第二百七十七話 到着の兄ちゃん
――朝食を食べた後、程なくして俺達はヒンメルさんの居る宿へと向かっていた。ルクスが見つからない今、先に埃を出しておくべきは領主一家だろう。そのためにヒンメルさんの協力は必須と言える。
「朝食、美味しかったですね!」
「あー……でも、ラース君のハンバーグに比べたら全然ですよ……早くおうち帰りたいっ!」
「子供みたいなことを言うでない。焦らずしっかり見極めるのが大切じゃて」
「ファスさんの言う通りだよ。正直、ルクスが見つからない限り何が起こっているのかわからないんだ。最悪、一度ナージャをイルミネートの町へ連れて行って匿う必要もあるかもしれないんだ」
俺は小声で口を尖らせると、ファスさんは肩を竦めて笑う。
「ほっほ。ラースは分かっておるのう。マキナよ、お主はどう見る?」
「へ!? わ、私ですか?」
「うむ。ラースに任せるのは信頼という意味では良いが、自身も頭を使わねば柔軟な対応はできん。知恵は出し合ってなんぼじゃ」
ファスさんがこれも修行の一環じゃと言って考えを言う促す。マキナは唇に指を当て、上を見ながら小声で答えた。
「えーっと……ルクスは何か秘密を知ったから姿を消したと思うんですよね。それが何なのかはわからないですけど、バスレー先生達、城の人が来るようにしたのはそれを暴くため、とか? ヒンメルさんも来たし、それを狙って出てくるんじゃ?」
「それはありそうだな……機会を見て出てくるとしたらそろそろか」
俺もそういうと、ファスさんが満足気に頷き口を開く。
「いい勘じゃと思うぞ。さて、どうやら到着したようじゃ」
「だな。それじゃ、休んでいるところ悪いけど挨拶させてもらおう」
「兄ちゃんは大丈夫ですよ」
まったく信用ならないバスレー先生の声に苦笑しながら俺達は高級そうな宿の扉を開ける。中に入るとまずはロビーのようにきれいな待合室が広がっていて、オーフに案内された宿とはまるで違――
「なんですかここ!? めちゃくちゃいい宿じゃありませんか! 兄ちゃん! にいちゃーん!」
「うるさいよバスレー先生!? 朝なんだからもうちょっと静かにしなよ!」
「おっと、そうでしたね。ちょうど知り合いが居るので、聞いてみましょうか」
バスレー先生はそう言って近くで休んでいた騎士に声をかける。その人はバスレー先生を見て、肩を竦めると、ヒンメルさんの部屋を教えてくれた。
「あんまりヒンメル様を困らせるんじゃねえよ?」
「わはははは! そんなの今更ですし、わたしも兄ちゃんには困っていますからねえ」
「まあいいや、俺達は交代で休むから騎士たちを使うときは呼んでくれ」
バスレー先生はにこっと笑い、上げた片手を挨拶代わりにして教えてもらった部屋へ向かう。バスレー先生は深呼吸をした後、一言呟く。
「突撃……!」
「待って待って!? なんでそうなるんですか! 普通にノックしましょうよ」
「一応、奇襲して手足を動けないようにしておかないと……!」
「何でさ……マキナ、止めといて、俺がノックするよ。すみません、ラース=アーヴィングです。ヒンメルさんの部屋がこちらだと聞いて来ました」
「あああああ!?」
マキナが羽交い締めにしている間、俺は扉をノックする。すると、お付きの人と思われる女性が静かに扉を開けてくれた。
「あ!? バスレー大臣じゃありませんか!? もう、なんで先に行ったんです? 何かあったら怒られるのはバスレー大臣なんですよ!」
「くっ……やはりいましたね、ライムさん。だから奇襲をかけたかったのですが」
「この人にするつもりだったんだ!? ……ま、まあ、いいや、長くなりそうだし、ヒンメルさんに会えるかな?」
「ふふ、バスレー大臣は相変わらずですね……大変でしょう? ええ、魔物との戦闘が多かったから疲れているけど、少しなら大丈夫よ。入って」
俺達はライムと呼ばれた女性に招かれ部屋に入り、テーブルでお茶を飲むヒンメルさんと目が合った。彼はカップをテーブルに置いて口を開く。
「やあ、おはよう。僕達はさっき到着したところだけど、よく分かったね」
「ええ、丁度入ってくるところを見ていたんですよ。結構戦いました?」
「なるほどね。まあ、そこはどっちでもいいか、接触する時間を短縮できたし。で、魔物とは相当戦ったよ、これは異常事態と言っていい。ルクス君の件で来たけど、そっちも問わないといけないかもしれないね」
笑ってはいるけど、明らかに疲れた顔をしているヒンメルさん。魔法使いが居ないとあの数を捌くのは骨が折れるのは間違いない。
「何か情報がありそうだけど、僕たちは一旦昼まで休むことにするよ。申し訳ないけどね」
「いや、朝から押し掛けたの俺達だしこっちこそ申し訳ない。ここに来たのは、居場所の報告といつ領主邸に行くかを聞きたかったからなんだよ」
「ああ、なるほど。そうだね、昼過ぎには向かおうか。他に何かあるかな?」
流石に徹夜明け早々向かわないか。
ヒンメルさんがそう言うと、バスレー先生がいつの間にかテーブルに着席し、お茶を飲みながら口を開く。
「今回問題を起こしたとされるルクス君ですが、情報によると虚言らしい。会ってないからわからないけど現状は白に近いグレーって感じですね。だけど、兄ちゃんは『知らないてい』で話を進めて欲しいですね。ちょーっとわたしの方も聞きたいことが増えましたからねえ」
昨日見ていた資料の件だろう、少々うんざりした顔で肩を竦める。
「了解したよ妹ちゃん。さて、抱き枕になってくれるって話だっけ?」
「一切そんな話はしていませんがね? 猟奇事件の被害者になりたくなかったら早く寝ましょう」
「小さい頃はべったりだったんだけどねえ」
「え、聞きたいです!」
「シャラップ、兄ちゃん! マキナちゃんもそんな面白くない話は聞かなくてよろし! さ、とりあえず今のところは帰りましょうか。わたしたちはこの宿に居ます」
「ちょ、ちょっと、押さないでくださいよ!」
捲し立てるように話を切り上げ、地図を置いたバスレー先生が席を立ってマキナの背中を押して宿を後にする。
すれ違いは困るので宿でセフィロと遊んだり、マキナの修行を見るなどして時間を潰し、再度俺達は領主邸に踏み込むのだった。
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