第二百八十話 作戦開始


 ――ヒンメルさんと共に領主邸へ行った後、宿に戻ってから夜まで過ごし、また夜勤のオーフの所へ向かう。バスレー先生含む城のみんなが居るし、俺が離れても問題ないだろう。


 「さて、オーフはちゃんと出勤しているかな? ……ん? あれは……」


 そういや気弱な男って知り合いに居ないなと思いながら詰所へ近づいていくと、見知った顔が居ることに気づく。あれは……バーディか。

 今朝の話をした後なので疑わしいことこの上ないただ雇われただけか、ソニアの協力者か。判明するまで誘いは断るべきか。

 俺が詰所へ近づくと、バーディと話していたオーフがこちらに気づき、声をかけてくる。


 「あ、ラース様! こんばんは、どうしたんですかこんな時間に?」

 「やあ、オーフ。昨日は世話になったから差し入れを持ってきたよ」

 「これはどうも……おひとりですか?」

 「ああ、夜だし俺だけ出てきたんだ」


 俺がパンとソーセージの入ったバスケットを手渡すと、横で見ていたバーディが残念そうに口を尖らせる。


 「なんだ、バスレーはいねえのかよ。話したかったんだがなあ」

 「あんな性格だけど女性を連れて歩くわけにはいかないからな。それより、俺が言うのもなんだけどこんな時間にどうしたんだい?」


 どこまで本気なんだかわからないが、適当にかわして何をしているのか尋ねる。バーディは肩を竦めて俺に返事をする。バーディ以外に五人の男、か。


 「ちっ、仕事があるから会いにいけねえな。……ん? ああ、大したこっちゃねえんだが、周辺の状況を伝えに来たんだよ。思っていたより魔物が活発でな、もしかしたらスタンピードが起こるかもしれない。だから、町の防衛を任されているここに伝えにきたってわけだ」

 「そんなに状況は悪いのか?」

 

 俺は何気なく尋ねてみると、肩を竦めて出口に顔を向けて答えてくれる。


 「まあ、良くはねぇな。だけど安心しろ、俺たちがそんなもん気にしなくていいようにしてやるからな」

 「心強いね。そういえば、バーディ達の作戦に俺たちも参加することが決まったのはザンビアに聞いたかい?」

 「へえ、お前たちが? ……なるほど、了解したぜ。明日領主様には確認するが、その時はよろしく頼む」

 「ああ」


 バーディが握手を求めてきたのでそれに応じる。すると、横にいた男がにやにやしながら俺の肩に手を置いて冷やかしてきた。


 「大丈夫かあ? 俺たちの足を引っ張るんじゃねぇぞ」

 「問題ないよ。別の領だけど、俺も領主の息子だ、この事態を見過ごすほど冷たくはない。それに――」

 「!?」


 俺は一歩下がり腰のサージュブレイドを抜いて半身で構え、左手にファイアを出してアピールする。直後、バーディを含む冒険者の一団がごくりと息を飲んだ。


 「す、すげえ剣だ……」

 「魔法もすごいぞ……」

 「業物か? はっはっは、それに領主の息子だってか? そりゃ、覚えてもらうために頑張って守らないといけねぇな、仕事を貰うためによ。んじゃ、用は済んだし、帰るか」

 「俺たちも死にたくはないから全力でやるよ、またな」


 剣と魔法を片付けてそう言うと、バーディ達は町のほうへ歩いて行く。オーフに話しかけようとしたところで、背中から声をかけられ振り返る。


 「なあ、その作戦にバスレーは来るのか?」

 「ああ、その予定だけど?」

 「……そうか」

 「何かあるのか?」

 「いや、なんでもねえ。じゃあな」


 バーディは振り返ると、背中を向けたまま手を振り町の闇へと消えていく。危険な目に合わせたくない、とかだろうか? 真意は分からずそれを見送った後、俺はオーフを手招きして近くへ呼ぶ。


 「……なんか、きな臭い感じですかね?」

 「聞いてのとおり、俺達はあいつらの作戦に参加する。で、ここに来たのはそのことと、ルクスについて伝えるためだ」

 「! 見つかったんですか……!」

 

 色めき立つオーフに、俺は頭を振って否定する。


 「……いや、見つかってはいない。ちょっと複雑な事情があるから、ナージャには言うなよ? 領主の証であるメダリオンを持って逃げているらしいんだ。尚のこと先に見つけないといけなくなった。だから、オーフ、ルクスの情報が入ったらすぐ教えてほしい」

 「メダ……!? わ、分かったよ! ナージャに……いてっ!?」

 「だから言うなって。心配するだろ? オーフはナージャのことを守ってやってくれ」

 「う、うん……」


 ルクスよりこっちの方が心配になるな……俺は後ろ髪を引かれる思いで詰め所を離れてマキナ達の元へと戻った。

 

 ◆ ◇ ◆


 「はー、中々やりますねえ」

 「素直に美味しいって言えばいいのに」

 「♪」

 「湧き水美味しかったのかしら? セフィロもご機嫌ね」

 「呑気ですね……」

 「どうあっても、やることは変わらないしね。声がかかるまでは警戒を解かないで普段通り過ごす方がいいよ」


 領主邸に出向いてから三日ほど経ったが今のところ声はかからず、俺たちは観光者状態で毎日町を散策していた。

 気になるのは町の人々の外出を控えさせているのか、というところだ。お触れが出たのはつい最近らしいという情報も手に入ったけど、なぜなのかまでは把握できていない。大規模作戦でそれが分かれば御の字だし、明確な『敵』がしっぽを出してくれることを願いたい。


 「まだ作戦が始まらないね。魔物の数は増えているみたいだし、大丈夫かしら?」

 「考えがあるのか、下準備が必要なのか……向こうの出方待ちなのがもどかしいけど、下手に動くわけにはいかないんだよな」

 「うむ。こちらから打って出て良いこともあるが、今回は敵の真意が分からん。後の先を取ればそれでええ」


 ファスさんがほっほと笑いながら現状を語り、俺はそれに頷く。さて、そろそろ動きがあるかと思ったところで、道の向こうから馬車が走ってくるのが見え、俺たちの近くで停車した。


 「ああ、ここにいらっしゃったんですね! ソニア様から通達です。二日後の早朝にクランと共同作戦を開始するとのことです」

 「了承したと伝えてくれるかい? いいね、みんな」


 ヒンメルさんが微笑みながら言い、俺達も呼応するように笑う。いよいよ、全てをはっきりさせる時が来たのだった。

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