第二百七十三話 悪びれた様子もなく


 「<ヒーリング>っと。ひどい目に合っているのに懲りないね、バーディ」

 「バーディ……? あ、ああ、サンキュー! コホン。そこにいい女の乳がある。だから揉む。OK? あ、そっちの姉ちゃん怖い顔して拳を作るなって!? 冗談だよ冗談」

 「冗談もクソも、もう揉んだ後ですけどね。この落とし前は酒場でつけてもらうとして、前にグラスコ領に行くのは危険だとか言いながら自分が来ているんじゃありませんか」


 ちゃっかりまた奢らせるつもりのバスレー先生が目を細めてそういうと、バーディは床に座り込んだまま後ろ頭を掻きながら笑う。


 「ぬははは! ま、見ての通りなんだが、ここに集まっているのはほとんど俺が所属するクランのメンバーでな。この町から依頼が来て、ちょっと前に着いた。キナ臭いって言ったのは、依頼内容があぶねえってことを知っていたからだな。ていうか結局来たんだな」

 「なるほどな。まあ、危険なほど報酬はいいから俺達としてはその依頼受けてみたいところだ」


 誰から受けたのか、という疑問は残るけど俺達の正体が大臣とその一行というのをまだ語る必要はないだろう。彼らも依頼をした人物が味方だという保証はないし、何か情報を手に入れられる可能性もある。


 「ほら、立てるか?」


 俺がバーディの手を取って立ち上がらせると、首をコキコキと鳴らしながらニカッと笑い口を開く。


 「手助けしてほしいところだが悪いが参加させられねえ。なあに、強力な魔物連中を倒した後、ゆっくり狩りをすればいいだろ」

 

 そこはしっかりとした考えを持っているようで、借金があると言った俺達にも情はかけないみたいだった。作戦を立てたりしているだろうから部外者は入れにくいと考えるべきか。するとそこでバスレー先生が口を尖らせて問う。


 「あなたの力でも難しいですかねえ?」

 「くっく、そう言ってくれるのは嬉しいが、こればかりはな。リーダーは俺だが、あいつらの命を握っているようなもんだ、勝手はできねえってもんよ。代わりに今晩は飲もうぜ! また会えるとは思ってなかったから嬉しいんだぜ?」


 そう言ってバスレー先生の肩に腕を回すバーディ。この人、本当にバスレー先生が好き……? そんなことを考えていると、バーディの腕を抓りながらバスレー先生が口を開いた。

 

 「いってー!?」

 「残念なことですが、まあ破廉恥行為のお詫びとして奢られましょう! 場所は?」

 「いてて……このギルドでやる。時間は20時くらいだな、さて、ちっと打ち合わせをするから出て行ってもらえるか?」

 「仕方ありませんね、行きましょう皆さん」


 背中越しに『悪いな』という声を聞きながら俺達はギルドを後にする。少し離れたところで立ち止まり、ギルドを振り返ってぽつりとつぶやく。


 「依頼主は領主で間違い無いだろうけど、いつ依頼を実行するのかとメンバーの人数くらいは把握しておきたかった」

 「実行日は分からんが、恐らく人数は二十六人じゃ。この町の人間とは違う感じのものはワシが把握しておいたぞい」

 「師匠、黙っていると思ってたらそっちを見ていたんですね」

 「うむ。ワシは戦いはできるが交渉事には向かん。適材適所、マキナも覚えておくがいい。その場で役に立たぬと感じてもできることはあるはずじゃて」

 「はい!」


 マキナが元気よく敬礼をしファスさんが微笑みながら頷く。

 

 ……さて、これで話を聞けそうな場所は商店や領主のザンビアになるかな。

 ザンビアはヒンメルさん達が到着した時に話を聞けばいいか。バーニッシュを帰したのはちょっともったいなかったかもしれないな。しかし足を止める時間は惜しいので、次にやることを決める。


 「それじゃ町をぐるりと回っておこう、四人で歩いていたら目立つし、ルクスが見つけてくれるかもしれない」

 「うん、地形把握を兼ねて、ね?」

 「そういうこと。それじゃ行こうか」


 マキナが俺の手を取る。散歩気分で歩くのも悪くないかと、歩幅を合わせて並んで散策を始めた――




 ◆ ◇ ◆



 ラース達がギルドから出ていった後、にやけながらバーディ……アルバトロスは輪の中に入っていく。そこへメンバーのひとりが声をかけてきた。


 「よう、ご機嫌だなアルバトロス。さっきのやつらは何だ? はは、それにバーディってなんだよ?」

 「ああ、お前らと合流する前に意気投合した姉ちゃん達だ。いい女なんだよ……あとで来るがちょっかいを出すなよ?」


 アルバトロスが真面目な顔でそういうと、他の男が眉をひそめて口を開く。

 

 「ふん、珍しいな。お前さんが女に浮かれるとは。しかし、悪い時期に来たもんだな、大丈夫か?」

 「……ま、適当にな? 作戦会議と行くぞ! 依頼内容の変更だ、相手はレフレクシオンの審問官とその護衛になった。そいつらが到着次第、フェイクで魔物討伐に行って信用は得る。一日は森ン中だ。討ち取る方法は……その時に言う。皆殺しにするのもいつも通り。俺達に目が向かないよう、奴隷の死体を混ぜてスケープゴートにする」


 町と周辺の地図を広げてアルバトロスが淀みなく計画を口にしていく。そこで一人の男が手を挙げて質問をする。


 「相手は問題ねぇけどレッツェルさんは一緒じゃなかったのか? あの人がいりゃ楽だろうよ」

 「ああ、あいつは失敗続きで縁起が悪いってんで案内だけだ。今頃は隣町で優雅に茶でも飲んでいるだろうぜ。続けるぞ? 次は――」


 そしてアルバトロスは話を続ける。


 ――カウンターの裏にぐったりとした男女、受付とギルドマスターを尻目に。最悪の舞台は徐々に、そして確実に整い始めるのだった。

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