第二百七十八話 腹を探る


 「ようこそいらっしゃいました審問官殿」

 「ヒンメルと申します。本日はお忙しい中、ありがとうございます」

 「そ、それでご足労頂いたのはどういったご用件で……? それに――」


 屋敷へ足を運ぶと、ザンビアとソニアの領主夫妻が迎えてくれ先日と同じ応接室へと案内された。ザンビアはにこやかに挨拶をし、ソニアは見た目冷静に務めて口を開く。一緒にいる俺達に訝しげな眼を向けて。


 「――いえ、なんでもありません。ご用件を伺えますでしょうか?」


 何か言いかけようとしたが飲み込み、再度ヒンメルさんへ笑顔を向けて質問を投げかける。この部屋には、ヒンメルさん、バスレー先生、俺、ヒンメルさんの秘書の女性と護衛の騎士だけ。

 応接室に入れないということで、マキナとセフィロ、ファスさんや他の護衛は別室で待機となっている。

 

 「母上、僕はマキナと一緒に居たいから抜けてもいいかな?」

 「ダメに決まっているでしょう。あんな田舎娘よりいい娘を見つけてあげますから」

 「ちぇ……」


 舌打ちをしたいのは俺の方だ。こいつまだ諦めていない上に、ソニアは田舎娘と言ったな? くそ……ぶっ飛ばしてやりたい……


 「まあ、確かにそうですね。そのお坊ちゃんにマキナちゃんは勿体ないですし、まったくお似合いじゃありません。相応の女性を見つけた方が賢明ですね。どこかに居ますよ、きっと」

 「な……!?」


 不意に発言したバスレー先生の言葉にソニアの顔が歪む。ナイスだバスレー先生。その様子を苦笑しながらヒンメルさんが諫めつつ、本題に入った。


 「すみませんね、ウチの妹が。ラース君やマキナさんとは長い付き合いなのでお許しいただきたい。早速ですが、今回訪問させてもらったのは城へこういう書状が届いたからです」

 「書状……?」


 ザンビアが目を細めてヒンメルさんが差し出した書状を手に取り内容を確認する。一通り読み終わった後、目を丸くして口を開く。


 「な、なんですかこれは……? 妻が殺されかけた? そんな事実はどこにもありませんぞ」

 「どういうことですあなた? ……これは……」

 「母上は命を狙われたりしない。町民にも正しくあるのでね? まあ、狙うとしたら僕の弟……義理ですがルクスという男が狙う可能性がありますかね。今は家から出ているので行方が知れませんが……」


 バーニッシュがくっくと笑い、ルクスを下げる発言をする。その発言にソニアが眉尻をぴくぴくとさせながらバーニッシュの足を抓る。


 「あいた……!? 母上なにを――」

 「あんたは黙ってなさい……! そ、そういうわけなので、私が殺されかけたという事実はありませんので……それにしても誰がこんないたずらを……」

 

 ソニアは冷や汗をかきながら書状をヒンメルさんに返す。そんな危険は無かったということであれば焦ることでもないと思うが……? とりあえず口を挟む余地は無いので俺は黙って様子を伺う。するとヒンメルさんはにこやかに書状を受け取り、次の議題に入る。


 「それは何よりですね。危機が迫った場合は遠慮なくご相談を……さて、それでは次の話をしましょうか」

 「ま、まだ何か?」

 「ええ、他に二つほど。まずは先ほど息子さんが発言された弟さんについてですね。どうも義母のソニアさんと義兄の仲がよろしくないと聞いていますが?」

 「そ、それは……」


 ザンビアがごにょごにょと口を動かす。そこでヒンメルさんが真面目な表情と声色を変えて言う。


 「あなたが勝手に妾の子をこさえるのは構いませんが、それならその責任を取るべきだと思いますがね。確かに正妻はソニアさんで、長男はバーニッシュ君ですが、ルクス君とナージャさんでしたか? 成人しているとはいえ、お二人にも目をかけてやってはいかがですか?」

 「あ、はあ……」

 

 冷や汗をたらしながら曖昧な返事をするザンビア。そこへまたバーニッシュが口を開く。

 

 「お言葉ですがヒンメル殿、彼らは自らの意思でここを出ていますからその必要はないと考えます。さらに領主の証であるメダリオンを持ち出して行方をくらましているのです。温情どころか犯罪者として――」

 「ば、馬鹿者!?」

 「ほう……メダリオンが無い、と?」

 

 ヒンメルさんの目が冷ややかに細められる。それも無理はない……メダリオンは領主が代々受け継ぐもので、これが無いと領主どころかお家取りつぶしになるレベルだ。もちろんウチにもあって、父さんが身に着けるか、金庫にしまわれている。

 特殊な魔法がかけられているため、複製はできず、再発行をするしかないのだけど、イコール領主の資格をはく奪されてるということになる。


 「だ、大丈夫です! 探し出している最中ですから! 先ほどおっしゃられたようにルクスも私の息子。盗まれたわけではないので!」


 ザンビアが相当焦って、ヒンメルさんの言葉を借りうまくかわす。身内なら確かに持っていても構わないが、グレーゾーンだぞ……


 「……まあいいでしょう。ただし、僕の滞在期間中に発見すること。これが条件です。それができない場合は相応の処置を取らせていただきますね」

 「わ、わかり、ました……」

 「くっ……」

 「問題ない! すぐに探し出す所存です」


 ザンビアとソニアが呻くように声を絞り出し、バーニッシュが得意げに腹を揺らす。やはりこいつはアホだと言って差し支えない。あ、ソニアに殴られた。


 「ではもう一つ。ここに来るまでに相当苦労したのですが、少々魔物の数が多い。ギルドとの連携、防衛についてはどうなっていますか?」

 「は、それについては手は打っております。この数か月で一気に増え、もともと多かったトレントもいたため後手後手になっておりましたが、この度、妻がクランを呼んで大規模な掃討作戦を行っております」

 

 ザンビアが先ほどの失態を取り返そうと大仰に、自信を持って口をつく。そしてそれに便乗し、ソニアもパンと手を打ってから笑顔で言う。

 

 「ええ、主人の言う通り私が呼び寄せました。お恥ずかしながら昔は冒険者をしておりましたの。で、その伝手を使った形ですわ。今日から仕事に入ってもらっていますのよ! 今頃は森の中で魔物討伐に当たっているはず」

 「なるほど、それは安心ですね」

 

 ヒンメルさんが頷くと、ソニアは笑顔で続ける。


 「それで、少しお願いがございまして……今度、クランが大規模な作戦をする予定なのです。それに参加してもらえないかと。戦力は多い方が良いかと思いまして、如何でしょうか?」

 「ふむ、いい案だと思います。僕や妹ちゃんはそれほど戦えませんが、騎士もいますし、ラース君もマキナさんも強い。さらに雷撃のファスさんもいるので、お役に立てるでしょう。討伐の報酬は僕たちからも少しお出ししますのでご安心を」

 「それは助かりますわ……! ギルドの人間も使うつもりでしたから」


 ソニアの目がきらりと光り、大喜びで頭を下げた。クランの人数は多いし、報酬が少しでも城からならかなり助かるだろうしね。


 「では、メダリオンの件はお願いしますよ? 滞在は一週間ほどを目途にしておりますので」

 「は、はは……」

 「存じております……」


 そこは譲れないらしいヒンメルさんの冷ややかな笑顔を受け、夫妻は苦笑いをしていた。ヒンメルさんの話が終わったところで、黙って聞いていたバスレー先生が手を挙げて資料をテーブルに出して口を開いた。


 「それじゃ兄ちゃ……ヒンメル審問官のお話が終わったということで次はわたしですね。質問、よろしいですかね?」

 

 次はバスレー先生か。

 それにしてもルクスがまさかメダリオンを持って逃げたとは驚いた。もしかして最初からそれが狙いだったのか? 何にせよ早く出てきてもらいたいところだが、そうなるとことは簡単には行かないか?

 俺が考えている間、バスレー先生の質問が続けられる――

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