第二百七十九話 駆け引き


 「さて、資料を確認させていただきましたので、そこについて質問です」

 「ええ」


 資料には自信があるのか、先ほどまでと違って特に焦るそぶりも見せずザンビアが頷く。バスレー先生はふっと息を吐くと話し始める。


 「まずはご苦労様、というところでしょうか。魔物の数が増えている割に農作物の収穫は悪くありません。トレントが発生している割に近くの村々はしっかり作物を収穫していますねえ」

 「もちろんですよ。町だけで作物を作るには限界があります。村が無くては立ち行かないのは当然でしょう。村には人員を割いていますから」

 「なるほど、後手に回っているのはそのあたり、ということでしょうかね?」

 「その通りですわ」


 ソニアがご機嫌で頷き手を合わせる。それを一瞥したバスレー先生は目を細め、その後も次から次へと質問をしていく。


 「――ということでございます」

 「承知しました。帳簿も不正は無さそうですし、農林水産大臣としての話はこれで終わりでいいでしょう」

 「ありがとうございます」


 ザンビアがホッとしたような顔で安堵のため息を吐き、バスレー先生の質問は終了した。資料をチラ見したけど、数字に問題は無さそうだ。


 「それでは、その大規模作戦とやらが決まれば教えてください。ラース君、ヒンメル審問官が先走って言いましたけど、一緒に参加してもらえますか?」

 「改まって言わなくても大丈夫だよ先生。ルクスも気になるけど、領に関わる者として放っておくのは気が引けるし」

 「そういってくれると思っていました。審問官、お話はこれで終わりでいいですかね?」


 バスレー先生がそう言うと、ヒンメルさんは笑って席を立ちながら場を終わらせる。


 「そうだね。それじゃ、僕たちは大きな方の宿‟スイートシュガー”に居る。バスレー大臣もそっちに移動してもらうから、そのつもりで」

 「承知しましたわ」


 俺達は応接室を出ると、別室で待機していたマキナとファスさんと合流。話そうとしたけど、バスレー先生がそれを遮り、そのまま屋敷を後にする。

 帰りの馬車は関係者だけで一台使い、少し離れたところで俺は話し出す。


 「まさかメダリオンをルクスが奪って逃げていたのは驚いたよ。このままだとあいつら家が取りつぶしになるぞ」

 「まったくだね。これ、ルクス君が身内じゃなかったら僕の権限で終わらせられたんだけど、あのドラ息子はだいぶ危険だねえ」

 「ま、あいつのおかげで情報が手に入ったし良かったかな?」

 「いや、彼らはルクス君を見つけたらメダリオンを盗んだ罪、みたいなことを言い出しかねないからまずは僕たちで見つけるのがいいだろうね」

 

 そこでずっと黙っていたバスレー先生が珍しく神妙な顔で口を開く。


 「とりあえず、あの一家全員臭いというのが分かったので大規模作戦とやらは注意した方がいいですね」

 「どうしたんですか? 何か気になることでも?」

 「ええ、資料の話をした時に『村の収穫は良かった』という話をしたんですよ。トレントが発生している、ということを伝えたうえで。ザンビアさんは特に気にした風もなく村を守っているからできたと答えたんです」


 バスレー先生が人差し指を立てて尋ねてきたマキナへ返す。言いたいことが分かった俺がバスレー先生へ答え合わせをする。


 「……ってことは、トレント、もしくはクリフォトが脅威ではない。もしくはオリオラの時みたいに操っていると?」

 「その通りですラース君。オリオラ領の時と違い、村の収穫量が明らかに多いんですよ。それに……兄ちゃんはここに来る途中トレントと戦いましたか?」

 「いや、そういえば見ていないかな?」


 ヒンメルさんが頷き、バスレー先生は確信したように続ける。


 「あの三人、もしくは第三者がそれを行っている可能性は高いですね。特にソニアさんは気を付けた方がいいと、死んだばっちゃんも言ってます」

 「ウチのお婆さんは生きているよバスレーちゃん!?」

 「ババアはしぶといからのう」


 ファスさんの何とも言えない感想を聞き、俺とマキナは顔を見合わせて苦笑する。そこでマキナがハッとした顔で俺に言う。


 「ということは”福音の降臨”が関わっている……?」

 「恐らくね。全員か、黒幕が誰かひとりか。だからバーディ達クランの人間も敵の可能性が高いってことさ」

 「あ……! だから大規模作戦は気をつけろって……」

 「そういうことです。さ、まずは宿の引っ越しの準備をしましょうか? 善は急げ。死んだばっちゃんが言ってました」

 「お婆さんとそんなに仲悪かったかな!?」


 バスレー先生がうんうんと頷く中、俺達は宿へと帰っていく。

 さて、決戦は作戦決行時、か。罠を仕掛けてくる可能性があるなら、こっちも何か考えておくか。


 とか考えていると――


 「うわ!?」

 「きゃああ!? な、なに!?」

 「何やってるんですか!?」


 ――突如、馬車が急停止して俺達は馬車内で大きく揺らされた。いったい何事かと外を見ると……




 ◆ ◇ ◆


 <領主邸>


 「メダリオンを持っていかれたのを知られてどうする! この馬鹿者が!」

 「ぐへ……!? ル、ルクスの奴がこれで罰せられると思ったんだ……」

 「どうしてそう思慮が足らんのだお前は! 仕事は中途半端、剣も魔法もルクスには及ばない。これでは次期領主の座はルクスの方がマシかもしれん」

 「そ、そんな!?」

 

 リビングで失態を見せたバーニッシュに対して激昂するザンビア。それも無理はなく、このままでは継承どころかはく奪の可能性の方が高い。ザンビアはソファに深く座り、額に手を置いて呻く。


 「そもそもナージャとルクスを追い出すつもりは無かったんだ。お前とソニアが追い詰めなければ……ルクスはそれで盗んだのかもしれん……」

 「さっきから聞いていれば馬鹿なことを。長男にまず権利があるのですから、バーニッシュで問題ないでしょう? 妾の子を跡継ぎなど、他の貴族に笑われます」

 「お前がバーニッシュを甘やかさなければ、こうはならなかったかもしれんだろうが! すぐ弱音を吐いてはつらいことから目を反らす。勉強が出来るだけでは意味が無いのだぞ? 人との付き合いは駆け引きも必要だ。思っていることを直線的にやるだけではいつか痛い目に合う」

 「……」


 ソニアは目を細め、口をへの字に曲げたまま無言でザンビアの言葉を聞く。それを肯定と取ったザンビアはソファから立ち上がり出口へと向かう。


 「ど、どちらへ?」

 「少し休む。ソニア、冒険者どもが戻ってきたらルクスの捜索に当てるのだ。メダリオンのことを知られた今、魔物よりも重要なのはそっちだ」

 「……わかりました」


 ザンビアは深くうなずきリビングを出ると、強く扉を閉めて廊下を歩きだす。やがて足音が聞こえなくなったところで、ソニアがぼそりと口を開く。


 「まったく、面倒な旦那だよ。さっさとバーニッシュに継がせればいいのに、何だかんだ理由をつけてルクスルクスと……」

 「母上……僕はダメな男なんだろうか? 母上の言う通りにやっているのに、父上は気に入らないみたいだ」

 「大丈夫よ、あんたは優秀な子。自信をもちなさいな」

 「うん……」


 バーニッシュを抱きしめながら優しく言い、肩越しに鋭い目を出口へ向けて胸中で、


 (実際ルクスは知恵が回る……このままじゃバーニッシュは領主になれない……それは困る。ザンビアを事故に見せかけて始末すればすぐに選挙はできないから仮の領主として立たせることができる……足場を作って、それから外堀を埋めるましょうか……)


 謀略を企てるソニアだった。

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