第二百九十一話 思うこと、ひとつ
――ソニアとクランの三人を地下室へ入れ、俺達もその場に残る。意外にもソニアは大人しく連行され『バーニッシュだけは……』とバスレー先生へ懇願する姿は驚いた。
気絶したバーニッシュを床に寝かせ、ザンビアとルクス、その後ろに俺達が立つ。ファスさんはヒンメルさん達が帰ってきたときにここへ呼んでもらえるよう外で待ってもらっている。
全員が地下室へ入ったのを確認すると、一息ついて落ち着いたザンビアがルクスに目を向けて口を開いた。
「……信じがたいことだが、ルクスよ、先ほどの書状通りなら間違いなくバーニッシュは私の子ではない。あれをどこで手に入れた?」
「名前や素性は知らない。ある時、僕の前に現れた男がこれをくれたんだ。僕や姉さんが産まれる前だから細かいことは親父にしかわからないと思うけど」
「うむ……妊娠するまでの期間は確かに合わない……。二十年も前だが、あの頃は忙しかったからよく覚えている……」
ザンビアが俯き、今度はソニアへ質問を投げかける。信じていた者に裏切られたという顔で床に座り込む妻の返事を待つ。すると、しばらくの沈黙の後、ソニアがゆっくりと話し出す。
「……そうさ、ルクスの言う通りバーニッシュはザンビアの子じゃない……でも、バーニッシュが私の子というのは事実よ」
「どうしてこんな真似をした? ラース君がお前のことを福音の降臨と言ったが、そのことと関係があるのか?」
「ええ。私が冒険者をしていたことは知っているでしょう? さっき口にしたと思うけど、あなたの馬車を魔物が襲うように仕向けたのは私達」
「自作自演というわけだな」
俺が言葉を挟むとソニアは頷き、さらに経緯を全て語る。
――話によると二十年前、ソニアは冒険者をやっていたころ、男たちに騙されて襲われた。恐ろしい目にあったが、そいつらを皆殺しにしてそこから逃げたがしばらくして妊娠していることが発覚。貯金が無いわけではなかったものの、ひとりで子供を育てるにはきつすぎる。まして冒険者なんてやっていられない。
……子供を捨てることは出来なかったらしい。
そんな絶望を感じて焦燥している中、福音の降臨の教主に会った。貴族の息子として育てれば苦労なく育てることができる、と唆されて。
「……教主様はどうしていいか分からない私に甘い言葉をかけてくれたよ。そしてあの計画が実行された。その後はあなたが知っている通りだよ。すぐに体の関係を持ったのも教主様の思い付き……」
「教主とやらはその計画と引き換えに、息子を領主にするようお前に頼んだのか?」
「そうよ……」
ザンビアの言葉に項垂れるソニア。そこへ俺が気になっていることを尋ねる。
「その計画自体は分からなくはないけど、教主は一体何が目的なんだ? 俺の居たガスト領、オリオラ領、そしてここグラスコ領。全部に福音の降臨が関わっていた。レッツェルは兄さんや国王様を殺しかけたし、オリオラ領も領主のヒューゲルさんを追い落とそうしたり警護団が負傷する騒ぎもあった」
「……それは分からない……」
「分からないって、そんなはずないだろう! 親父を殺そうとしたくせに」
ルクスが憤りソニアの胸倉を掴んで叫ぶ。だが、ソニアは首を振ってルクスに答える。
「分からないのよ、本当に。教主様の言うことはただ一つだけ『領地を掌握しろ』それだけよ。手段は問わない……だから私は一番早い息子に後を継がせることを選んだ。フフ……実の息子可愛さに甘やかして育てたツケがここで来るとはね……ザンビアがバーニッシュに継ぐと決めていれば殺すことまでは考えていなかったわ。バーニッシュはこのことを知らない、だからどうか情けを……!」
「……結果論だろうが……!」
「う……」
ルクスがソニアを突き飛ばし、地面を拳で殴る。真の目的を知らせず、回りくどいやり方をするな、と俺は思う。こんなに時間がかかる作戦を立てるだろうか? 俺が考えていると、黙って後ろで聞いていたバスレー先生が口を開く。
「さて、だいたいの目的も分かりました。とりあえず教主とやらは醜悪な男みたいですねえ。あなたの話が本当かは分かりませんが、ケルブレムやアルバトロスも弱みや辛いところに声をかけられてやむなく、という感じでした。ソニアさん、あなたの刺青はどこにあるんです?」
「私は刺青を施されていない。ザンビアと夜を共にする時に刺青があったら怪しまれるからと」
「なるほど、ではラース君の出番は無さそうですね。……ふむ、刺青のないメンバー、か……」
俺をチラリと見た後、バスレー先生は顎に手を当ててぶつぶつと何かを考え出したので、俺はザンビアに言う。
「ということらしい。ソニアとクランのメンバーはイルミネートへ連行することになると思うけど、何か言うことはあるかい?」
「……ソニアの目的は正直驚いたし怒りもする。殺されかけた私が言うのもどうかと思うが、この二十年、妻として大事にしてきたつもりだ。バーニッシュも馬鹿な子だが息子として育ててきた。――だから、バーニッシュのことは私に任せてくれるか? 尤も、領主候補とはいかんがな」
「あなた……う、うう……ご、ごめんなさい……ありがとう、ございます……」
確かにやったことは許されないし、この話が本当のことかも確認しようがない。だけど、ソニアは誰の子かも分からない子をおろさずに産み、可愛がった。母親としての意識はあったようだ。
そこでふと俺は前世のことを思い出す。
――もしかして俺は、あの家の本当の息子ではなかったのかも? と。
まったくもって今更な話で、何故、今そんなことを思ったのか……少しだけ背中に寒気が走った。
そこでため息を吐きながらルクスが話し出す。
「親父の甘さにはほとほと呆れる。まあ、ソニアとバーニッシュの計画が阻止できたから良しとしようか。とりあえず、こいつには散々いろいろ言われていたからこれからお返ししてやらないとな。……ふん、泣くなよ、バーニッシュ。大変なのはこれからだぞ」
「……」
ルクスの言葉を聞いてバーニッシュを見ると、目から一筋の涙がこぼれていた。聞いていたのか……
「それじゃ上に行こう。ことが終わったことだし、姉さんを呼ばないと」
「そうだな」
ルクスがバーニッシュを立たせながら久しぶりに笑みを見せて言う。これで一件落着か、そう思っていたのだが――
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