第二百八十八話 ソニア


 「それは本当なのかルクス? 証拠はあるんだろうな?」

 「ああ、間違いない。証拠は……これだ」


 バーニッシュがザンビアの実子ではないという衝撃発言に対し、質問を投げかけるとポケットからくしゃくしゃになった紙をチラリと見せてくれた。

 

 「馬鹿な……馬鹿な……バーニッシュが我が子ではないだと! では私は今まで――」

 「その話は後だ! 死にたくなければ気をしっかり持て!」

 「あ、ああ……」


 取り乱すザンビアに怒声を上げ、後ろに下がらせる。こうなった以上、向こうもなりふり構わず襲い掛かってくるはず。


 「ふん、証拠ねえ……まあ、今となってはどうでもいいのよ。お前達を始末してメダリオンを奪うだけ……何で死んだかって? ここにいる誰かに殺された、それでこの話はおしまいよ」

 「自分の仲間を殺人犯にしたてるのかい? 流石は福音の降臨ってところか。アルバトロス達、クランとやらがそうだったんだからお前もそうなんだろう?」

 「……」


 俺がそう言うとソニアの顔から笑みが消える。目を細め、俺を値踏みするかのような視線を向けてから話し出した。


 「なんのことか分からないわね。例えそうだとして、それに何の意味があるのかしら」

 「一応、俺もお前達の仲間であるレッツェルってやつに振り回されたことがあるからな、それにオリオラ領でも世話になった。関わりたくはないけど、友達や知り合いに危害を加えるなら相応の対応をさせてもらうってわけさ」

 「馬鹿め、お前達――」


 と、ソニアが合図をする隙を見逃さず、俺は踏み込みクランの男に斬りかかる。理由は分からないが一旦引かせたところを見るとソニアがこいつらより偉く、司令塔の役割を果たしているらしい。

 ならば、ソニアが近くに居ると指示待ちになるのではないかと奇襲をかけた形だ。そしてそれはどうやら合っていたらしく、一瞬ソニアをチラリと見るそぶりを見せてから迎撃態勢に入る。


 「隙あり!」

 「うぬ……!? ソニア様!」


 俺が下から剣を振り上げるように斬りかかり、慌てて剣でガードするも大きく後ろへ下がる。司令塔であるソニアへ切り込むためさらに突っ込むと、


 「狼狽えるんじゃないよ! お前達、囲みな。一斉にやればいくら魔法が凄かろうと関係ないからね」


 ソニアが指を鳴らし、残りの二人が俺に迫ってきた。なるほど、きちんと戦えば確かに手練れと言えなくもない動きの良さだ。

 

 「どけ!」

 「ソニア様はやらせん!」

 「そらぁ!」

 「そのまま抑えておきな! 私がその喉笛を掻き切ってやるよ」


 それならそれでと二人を蹴散らし、ソニアと共にもう一人が動き出そうとする。そこで俺は不敵に笑いソニアに対して言う。


 「俺だけに気を取られていて大丈夫かい?」

 「何をわけのわからないこと――うぐあ!?」

 「ごめん遅くなった!」

 

 ソニアが言葉を最後まで放つことは無く、背中からマキナに蹴られてたたらを踏んだ。男達は状況を察したのか、ソニアを守るように陣形を取る。そう、開いた扉からマキナ達がなだれ込んできたのだ!


 「なんの、いい場面のようじゃぞマキナ。魔物を相手にして体は暖まっておる。無駄な抵抗をしても良いぞ?」

 「ふははははは! 悪は滅びる定めなのです!」

 「小娘ぇ……! それに大臣とババア……アルバトロス達がやられたのは本当のようね……目にかけてやったというのに役に立たない男が……」

 「くっく、醜い顔をしていますよソニアさん? 悪女に相応しい最後をプレゼント――ひゃい!?」

 「やかましい! どうせルクスは動けまい、同じ数になったからと言っていい気になるんじゃないよ!」


 口上を垂れている暇は無いと踏んだソニアは、勝ち誇ったバスレー先生にダガーを投げつけ、スカートの中からショートソードを取り出し指を鳴らす。


 「よくも蹴り飛ばしてくれたね小娘! 洗脳してバーニッシュのおもちゃにしてやるわ」

 「お断りよ!」

 「ソニア、お前の相手は俺だ! <ウォータージェイル>!」


 姿勢を低くしてマキナに迫るソニアへウォータージェイルを仕掛け、天井へと降り投げる。マキナにはソニアのすぐ後ろに隠れていた男が剣で突きかかっていった。


 「うらああああ!」

 「なんの! ラース、任せるわよ」

 「そっちも頼むよ、気を付けてくれ!」


 他の二人は―― 


 「ワシを雷撃のファスと知ってなお、かかってくるか?」

 「老い耄れでも倒せば名声になるからな。それにソニア様の命令に背くわけにはいかん」

 「ふん、舐められたもんじゃ。では軽くもんでやるとするか。バスレー、ほんの一時待っとれ」


 「ひゃあ! おっと!?」

 「ちょこまかと!」

 「早くしてくださいよファスさん! か弱いわたしじゃすぐ手籠めにされてしまいます!」

 「誰がお前みたいな変な女を……ぐへ、な、なんだと!?」

 「今なんて言いましたかね……? キレちまいましたよ久しぶりに……ごらぁ!!」

 「やっぱり変な女じゃねぇか!? クソ、大臣を殺せば俺も……!」


 ――大丈夫そうだ。金槌を振り回すバスレー先生が気になるけど、ファスさんが近くにいるので大ごとにはならないだろう。そう思い舞い上げたソニアに目を向けると、空中で姿勢を変え、天井を蹴って俺に突撃してきた。


 「足癖が悪いやつだな、そら!」

 「チッ、邪魔な魔法だね、ならこうすればどうだい?」


 ウォータージェイルを操って位置をずらすと、着地と同時に水の鎖を断ち切ってからショートソードを高速で突き刺してくる。


 「おっと……! たぁ!」


 それを回避し、剣の柄で鳩尾を狙う。だが、素早く立ち止まり、俺と距離を取ってショートソードを舐めながら笑みを浮かべるソニア。


 「当たってはやれないね。私を切り殺さないで止めるつもりのようだけど、そんなに甘くないってことを教えてやるよ」

 「なら全力で止めるまでだ。<インビジブル>」

 「消えた!?」


 俺はインビジブルで姿を消し、レビテーションで浮く。そのまま足音を立てずにソニアの側面に回り込んで剣を振る。


 「……!?」

 「やるな」


 行動不能にするため、ヒビでも入れば動くたびに激痛が走る脇腹を狙う。俺の剣は片刃なので、背を使えば振り抜いても死ぬことは無い。だが、勘がいいのか消えた俺の一撃をショートソードでガードしていた。


 「なんて威力だい! だけど、行動した後に隙があるね」

 「だと思うだろ? さんざんティグレ先生に教えてもらったよ!」

 「ぐは……!?」


 確信をもって放った一撃の後に、隙があるとティグレ先生に見透かされていたことがあり、散々な目にあった思い出がある。克服はすぐにできたんだけど、それをフェイクとして使うことで逆に相手を誘い込む手段として先生に褒められた。


 「ああ、ソニア……!」

 「黙ってろ親父。あれが二十年以上一緒に居たあんたの妻の本性だ。バーニッシュだって本当にあの女の子供かどうかも分からないんだぞ」

 「う、むう……」

 「別に僕は領主の継承権なんて興味はない。姉さんと静かに暮らしていきたいだけだ。でも、あんたは間違いなく俺の親父らしい。死なれたら寝覚めが悪いから助けただけだ」

 「ルクス、お前は……」


 ソニアをぶっ飛ばした時、そんな会話が聞こえてきた。ザンビアはルクスの瞑れた左目を見ながらがっくりと項垂れる。


 「げほ……何て強さだ……魔法だけじゃなくて剣術もできるとはね……」


 チラリとマキナ達の方を見るソニア。すでにファスさんはひとりを倒し、バスレー先生の加勢をしていた。マキナは相手が手練れということもあり一進一退。それでも【カイザーナックル】が入れば仕留めることができるだろう。


 「くく……二十年かけた計画が台無し……甘く見ていたのは私の方か? だが、まだ手は――」

 「魔物化の薬を飲むのか?」

 「……!? 貴様、知っているのか?」

 「ああ、オリオラ領でも見たし、何年か前にオーガになった冒険者も居た。それを使えば人間には戻れないんだろ? 降参してもらえると助かるんだけど」

 「ガキが粋がるな! 魔物化すればお前達など一捻りよ!」


 そう言い放ち薬瓶を取り出したソニアに、俺は窓ガラスに左手をかざす。


 「それでもいいけど……多分、俺には勝てないよ<ドラゴニックブレイズ>」


 その瞬間、ドラゴンの鳴き声のような音を発しながら空に向かって魔法が放たれた。轟音を立てて窓枠を破壊し、エネルギーの塊が消えると、ソニアがぺたりと床に尻もちをついた。

 転がってきた薬瓶を拾い、俺はフッと笑って口を開く。


 「勝負あり、だな?」

 「くっ……」


 その瞬間、がっくりと項垂れるソニアの姿があった。だが、胸元に鈍い輝きを放つ何かが――

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