第二百八十九話 バカ息子ほどかわいい?


 勝負ありかと思ったその時、ソニアの胸元から緑色の鈍い輝きが放たれる。


 ――まずい、と俺の直感が告げ、咄嗟にソニアの胸元にあるネックレスを掴もうと手を伸ばす。するとその直後、部屋に転がり込むように入ってきた人影がソニアを庇うように覆いかぶさる。


 「母上ぇぇぇぇ!」

 「「バーニッシュ!?」」

 

 俺とソニアの驚愕した声が室内に響くと、バーニッシュはソニアを下敷きにしたまま俺を睨みつけて口を開く。


 「貴様ぁ、よくも母上を……! よく見ればルクスも居る……あいつと共謀し、領主の座を奪うつもりだな! ご安心ください母上、僕がお守りしますよ! 父上、すぐに助けに行きますから!」


 こいつ……父親がザンビアでないことを知らないのか? いや、今はソニアだ!


 「どけ、バーニッシュ! ソニアからおかしな光が漏れている、そいつを俺に渡せ!」

 「何だと? ……お、おお、母上、これはなんです?」

 「馬鹿! 不用意に触るんじゃないよ! ……ああ!?」

 「お、おおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!?」

 「なんだ!」

 「ラース!」


 バーニッシュがネックレスを手に取ると急に輝きが増し、目が開けられなくなる。最後に見えた光景は頭を抑えたバーニッシュと、そこから這い出るソニアの姿、そして駆け寄ってくるマキナだった。

 

 「こいつは……!」


 ファスさんが珍しく驚愕の声をあげたのを聞いた俺は、目をうっすら開ける。


 そこには――

 

 「あ、ああ、バーニッシュ……」

 「グフウウウウ……」

 「でかい……!?」


 バーニッシュの姿が緑色の肌をした巨大なオークへと変貌していた! 四つん這いになった状態から立ち上がると、その腹にはバーニッシュの顔があった。


 「魔物化したんじゃないのか? おい、ソニア、これはどういうことだ!」

 「し、知らない……教主様からいただいた私のネックレスがこんな……」

 「やっぱり福音の降臨、で、教主ってやつか! ……っと!」

 「グオオオオオ……!」


 丸太のような太い腕を振り回し、俺へ向かって振り下ろす。俺の身長がだいたい百七十六センチだが、こいつはゆうに三メートル近くある。オークはもっと身長が低い魔物なのでかなりのサイズだ。

 ただサイズ通り大ぶりな攻撃なので、避けるのはたやすい。けど、こいつを攻撃していいものかとバーニッシュの顔を見ながら思う。魔物化とは少し違うようだけど、どういう風になってるんだ?


 「こいつ!」

 「手伝うぞマキナ」

 「グルオオオ!?」


 巨大オークの背後にマキナとファスさんが迫り、左右の腕関節に拳を繰り出す。パキンという骨が折れる音と悲鳴が聞こえてくるが――


 「ウグォォォォォ!」

 「きゃあ!?」

 「ほっと! 確かに折れたはずじゃが、しっかり殴ってきおったのう?」


 ――すぐに腕を振り回し、ふたりは食らう寸前で滑り込むようにして拳を避けた。


 「グルゥゥゥ……」

 「人間がオーガになった時と同じで再生能力を持っているみたいだな。心臓を撃ち抜かないとトドメがさせないやつか?」

 

 オークは俺達を睨みつけながら威嚇をしてくる。以前戦ったオーガと見た目くらいしか差は無さそうなので、ケリをつけるならそれが良いと思う。


 「ふむ、ならばワシが一撃で楽にしてやろう"雷刺〟で貫けばすぐじゃ」

 「いや、それだと――」


 殺る気のファスさんを止めようとしたその時、床にへたり込んだソニアが悲痛な叫びを訴え始めた。


 「こ、殺さないでおくれ! その子は間違いない私の子なんだ! 馬鹿な子だけど……た、頼むよ……」

 「ルクスやナージャにひどい仕打ちをして命乞いか、馬鹿なのはお前の方だ! ……だけど、バーニッシュは何も知らないようだな」

 「……ええ、その子が領主になった暁には私『達』が裏で政治を進める手はずだったわ……」

 「母親としての感情はあるようだけど、勝手が過ぎる。だけど、このまま死なせたら寝覚めが悪いのも確かだ。やれるだけはやる」


 そう言った瞬間、ソニアが泣きそうな顔で頭を下げた。加害者から被害者へと変わったからと言って罪が消えるわけではない。先ほどまでの剣幕を鑑みると人を殺したこともあるだろう。だけど、裁くのは俺じゃない。 


 「まったくお前の彼氏はお人よしじゃて」

 「だからいいんですよ!」

 「俺から行く、隙を見て足を止めてくれ」


 ファスさんとマキナの会話もそこそこに俺は剣を両手に持ってオークへと踏み出した。ひとつ気になることがあるので、斬りこんだ形だ。


 「バーニッシュの顔が出ているのはなんでだ? 一か八か、確かめてみるか! <オートプロテクション>」

 「グオオオオ!」

 

 懐に潜り込むと同時にオークの肘が俺の頭上に落ちてくる。小回りは利かないと踏んだけど、なかなかどうして、本体より賢いんじゃないか?


 「グオォ!?」


 そして肘がオートプロテクションに接触した直後、パリンという小気味よい音と共に張った魔法陣のひとつが粉々に砕け散った。


 「プロテクションが割れた!? だけど、相打ち覚悟で構わない! はあっ!」

 

 バーニッシュの顔の下から皮膚と脂肪を斬る感覚で剣を入れて振り抜くと、下腹部から股間にかけてキレイに切り裂くことが出来た。

 

 「ア、ギャァァァァ!?」


 痛みはあるのか、悲鳴を上げるオーク。血が滴り落ちる中、切った痕見て俺は確信する。


 「何らかの要素で取り込まれただけみたいだな……取り出せば助かるかもしれない」

 「しかし再生が速い、策はあるかラース?」


 ファスさんの言う通りぐちゅぐちゅと嫌な音を立てて傷口が塞がっていく。取り出すには解体する必要があるけど、このスピードで再生されたら困難だ。

 だけど、さっきの攻撃でどれくらい剣を突き入れればバーニッシュを傷つけないかは分かった。後はトライ&エラーで救出するだけだ。


 「グオオオ!」

 「<ファイヤーボール>!」

 「グベ!?」


 顔面にファイヤーボールを撃ち込んでオークを後ろに引かせ、俺はマキナ達のところへ戻り、半身で構えたまま告げる。


 「マキナ、ファスさん、セフィロ、俺に考えがある。聞いてくれ」

 「わたしの出番はまだですかー!」

 「うるさいよバスレー先生! っていつの間にこっちへ来たのさ!?」

 「ラース君が戦っている間にちょちょいっと。それで?」

 「バスレー先生が居るなら確実になるか。それじゃ――」

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