第二百九十二話 偽物


 「ふう……まだ信じられないが、お前の言うことが正しいのだな……」

 「ああ。残念だけど、バーニッシュは親父の子じゃない。だけど、親父はお前を捨てたりはしないみたいだけど、これから先は大変だぞ」


 肩を支えられて地下室の階段を登るルクスとバーニッシュ。バーニッシュは首を振りながらルクスに問い、ルクスはそれに答える。 


 「いや、ルクス……お前が帰ってくるだろう?」

 「それは無理だ、姉さんを呼んで顔合わせをしてから解決したことを告げたらそのまま別の町へ行こうと思っている。それに――」


 ルクスはバスレー先生に一瞬目を向け、続ける。


 「――こんな騒動を起こした親父は領主から降ろされる。ソニアがやったこととはいえ、城からの使者を暗殺しかけたんだ、当然だろう。お前は関わって無さそうだけど」

 「……確かにそうか……」


 バーニッシュは母親がやった罪の大きさをようやく理解し肩を落とす。そこにバスレー先生が追い打ちをかける。


 「まあ、ルクス君の言う通り、ザンビアさんは領主では無くなりますね。妻を止められなかった件と命を狙われた件で罪は少し軽くなるので、財産の三分の二は没収……イコール、ルクス君も継承権を失うので一般人となります。税金以外の貯金があれば、まあ無難な生活が出来るでしょう」

 「父上もルクスも……ぼ、僕はどうすればいいんだ……」

 「私と共にどこか静かなところで暮らそう。誰の子かは分からんが、ここで育ったのは間違いない息子のひとりだ」

 「父上……」


 いい話のように見えるが、俺は納得していない。実子であるルクスに対しての態度やこれまでのことを考えると、バーニッシュよりもルクスに声をかけるべきだろう。


 「ザンビア、ルクスに言うことはないのかい? 物心ついてからソニアとバーニッシュに嫌がらせを受け、あんたにも蔑ろにされた実子にはさ」

 「分かっている。ナージャがここへ来たら話をするつもりだったんだ、気を遣わせたなラース君」

 「分かっているならいいけど」

 

 俺が最後尾からザンビアに声をかけると、焦りもせず返してきた。腹はくくったという顔だが、もう少し早くそれができていればと残念でならない。


 「色々ありすぎで疲れたな。応接室で待たせてもらってもいいか、ルクス」

 「ああ、すぐに連れてくる」

 「バスレー先生も待っててよ、俺とマキナでルクスについて行って、ファスさんと合流する」

 「そうですね、わたしも疲れましたしそうさせてもらいましょうか」


 バスレー先生が微笑みながらそう言い、ザンビアが扉を開けたところで――


 「やあ、遅かったね。待ちくたびれたよ」

 

 ――何の違和感も無く、風景に溶け込んでいるような微妙な気配を漂わせたオーフがソファに座っていた。


 「オーフじゃないか! もしかして姉さんを連れてきてくれたのかい?」


 ルクスが驚きながらオーフに声をかけると、オーフはいつもの弱々しい笑み……ではなく、満面の笑みで口を開いた。


 「ああ、その通りだよ。ほら、ここに居るよ」

 「!?」


 オーフがソファの裏からぐいっと持ち出したのは真っ赤なドレスを着たナージャだった。オーフがソファに座らせ頭をルクスへと向ける。……ただし、その顔には生気が無く、だらりとした手足は投げ出されている。俺達が訝しんでいると、オーフはナージャの手足を動かしながら喋りだした。


 「『まあ、ルクス、事件を解決したのね? 姉さん、とても嬉しいわ。だって、やっとあのクソ義母から解放されるんですもの』」

 「なんだ……オーフ、お前何を――」

 「『これからはみんな一緒に暮らせるわ、お父さんも、ルクスもバーニッシュも……あの世で』」


 そこまで言ってからオーフは嫌らしい目を俺達に向けて口の端を醜くゆがませて笑う。その瞬間、マキナが俺の袖を掴んで叫んだ。


 「ラース! 違う、あれ、あの赤いドレス、あれは染料じゃない……血よ!」

 「「な!?」」

 「フフフ、ご名答。おっと、汚い血がついちゃったか。これはもう要らないや」

 「オーフぅぅぅぅ!!」

 「待てルクス! ……いや、ここは便乗するべきか!」


 オーフがナージャを突き飛ばして床に転がすと、口からツゥっと血を流す。それを見て頭に血が上ったルクスがオーフに殴り掛かった。止めようと思ったけど、ナージャの容体が気になるので救出するため俺も駆け出した。

  

 「どういうつもりだオーフ! 恋人を手にかけるなんて!」

 「そのまま押さえてくれルクス、ナージャはまだ息がある<ヒーリン――>」

 「おっと、回復魔法を使えるんだ。それはまずいね」

 「「うわ!?」」


 殴り掛かったルクスをカウンターで制し、俺の方へ吹き飛ばしてきた。ルクスを受け止めた反動で、俺は床に転がり、その隙にオーフがナージャを手元に引き寄せた。


 「大事な大事な人質だってことを忘れていたよ。血でできたドレス、綺麗だろ?」

 「オーフ……!」

 「オーフ? ああ、誰かと思ったら俺のことか! オーフね、あいつはもう居ないよ」

 「どういうことだ……?」


 ルクスが立ち上がって聞き返すと、待っていましたかと言った様子で舌を出しながら笑い、驚愕の言葉を俺達へ告げる。


 「俺が殺したからだよ。今頃は魔物の餌にでもなっているんじゃないか? はははは! この恋人もすぐに後を追うし、寂しくないだろう。お前達も、一緒にね? さて、俺は一体なにも――」

 「何者かなんてどうでもいい、ナージャを返せ! このままじゃ本当に死ぬ!」

 「わ、私も! セフィロ、行くわよ」

 「!!」

 「気を付けてください、皆さん。わたしの見立てだとこいつは……」


 俺が掴みかかり、マキナが回り込む。ルクスも挟むように動くと、オーフの顔をした何者かが自身の髪の毛を掴み引っ張り上げ、その下には見たことが無い金髪男の顔があった。

 

 「ふう……お前たちが愛してやまない福音の降臨ってやつさ。このまま尻尾を巻いて逃げても良かったが、苦労した計画を台無しにされたお礼はしないといけないと思ってさ。こう、大事な人が段々と死にゆく姿とか泣かせるよね」


 そう言ってナージャの青くなった顔に頬ずりをする男を見て、俺は怒りが頂点に達する。


 「そっちがその気なら相応の対応をしてやるよ。手足全部は覚悟しろ」

 「ほおう……?」


 そのにやけ面、すぐに後悔させてやる!

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