気を取られているため、このチャンスを活かさない手はない。


 「セフィロ! そいつの手を拘束しろ!」

 「!!」

 「何だ、トレントか!? ぐ……!?」

 「ひとりで俺達の相手ができると思ったのが間違いだ、返してもらうぞ!」

 「生意気なガキだ……! 少し本気でやろうか!」

 「!?」


 そう言い放ってセフィロの枝を無理やりへし折った。そして口の端を歪め、俺に左手を向け、魔法を放ってきた。


 「<ハイドロストリーム>!」

 「いい魔法だけど、その程度なら<オートプロテクション>が守ってくれる」

 「ハッ、でたらめだなその歳で古代魔法だと! まあ、こいつは牽制だ。本命は……」


 オートプロテクションでも衝撃は吸収できないのでハイドロストリームを受けて俺は一瞬立ち止まる。その一瞬でマキナに向き直り、拳を繰り出した。


 「拳で私には勝てないわよ? 【カイザーナックル】!」

 「へえ! 面白いじゃないか! 【キングストレート】」


 マキナと男の拳がぶつかり合い、激しい打撃音が室内に響き、衝撃で窓ガラスが全て粉々になった。こいつのスキルも格闘系か! 直後、マキナが苦悶の表情を浮かべて距離を取った。後ろからルクスとナージャを助けようとするが、バックステップで窓際へと移動する。下手に魔法を撃てないのが口惜しい。


 「う……」

 「やるね、俺の【キングストレート】と相討ちとは」

 「くそ、マキナ大丈夫か!」


 男は手から血を流し、マキナは腕を押さえて片膝をついていた。俺が声をかけると冷や汗を流しながら答えてくれる。


 「ちょっとヒビが入ったかも……でも、まだ平気! それより早くナージャを助けないと……」

 「ああ。ナージャを助けたらすぐに回復してやるからな」


 俺は男を睨みつけながら間合いを詰める。マキナの下へ駆け付けたいけど重症度はナージャが上だ、ここは一気にやるしかないか……。身代わりにされる恐れがあったので使わなかったけど、ウォータージェイルを両手から出して撹乱することに決める。

 しかしその時、男はフッと笑って窓に手をかける。


 「なるほど、計画を潰すだけのことはある、か。生意気なガキだが、実力は本物……仕方ない、今回はこの女の命で勘弁してあげるよ。あのオーフとかいう若造が恋人だっけか? 仲良く魔物の餌にしてやるから、安心してくれ」

 「ま、待て、姉さんを返せ! やっと全て片付いたのに! それにオーフの仇をみすみす見逃すと思うな!」

 「ははは、いいね。いい顔だ。そうでなくっちゃ教主様に申し訳が立たないからね。あの若造、ちょっとぬけていたから、どうせこの先ロクな人生じゃないさ。感謝して欲しいくらいだ」

 「筋金入りのクソ野郎ですね。福音の降臨らしい男ですよ」


 バスレー先生が嫌悪感丸出しで唾を吐き、ダガーを構えた。


 「お前にオーフの何が分かる! あいつは確かに弱いけど、優しい男だ! お前みたいな人質を取るような卑怯なやつとは違う!」

 「それがどうしーー」


 ルクスが吠えると、男はニヤリと笑い何かを言おうと口を開きかける。


 しかし、ドズンという鈍い地響きが外から聞こえーー


 「ありがとうルクス、ナージャは僕が助ける……!」

 「賊は貴様のようじゃな! “雷光扇"!」

 「ぐあああああ!?」


 ーー男は窓から入ってきたふたつの人影に吹き飛ばされた!


 「おおおおお!」

 「くそ、女を盗られた……!」

 「貴様のものではあるまい! “迅雷”!」

 「師匠!!」

 

 窓から入ってきた人影の内、ひとりはファスさんだった。瞬時に男に連撃を繰り出し、ナージャと共に床へ投げ出された人影を庇うように間に立つ。もうひとつの人影も、俺達が知る人物だった。


 「オーフ!!」

 「や、やあ……ナージャを頼むよ……」

 「お前も酷い傷……」


 全身傷だらけのオーフは安堵したのか笑いながら気を失う。俺はすかさずナージャとオーフにヒーリングをかけた。


 「ラース、姉さん達は……!」

 「大丈夫、息はしている。ルクス、ここは任せた」


 そう言って俺は腰の剣を抜いて男へと斬りかかる!


 「お前は逃さない!」

 「死んでなかったろ? 見逃して欲しいもんだ!」

 「ファスさん、足止めを!」

 「うむ!」


 俺が声をかけると、ファスさんは男の喉、鳩尾、腹を順に撃ち抜き、一歩下がる。それと同時に俺は剣を振りおろした。


 「【キングストレート】!」


 カウンターでスキルを放つ男。だけど、先ほど使ったオートプロテクションが阻む。十枚の魔法障壁の内九枚を破られるが、構わず剣を振ると、吸い込まれるように男の胸板を深く、斜めに切り裂いた。


 「ぎゃあああああああ!?」

 「まだ足りない! <ファイアーボール>!」

 「ごふ!? ま、まだ……き、キング……」


 切り裂いた胸に零距離のファイアーボールを食らわせ、大火傷を負う男。まだ戦意を失っていないのは流石と言うべきだが、それなら徹底的にやるだけだ。俺は『視た』技を叩きつけてやる。


 「こうか! 【キングストレート】ぉぉぉぉぉ!」

 「な!? 馬鹿な!? それは俺のーー」


 言い終わらないまま、男は壁に叩きつけられ、ずるりと前のめりに倒れ、床に座した。まるで土下座をしているような格好で。


 「今度こそ終わりだ」


 俺はウォータージェイルで男を拘束し、そう一言だけ口にした。

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