第二百七十六話 違和感


 「さて、と。まずはオーフのところへ行くか」


 二日目の朝。

 俺は窓を開け放ち、陽もまだ昇っていない空へと舞い上がる。もちろんインビジブルで姿を消すことも忘れていない。


 「古代魔法のダブル使用も久しぶりだなあ。テイマーもいいけど、他に古代魔法を知っている人とかいないかな? インビジブルとレビテーションは慣れちゃったから魔力消費はかなり抑えられるようになったし」


 古代魔法を使える人はそう多くないし、お爺さんみたいなお年寄り魔法使いだから見つけるのは難しいんだよね。

 そんなことを考えながら気持ちのいい空を飛びながら町を見下ろし、探索を兼ねた空中散歩を楽しむ。


 「流石に迂闊な真似はしないか? とりあえずオーフのところへ」

 

 やはりルクスは見つからず、俺は姿を消したまま門の近くへ着地。

 通るときに確認した屯所のような場所へと向かうと、ちょうどあくびをしながら出てくるオーフと出くわす。装備を着込んでいないところを見ると夜勤が終わったところのようだ


 「ふあ……一旦帰って……」

 (オーフ、オーフ)

 「ふあ!? だ、誰!?」

 (静かに。こっちへ来てくれ)

 「あれ、その声はラース様……? は、はい……」


 俺はオーフの袖を引いて町側へ抜け、人目が無いことを確認して城壁の上へ飛びあがる。


 「うわあ!? と、飛んでる!?」

 「あまり大きな声を出さないでくれ、ほら地面だ」

 「こ、こんな魔法初めて見ました。ラース様は魔法使いなんですね?」

 「まあ、そんな感じかな。どうだいナージャの様子は。それと何か変わったこととか無かったか?」


 まだ一日しか経っていないので情報はないと思うけど、一応聞いてみることにする。それでも門の出入りは見ているはずだし、聞いて損は無い。


 「問題なしですね。冒険者の一団が通りましたけど、奥様に呼ばれていたことが証明されていました。ナージャにはこの後、一眠りしてから食事を届けようかなと思っていたところですよ」

 

 ん? 今……


 「ちょっと待ってくれ、今なんと言った?」

 「え? この後汗を流して――」

 「違う、その前! 『奥様』と言わなかったか? 領主じゃなくて?」

 「はあ、そうですね。クランの人たちはソニア様に言われてここへ来たと言っていましたけど?」


 気にした風もなく首をかしげるオーフをさておき、俺は口に手を当てて考える。……どうしてザンビアじゃないんだ? と。

 こういう依頼をする時に妻が出しゃばることはまず無いし、もし妻であるソニアの言葉だとしても、領主であるザンビアが呼んだことにするのが一般的だ。プライドとかではなく、手続きの問題で。

 ルツィアール国へ行った母さんの時のように、領主がどうしても手が離せない場合はその限りではないけど、揃ってザンビア夫妻が健在だったことを俺は確認している。

 なので『ソニアに呼ばれた』とバーディが言ったのであれば、ザンビアに伝えず呼んだ可能性が非常に高い。


 「ありがとうオーフ、ちょっと考える余地ができたよ」

 「?? あ、どうも……」


 やはり分かっていないオーフが首をかしげながらお礼を言い、今日は領主邸に行くかと考え、人が起きだす前にオーフを送り届けるため再びレビテーションで飛び立つ。


 「ん? あれは――」

 「レフレクシオンの紋章が入った馬車ですね」

 「ということはヒンメルさんか」


 早朝から領主邸には行かないだろうから、いったん宿で休息をするはずだ。接触して一緒に行くのもアリかもしれない。


 「多分、あの人数なら隊長が大きな宿に招いているはずですよ。それじゃ、何か分かったらまた教えてください!」

 「ああ、そっちもナージャを頼むよ」


 オーフは笑いながら半身だけ振り向いて手を上げると、そのままフラフラと町の中へと消えていく。大丈夫かなあ……俺は後ろ髪を引かれながら、ヒンメルさんたちの到着した宿を確認後、自室へ戻る。


 「!!」

 「うわ!? ……びっくりさせるなよセフィロ。どうしたんだ?」

 「!」


 出て行った窓から入り、インビジブルを解くとセフィロが俺の胸に突撃してきた。尋ねると枝をばさばさ振りながら、真っ赤な花を頭に咲かせ、抗議しているように見える。


 「ひとりで出て行ったから怒っているのか? だってお前かごに入れないといけないし、寝てただろ」

 「!!」


 俺の言葉にひとしきり枝を振った後、机の上で背中を向けて座る。珍しい光景だなと苦笑しながら俺はセフィロをひょいと持ち上げかごに入れ言う。


 「お前は俺がテイマーになるまで我慢してくれ。資格を取ったら外に連れてってやるから」

 「!」


 そこでようやく機嫌を直したセフィロを連れてマキナ達の部屋をノックする。


 「ふあーい……おはようラース。セフィロも」

 「♪」

 「おはようマキナ。バスレー先生とファスさんは?」

 「師匠は朝のお散歩で、バスレー先生はまだ寝ているわ。遅くまで資料を確認していたみたいだから、もう少し寝かせてあげようかなって」

 「ああ、そういうところは真面目なんだよなあ。とりあえず俺はオーフに会ってきた。話の中で気になることがあったから、揃ったら話すよ。それとヒンメルさん達が到着したよ」

 「あ、そうなんだ! なら――」


 と、マキナが口を開こうとしたところで、ベッドでお腹を出して寝ていたバスレー先生がビクンと体を跳ねさせて飛び起きた。


 「今、兄ちゃんの名前が聞こえましたよ!?」

 「びっくりしたあ……起きたんですね先生」

 「ああ、マキナちゃん……おはようございます。兄ちゃんの名前が聞こえて慌てただけです」

 「いったいヒンメルさんに何があるんだよ……まあ、到着したみたいだけど一旦宿に行ったよ。まだ領主邸に行くことはないと思うから寝ててもいいよ?」

 「いえ、兄ちゃんが来たなら早速会いに行きましょう。ちょっと気になることもありますし。あふ……」


 バスレー先生は机の上に置いていた資料に目を向けてあくびをかみ殺す。ちょうどその時、ファスさんも散歩から戻ってきて俺の背中に声をかけてきた。


 「戻っておったかラース。もうちょっと上手くやらねば大騒ぎになるぞい? ほっほ」

 「げ、見られてたのか!?」

 「その消える魔法、もっと昇華させれば同行者も消えたりはできんもんかの?」


 ……確かに試したことは無いけど、できるかもしれない。そのうちマキナと試してみるか。朝食をそこそこに、俺達はヒンメルさんの下へと向かう。バーディ達の様子も見に行きたいけど、まずは妻のソニアを突いてみるか。

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